こじらせＪＣは異世界から帰りたい

第21話 王女様と昼食会〜消えたネモフィラ

　この話は皆様もご存じですよね、と前置きして、カルロ所長は続けた。

「『消えたネモフィラ』」

　アルベルトを見るとぐっと眉が寄せられていた。アルベルトだけじゃなく、王女もルチア先生も唇が引きしまった。

　きっと、私も他国の歴史として習ったことのある『一日で滅びたネモフィラ王国』のことだろう。

「異世界品を使った術や召喚の研究は術使いによって続けてられていましたが、考古学者たちは『血まみれ事件』から召喚に不安を隠せなくなっていました。だから秘密裏にネモフィラで定期的に集まり、各国の情報を交換していたのです。情報交換の場所にネモフィラが選ばれたのは、ネモフィラが学者たちに誠実な国であったことと、当時のネモフィラに召喚されていた異世界人の知識が深かったことから。考古学者たちはネモフィラの異世界人との会話も楽しみに集まっていたと聞いています」

　私の父と兄が考古学者でしたから、とカルロ所長は小さく付け加えた。

　なるほど。だからカルロ所長はこんなに詳しいんだ。

「考古学者たちは、異世界人から異世界のことを聞くだけではなく、わたしたちの世界の失われた文明についても話していたそうです。ネモフィラの異世界人は一緒に考察して鋭い意見を出してくれるので、自然と術や召喚についても相談するようになりました」

　私の頭の中には、牢屋で学者たちが集まって活発にディスカッションしている光景が浮かんだ。

「ネモフィラの異世界人は、術や召喚もすぐに理解したそうです。それでかどうしてか理由はわかりませんが、それまで特になにも望まなかったネモフィラの異世界人は『国外に出ること』を初めて望みました」

　「それからどうなったのか」と興味津々で聞いている私達から、カルロ所長は視線をそらした。

「……残念ながら、わたしが知っているのはここまでです。それからすぐに父と兄と共にネモフィラが消えたので。被害はネモフィラ王国だけで幸いでしたね」

　沈黙が落ちた。

　最後は皮肉だと思う。

　ネモフィラ王国はこの世界で最高の知識の宝庫だったと習った。たった一日で、多くの知識と学者たちを失ったはずだ。

　それは異世界品で防衛していなかったら、他の国々まで被害が広がるくらい激しいナニカで。

　美しい青い花が咲き乱れ、世界一の図書館や博物館があった場所は、今は欠片も残っておらず、ただ、えぐれているだけだと聞いた。

　ややあってルチア先生がカルロ所長に声をかけた。

「……私はネモフィラのことを異世界品の暴走だと聞いていたんだけどね。ネモフィラの異世界人が手を下したかもしれない、ということかい？」

「いいえ。真実はわたしも知りません。わたしが知っているのは先ほど話したことがすべてです」

　ハッとした様子でアルベルトが早口に続ける。

「ならお前は、そこまで知っていながらユリア様に術を教えたのか？」

「そうだよ。……わたしからもずっと聞きたかった。なぜわたしたちは異世界人に本当のことを伝えないのですか？　私が父や兄から聞いただけでも、ネモフィラの異世界人の世界の方が、ここよりずっと進んだ世界だと感じました。その世界の人や物をこちらの都合で奪うだけでなく、知識を共有しないのが理解できません」

　いつものカルロ所長からは考えられないほど切実な声だった。

　ああ、きっとカルロ所長はこれが言いたかったんだ。ここに来る途中、口数が少なかったのは、きっと覚悟を決めてたんだ。

　普通なら、なかなか王族に意見できるチャンスなんてないもんね。

「ネモフィラのことがあった今となっては、余計に話せないだろう。大きすぎる力が召喚されればこちらが滅ぼされる」

　アルベルトの言葉に、私は２回目の召喚を思い出した。

「わたくしは……」

　今回初めて王女が自ら口を開いた。

「わたくしはずっと『異世界人はヒトではない』と教えられてきました。『別の世界の生物で、言葉も通じない。倫理感もないからわかりあえないのだ』と」

「確かに、異世界人の中にはその通りの生物もいます。間違ってはいないのですが、すべてではないと思います。少なくとも、僕はユリア様のことをわたしたちと同じヒトだと感じています」

　カルロ所長に王女が頷く。

「初めてユリアに会ったとき、そして先ほど話したとき。わたくしが直接お会いしたのは今回で３回目でしかありませんが、今までの報告を聞いて、わたくしもユリアはわたくしたちと同じヒトだと思っています。わたくしたちは態度を改めるべきでしょう」

　王女は私をまっすぐ見つめた。

「ユリア、ユリアのお部屋でわたくしにお尋ねになりましたね。もしわたくしがユリアの立場ならどうするのか、と。わたくしがユリアの立場になったのなら、わたくしは憤（いきどお）るでしょう」

「姫様！」

　アルベルトが止めたけれど、王女は私の横まで歩いてきて、丁寧に腰を折った。

「ユリア、今までの非礼をお詫びいたします。どうかわたくしのお友達になってくださいませんか？」