第19話 小さな歌会
やっちまった。。。
自分より小さい子に八つ当たりするなんて、大人げないことしちゃったよ。
もっと上の立場の人に言うにしても、本当なら、アルベルトとか、ルチア先生とか、大人相手に冷静に言わなくちゃいけなかったのに。
しかも、すぐに怒り狂ったアルベルトが押しかけてくると思ったのに、来ないし。
後味悪くて動けない私は、応接室のイスに座ったまま、黙ってお茶を飲んでいた。
無言で来客分の茶器を片付けていたエレナが、私に新しいお茶を注ぐときに、独り言のようにつぶやいた。
「もし、わたくしだったら、怒ると思います」
私に共感してくれた言葉に、ちょっと涙が出そうだった。
丁寧なノックが響く。
対応したエレナが、驚いた声を上げて私にお手紙を持ってきた。
「王太女殿下からです!」
え? さっきの今で?
「お読みしましょうか?」
「お願いします」
食べた翻訳アメの効果はまだ続いていたけど、残念ながら読む方に効果はない。
少しは読めるようになったけど、今回は読み間違うとマズいので、一緒に読んでもらった。
「昼食のお誘い、ですか」
「ドレスをご用意してきます!」
今度は正式な招待で時間もあるから、準備万端で行かなくてはならない。
エレナは鍵をかけてどこかへ出かけてしまった。
断れないよね。そうだよね。
こんな気分で一緒にご飯なんか食べられるかなぁ。
それに、さっき着替えたばっかりなのにまた着替えるの?
はぁ。私に貴族生活はムリっぽい。
あー、もー! こんな時は、
「歌う!」
鬱々してたって、いいことなんてなんにもない。
だいたい離宮に移ってからの一か月は、勉強と子守と研究が忙しくて、朝の体操や発声練習、昼夜のヨガはできてたけど、歌う暇はなかった。
いやまぁ手遊び歌とか歌ってたけど、あれは別カウントだ。純粋に歌うために歌ってなかった。
立ち上がって体を伸ばしながら考える。
こんな時はなにがいいかな?
ドレスつながりで思いついたのは、歌も有名な某アニメ映画の曲だ。
でも、ありのままな曲じゃなくて、初めてにうきうきな妹と鬱々な姉の二重唱をチョイス。
まりあさんがいないので二重唱できないのが残念だけど、とにかく大声を出したいので歌う。
歌うの久しぶりなのもあって、姉妹になりきって感情込めまくりだ。
一ヶ月まともに歌ってないけど発声練習だけは続けてたから、声は出る。
ちなみにまりあさんは普段はしっとり姉役を歌うけど、妹役を歌うとめちゃかわいい。
一人で歌うときはどっちも歌うので、声質をうまく切り変えるのが大変で面白いんだよね。
歌い終わる頃にはスッキリしてきた。
次も映画つながりで、と歌いかけたところで、鍵を開ける音がしたので口を閉じる。
エレナが帰ってきたと思ったら、入ってきたのはアルベルトとカルロ所長だった。
え? 二人って仲良かったっけ?
「すごいー。もっと歌ってよー」
「おい、その前に防音しろ」
「あー、はいはい」
カルロ所長はおそらく異世界品をいれてあるポケットにそっと手をいれて『客間』と唱えた。
これでこの部屋から声はもれないよー、とカルロ所長は明るく笑う。
さっきは声が駄々洩れだった、とアルベルトは苦い表情だ。
「さ、歌ってー」
いざ目の前で歌えといわれると、なにを歌えばいいのやら。
「先ほどの歌は、私が牢で聞いていたのとは違う歌ですね」
そうだ。地下牢にいるときは、騎士を区別するために同じ曲ばかり狙って歌っていたんだった。
アルベルトが好きだろうと思ったのは『赤とんぼ』だ。
私は『赤とんぼ』を歌いだした。
三番に入りかけたところで、カルロ所長が「一旦止まってー」とストップをかけた。
「なぜだ?」
もっと聞きたかった風のアルベルトがカルロ所長を睨むけど、カルロ所長は気にしない。
「さっき歌ってた曲を初めから歌ってよ」
また姉妹の初めてな歌を歌い始めたけど、二重唱部分になる前に「一旦止まってー」と止められた。
「おい、カルロ……」
「他にも歌える?」
もちろん持ち歌はいっぱいある。でも、あんまり自分の世界のことを見せたくない。
それに、そろそろ用意しないと、昼食会に間に合わない気がする。
「歌えますが」
「時間がありません!」
エレナが笑顔で仁王立ちしていた。
「あー」
「そうだったな」
いつの間にか戻ってきていたエレナが、私を着替えさせるために寝室へと促す。
寝室の扉を閉めた瞬間、エレナが怖い顔になった。
「ユリア様! 殿方の前で歌ってはなりません!」
はい。淑女は歌わないんでした。
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