第20話 王女様と昼食会〜血まみれ事件

※ちょいグロがあります※


「『歌って』って言われたから、つい」


 言われなくても歌ってたけど、オカンムリなエレナが怖いから、そこは言うまい。


 エレナはテキパキと私の身支度を整えながら、まず、歌う以前に、淑女が殿方の前で大口を開けるのがマズいのだと力説していく。

 淑女は殿方の前では発言も控えるのが美徳だとか。


 もちろん私もルチア先生から聞いて知ってはいた。

 あぁ、だから最初に離宮でアルベルトが一気に話してたのか、と先生から習ったときに納得したものだ。

 離宮に入ってすぐの私は話したくなかったから気にしなかったけど、そういう文化だったのか、と。


 で。

 王族が直接言葉を交わすなんてことは滅多にない。

 本来なら、隣に座っていたルチア先生が王女から言葉を耳打ちされ、先生が私に発言する形になる。

 だからエレナは、さっき王女が私と直接話したことに、内心すごく驚いていたそうだ。


 それも私はマナーとしては教わっていた。

 でも、王女から翻訳アメを渡されたことで、直接ハラを割った話し合いをしたいんだな、と思いこんじゃったんだよね。

 言い訳にしかならないけど。


 ちなみに高貴な方でも男性は例外的に求愛行為として意中の女性にだけ歌うそう。

 だから淑女が不特定多数の殿方相手に歌うのは破廉恥な行為で、色を売る女性として見られる。

 地下牢で歌いまくっていた私は、誰でもいいからカモンカモンって誘ってると誤解されてたわけだ。こわ。


 女性は歌わない代わりに楽器を奏でるのがステイタス。

 楽器は色々あるらしい。私の勉強がそこまで辿りつけていないのが悔しい。

 なんせ最優先事項は、王太女殿下と話せるレベルのマナーと言語の習得だったもんで。


 文字の読み書きがなんで必要かというと、めったに声を出さない淑女の連絡方法は手紙が主流で、やりとりが素早く、美しい文字と適切な内容が書けるほど良いとされているから。


 楽器の演奏の腕前と筆跡の美しさと内容重視って、顔は隠してないけど平安時代の貴族みたいだよね。


「いくらユリア様が異世界人とはいえ、殿方から歌うようねだるだなんて! ユリア様もお断りして良いのですよ!」


 エレナがプリプリしていたのは私を想ってのことだったみたい。


「ありがとうエレナ。気をつけるね」

 

 エレナにほっこりしたし、少し歌ったおかげで体も気分もほぐれた。

 エレナの用意してくれた格式高いドレスも着たし、戦闘準備完了!

 いざ、昼食会せんじょうへ!!


 アルベルトの案内で、エレナとカルロ所長も一緒に王女の指定した部屋へと向かう。

 緊張しているのか、カルロ所長が珍しく硬い表情で黙っていて、ちょっと不気味。


 私にあてがわれた部屋より数段きらきらした部屋に入ると、大きな丸いテーブルに、王女、アルベルト、私、カルロ所長、ルチア先生、の並びで、ぐるりと座る席が用意されていた。


「ぼ、わたしもご一緒してよろしいのですか?」


 カルロ所長の驚いた声に、すでに座っていた王女は頷き、隣に座っているルチア先生が答える。


「ビアンカ様は、術使いからの忌憚きたんなき意見を聞きたいとご所望だよ」


「っ。ご期待に添えるよう尽力致します」


 おぉ、これこそ正式なやりとりだ。そしてカルロ所長の堅い口調、私、初めて聞いたかも。


「護衛騎士が座るわけには」


「先ほどの仕切り直しと、この機会に立場の違う皆とじっくり話をしたくて来てもらったんだ。外にはちゃんと護衛がいるし、発言の許可はいちいち求めなくていいから、食べながら話そう」


 王女も頷いたことでアルベルトも折れて、みんなが席に着くと、料理が運ばれてきた。

 マナーで習っていた時も思ったけど、ここでの食事マナーは、カトラリーが少ないコース料理って感じ。特別なナイフやらが必要な料理があれば、その時に持ってきてくれる。

 今回はそれもないようで、食べるだけならそれほど緊張しなくて良さそうでほっとした。


 途中で給仕が入るのを避けるために、すべての料理がテーブルに並べられた。

 エレナも退室してから、カルロ所長がおそらく部屋に防音と王女に防衛をかけた。

 王女がまず手をつけるのを待って、それぞれもカトラリーを動かし始める。

 しばらくして先生が口火を切った。

 

「ユリア様。繰り返しになるけど、君はヒトかな?」


「私も同じことをお聞きします。ルチア先生は誘拐されて、脅迫されて、家の物を寄越せと言われたら、どうなさいますか?」


 早くもピリピリした空気になって、ぎょっとしたアルベルトとは対照的に、カルロ所長は納得がいった表情で口を開いた。


「あのー、その問答の前に、いくつか有名な召喚の話をしてもいいですか?」


 王女が頷く。


「異世界品が見つかったのは、このカルミア王国が最初だと思われていますが、実はそうでもないんです」


 ルチア先生がカルロ所長を睨んだけれど、カルロ所長は「忌憚なき意見をご所望なんでしょう?」と続ける。


「ユリア様、他国も同じように異世界品を使って防衛したり召喚したりできることを、おかしいと思いませんでしたか? 『異世界からの落とし物』はもともとすべての国で頻繁にあったようです」


 へぇ。それは初耳。


「カルミア王国と同じように、たまたま術使いの素質を持つ人が術を発動させたことがきっかけで、各国独自の発展を遂げたことになっています。が、失われた文明の言語を使うので、最初は考古学の人間が術を研究していました。考古学畑の人間は、国にこだわらず知識を共有しているので、術も最初は各国共通の研究で、召喚の術式も同じでした」


 ほうほう。


 ただ、術が万能すぎて危険なので、なるべく表に出ないようにして研究しているうちに、こちらから異世界品を召喚できるようになり、ついには異世界人を喚んでしまったそうだ。

 

「考古学者たちの間で隠されてきた一番有名なの召喚が『血まみれ事件』です」


 初めて喚んでしまった異世界人は、たまたま服を着ていなかったらしい。


 いやそれってたぶん、中身だけ召喚されたとかじゃないかな。


 見知らぬ場所で見知らぬ相手に囲まれた裸の異世界人が、恐怖とパニックで叫びながら暴れた。


 そりゃそうだ。いきなり服は消えるは知らない場所で複数人に囲まれてるはなんて、怖すぎるでしょ。


 叫びはたまたま術となり、その場にいた術使いが何人もはじけ飛んだ。

 術使いたちの血で血まみれになった異世界人はそのまま自身もはじけさせ死んでしまった。


 ちょっとカルロ所長! なに食事中にさらっと話してんですか!

 ほら、みんなカトラリー置いて口押さえてるし。


「それ以来、召喚の条件に『服を着ている』が追記されるようになりましたが、その場にいた生き残りの考古学者たちは召喚から手を引きました」


 当然だ。聞いてるだけでもグロいのに、当事者はトラウマもいいところだ。

 みんな眉をしかめたけど、カルロ所長は淡々と話し続ける。


「『血まみれ事件』で異世界品を使った術のことが上層部に伝わり、各国の王が話し合ったのですが、続けるかやめるかで意見がわかれました。それで、これからはそれぞれの国で偶然見つかったていで各国の自己責任で研究することにしよう、と取り決められたのです」


 だから術を使わない国もあるんだ。


「我がカルミア王国では、『血まみれ事件』については、『言葉が通じないからヒトではなかった。召喚されたのはただの動物だったのだ』と学者達に言い聞かせて研究を続けさせました」


 そうつながるのか!

 ようやく私が何度もヒトかどうか聞かれる発端を知れたよ。

 でも、言葉が通じないからヒトじゃないって、いくらなんでも強引過ぎない?

 あ、ここには古代語と各国で使える共通言語しかないから?


「それでも、しばらくは各国の考古学者たちで情報を交換していたんです」


 各国で協力した方が研究も進みますからね、とカルロ所長は静かに続ける。


「召喚の儀式を行っても毎回成功するとは限らないことから、召喚できる周期があることがわかりました。世界をつなぐには大きな術力がいるけれども、そこまでして召喚したからといって毎回素晴らしい異世界品が召喚されるとは限らない。こちらから闇雲に異世界品を召喚するよりも、異世界人を召喚して異世界人自ら召喚品を選んでもらった方が確実なので、『血まみれ事件』の後も異世界人を召喚することは続けられました。わたし達の世界では、名乗れば自由を奪われることがわかっているので誰も安易に自分の名前を口にしませんが、異世界では違うようですね。名前を言うように仕向ければ、ほとんどの異世界人が素直に名前を答えてくれます」

 

 うちの世界じゃ、聞かれたら名乗るのが礼儀だからね。


「召喚後すぐに暴れられたら困るので武力で囲み軟禁して、落ち着いた頃に安心させるように翻訳アメを使って騙すように名を奪う。名を奪われたら奪った相手には逆らえません。召喚する物がなくなるまで召喚させて、異世界人も異世界品として使い潰す。わたし達にとって一番効率的な方法が繰り返されてきました」


 きっと、ここの人たちにとっては、異世界人も異世界品も、ただの資源なんだろうね。 


「そしてもうひとつの事件が起こったのです」

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