第9話 タイの生活がなじんできた
スパーンブリー県体育学校での滞在は、残り1ヵ月となった。ここでは朝5時、チームごとのランニングから朝のトレーニングがはじまる。野球・ソフトボールチームには、持久走の他にSAQ(スピードや俊敏性を高めるため)のトレーニングもさせている。
生徒たちは日中、町にある学校で勉強をする。その間、真はいろんな人に時間をもらって、技術書を作成したり、スパーンブリー県の見どころにはほぼ全て連れていってもらった。夕方、集まってきた彼らに曜日ごとにメニューを与えていた。大きく分けるとオフェンス、ディフェンスの日を交互にさせている。
最初のアップの中のダッシュには、ベースランニングをさせている。できるだけ試合を想定した実践内容を身につけてもらうためだ。真がピッチャー役を担い、盗塁の練習も入れている。とにかく基本を身につけなければ上達はないことを徹底して教えている。
ここで真が子どもたちに話した内容を一つ紹介しておきたい。真はタイの子供たちと接する中で違和感を感じ正そうとしたことがある。それはキャッチボールの時に、悪送球を投げても謝らないことだった。
そこで真は全員を集めて、自分の悪送球が原因でキャッチボールを中断させてしまった時は謝るようさとした。彼らはその場では理解してくれたようだったが、結果的にこの習慣は身につかなかったと言ってよい。
異文化理解の大切さを学んだのであるが、タイ語で謝るという言葉の重みが違うことや、そもそもそういう習慣がないこと、いちいち誤りを咎めずに積極的に過ちを許す「マイペンライ」という言葉で相手を包み込んでしまう文化があることなど、社会的背景が日本とは全く違うことがわかったからだ。
日本の「ごめんなさい」「すいません」という意味の言葉がなく、「コ―トーッ」という言葉は「罰を与えてください」という非常に重い意味であることもわかったのだ。
野球の発祥の地はアメリカである。日本でもいいプレーには「ナイスプレー」「ナイスキャッチ」「ナイスバッティング」等を使うので、相手の罪を咎めるのではなくいいプレーを褒めようということを強調した。そして、スポーツ万般に必要不可欠な「フェアプレーの精神」、「前向きな考え方」、「攻撃的な闘争心」、これらは野球だけでなく人生万般に必要なことあると語った。
また「君たちの相手は世界である。いつの日かタイの代表チームの一員として、世界の国々と戦う時がくる。その時のために、毎日の地道な練習を真剣勝負で積み重ねていくしかない。だから練習は、試合以上に厳しくのぞまなければならない」こんなことを真は真剣に生徒たちに語っていた。
タイは熱帯に属する熱い国である。年中、日中は30度を超える。真は2年間普段の生活を送る中で、タイ人が走っている姿を見たことがなかった。それは場合によって命に関わることだからであろう。
そんな気候の中で、真は、毎日厳しい練習内容を求め、ダラダラとした動きを厳しく叱った。練習は試合以上に真剣にのぞむ。確かに正しいかもしれないが、その理不尽さに気づいた頃、真は日本人の特殊さが抜け落ち、タイという国の中で、新しいタイプの人間に生まれ変わっていた。
それでも野球連盟のチャイワット氏は「真さんの考えや提案は、いつもあまりにも強烈すぎてついていけないと思ったことがたくさんあった」と語っていたことから、重荷を負わせていたようだ。少しずつタイの気候風土にマッチした真は、生涯ここで暮らしていけたらどんなに素敵なことかと心から愛するようになったのである。
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