第14話 研究員とは

 術使い研究所はカオスというかなんというか。

 とにかく初日はパンダ状態だった。


「こんにちは。ユリアです。今日からよろ」


「うわー! ほんとに来た!」

「本物? すごい!」

「一緒に研究できるってありがたいな」

「聞きたいことが山ほどあるぞ」

「早くこっちへ来てくれ」


 小学生くらいの子供達いっぱいと数人の大人に囲まれた私は、ぐいぐい引っ張られたり押されたり、アリの巣へ運ばれる餌のごとく研究所の中へと押し込まれた。

 ああ、アルベルト、研究所まで送ってくれてありがたいんだけど、すぐに帰らないで欲しかったよ。


 顔合わせの時はもっと大人の術使いがいたんだけど、普段は異世界品のメンテナンスのために、防衛の要やら城やら貴族の邸宅やらに出払ってていないらしい。

 術使い候補として研究所に残っているのは、スカウトされたばかりの十歳前後の子供が多くて、どこのヤンチャな小学生クラスだって感じ。


「ボク今これやってるんだー。見てみてー」

「ここなんだけど、これでいいの?」

「こっち教えてー」

「この部分が」

「これの」


 せめて一人ずつ話してくれないかなぁ。


「だいたいお前のそれって、もう終わったヤツだろ」

「ちーがーいーまーすぅー。新しいのですぅー」


 なぜか言い合いが始まった。


「それより、ここの」

「ここんとこなんだけど」


 ちょっ、ぐいぐい引かないで。


「先にみんなの質問に答えてもらえないかな?」

「その方が助かるよな、みんなも」

「じゃあ、誰が先か決めようぜ」


 え、勝手に決めていいの? それに私の意思は?


「はいはいはい。みんなー、いったん自分の席に戻ってー。ちょっと話してからまた来るからねー」


 もみくちゃになっていたところを救出してもらい、小さな部屋に通されて一息ついた。

 こんなに狭くて乱雑でも、ほっとできる部屋は初めてだ。


「はぁ」


「あはは。びっくりしたでしょー。僕もいきなり所長になったからねー。引き継ぎなしにやれって言われて困ってたんだよねー」


 毎晩来てくれていた清めの術使いお兄さんは、なんと術使い研究所所長だった。

 まだなんにもわかってなくってさー、とカルロと名乗ったお兄さんは笑う。


 人当たりのいいカルロ所長は異世界エネルギーが見えるということもあって、もともとは術使い候補を見つけるため、あちこちに出向いてスカウトするのが仕事だったとか。

 でも、前の所長が倒れたことから、所長に大抜擢されたらしい。

 うん。あの集団に立ち向かうには若さがないと無理っぽい。


「術を使ったり研究したりは好きなんだけど、人をまとめるのは苦手なんだよねー。そんなことするくらいなら、自分の研究したいよー」 


 わかる。わかるけど、このままカオスな状態じゃあ自分の研究さえできないよね?

 そもそも、私はみんなが言ってる研究がなにかすら、全然わかってないんだけどね!


 研究所でなにを研究しているのかと聞いたら、なんとカルロ所長もわかっていなかった。なんでやね~ん。

 思わずツッこんじゃったけど、せっかく研究所に通えるようになったんだ。ここで私が役に立つところを見せないと、使い潰される一直線。

 家に帰る召喚術を身につけるためにも、ここは頑張る一択しかない。


 まずはカルロ所長と一緒に、みんなの研究内容を把握することから始めようってことになった。


 研究員の名簿でさえおざなりだったのには呆れたんだけど、そんなのは序の口で。

(名簿はきっちりこっちのアルファベット順に並べて、性別、歳も記入して作り直しました)


 それだけで1日目は終わった。

 ちなみに、帰りの挨拶をしたときも囲まれた。


「もう帰るのー?」

「もっと話したかったー」

「明日も来てねー」

「待ってるからねー」




 二日目。

 一人ずつ今なにを研究しているのか聞きとり調査するだけで終わった。

(隙あらば質問してくるので、なかなか進まなかった)


 研究って言ってるけど、私の感覚だと『術として作用する呪文になる組み合わせを見つける』感じだった。

 術が使えないと確かめることさえできないから、術使い候補がたくさん必要なわけだ。


 調査してわかったのは、最初のテーマから変わっていても報告されていなかったり、複数人でテーマが被っていたり。同時進行ならまだしも、解決済みのテーマを別の人がまた最初から研究するって、無駄すぎるだろー!

 いやいや、私も落ち着かねば。

 みんなも、いくら面白い異世界エネルギーだからって、もうちょっと冷静になろうよ。


「だって、誰がなにやってるかなんか知らないしー」

「私はこれに興味があるから、これがしたいの!」


 あー、うん。問題点が見えてきた。




 三日目。

 研究所にいるのは、カルロ所長が市井で見つけてきた術使いの素質を持った子供達。

 「研究所で勉強すれば術使いになれるよ」「術使いになれば稼げるよ」と誘われて来たのだとか。

 今は術使い候補として研究所にいるだけでもお金をもらっているけど、術を編み出せば出来高制で臨時収入ももらえるらしく。

 稼ぐ気満々な子供達は、みんな自分の成果を上げたくてたまらないっぽい。

 だから、みんなで協力するよりも、早い者勝ちみたいな空気になってるのか。

 まぁそうなるよね。


 カルロ所長にお願いして、聞き取り調査でわかったみんなの研究テーマを『研究中』として、研究されて術として登録されているものを用途別でまとめたものは『登録済』として、ひとつにまとめてもらった。

 これで、これから新しく研究するときは、すでに登録済でないかどうか、誰かが研究中ならその子と協力するのか別のテーマを選ぶのか決めることができるようになった。


「うっかり誰かと同じ研究をしていたら、もったいないよねー? だから始める前によーく確認してねー」


「あー、かぶってた」

「今から別のを考えるのー?」


 がっかりな結果になった子達のために、みんなが疑問に思ったり気になったりでまだ使えるかどうかわからない術の候補を聞き取り、『術候補』としてまとめることになった。自由な発想で術の思いつきが書かれていて、研究テーマに迷った時にも活用できるし、見ているだけでも面白い。

 でも、それをまとめるだけでこの日は終わった。




 四日目。

 もしかしてだけど、前の所長さんは、この状態をなんとかしようと頑張って倒れたんじゃないかなぁ。

 カルロ所長もすでに目の下のクマが酷い。

 いくら若いっていったって、このままだったら倒れてしまいそうだ。

 字を書けない私は、まだ研究をまとめる協力ができない。

 毎回まいかい、全員分の研究を一人でまとめるなんてことしてたら、カルロ所長が過労で倒れるか、所長がしたい研究ができなくてストレスで倒れるかだ。


 研究のまとめは、研究者それぞれに書いてもらおう。

 子供達だって、お金をもらって働いている立派な研究員なんだから。


 カルロ所長に、ハンコを集めてご褒美方式を提案した。

 私自身が小夜さんに散々焚きつけられた、小学生にはかなり有効な方法だ。 

 でも、いきなりやれって言っても、きっとやらないよね。

 少し前まで小学生だった私には、夏休みの日記を書くのが嫌な気持ちがよーくわかる。

 要はどうやってその気にさせるかだ。

 カルロ所長に詳しい手順を説明して、さっそく実行してもらう。


 まずはみんなの興味を引く。


「はいはーい、注目してくださーい! ちょっと皆さんにお願いがありまーす」


 お願いと聞いて、カルロ所長の声に術使い候補たちは素直に反応してくれる。


「なんと、ユリア様が体を動かしたら異世界エネルギーが見えたんです! 皆さんの中でも見える方がいるのか、実験してもいいですかー?」


 実験じゃなくて検証ですよ、カルロ所長。


「やりたーい」

「いいよー」

「面白いな」

「どこでやるんだ?」

「どんな風に見えるんだ?」


 細かいことは気にしないみんなで良かった。


「ここでしまーす。見えた方がいたら手を挙げてくださーい。すぐ終わりますから見逃さないでくださいねー。もやっと見えたら手を挙げてねー」


 カルロ所長が大げさな身振り手振りで子供達の相手をしているのを見ると、某教育番組の歌のお兄さんみたいだ。

 そんなことを思いながらヨガをする。今回はイスに座ってできる簡単なものだ。


「そうそう、ヨガを見ながらでいいんで聞いててねー」


 ヨガで注目を集めたのは、ただの手段。本題はここから。


「今日から、帰る前に一日やったことをまとめて書いてくれたらハンコを押しまーす。ハンコを集めたらいい物をあげるから、頑張ってためてほしいなー」


「えー、ためないともらえないの?」

「めんどくさーい」


 あー、確かにそうだよね。子供はそんな先まで考えられない。


 私が、ハンコ一個でもお菓子一個あげるって言って、とカルロ所長に囁くと、所長はびっくり顔だ。でもルチア先生にご褒美に使える品物を相談したとき、なぜか「お菓子なら融通できるよ」と言ってもらえたので、ここは遠慮なく使わせてもらおう。


「ハンコ一個でもお菓子一個あげるよー。さらに10個目にはお菓子10個、20個目にはお菓子20個だよー」


 おおぉ! と盛り上がる。

 市井では甘い物はほとんど口にできないらしい。


「でも、お菓子ばかりじゃなー」


 うんうん。甘い物はどうでもいい子もいるよね。

 大丈夫。おかず系も手配済です。


「そうそう、肉の串焼きとか、肉はさみパンとかも用意してるからねー」


 おぉお!! さっきよりも盛り上がった。

 兄弟の多い子や大人にはおかず系の方が良かったらしい。


 さらに、術を登録できたときもちゃんとまとめればご褒美があると宣言してもらう。


「ただし、後からでも読めるように、丁寧に書いてねー」


 そんな本題を話しながら行っていたヨガは、意外にも、子供達の半数が「異世界エネルギー見えたー!」と興奮する結果になった。


 それもあってか術使い全員がヨガに興味を持ち、翌日からもちょこちょこ教えているうちに、昼食後の眠たい時間に全員でするのが定着した。

 ヨガをした方が午後も集中できると好評だ。


「はーい。では、今日の分を確認しまーす」  


 夕方、終わりの時間より前に、カルロ所長と私に一人ずつ報告をしてもらう。

 これで各自の内容と進行を把握できるのだけど、みんなまだ慣れていないからか、最初は報告を聞くだけなのにすごく時間がかかった。


 読み書きができるようになった子は、自分の研究帳に今日の成果をまとめてページを開いて持ってくる。

 書けない子は、報告を聞いたカルロ所長がその場でその子の研究帳に記入する。

 私はそれぞれにハンコを押して、希望のご褒美を渡していく。


 一週間もすれば、私もみんなも研究所でのリズムがつかめてきた。


 私は昼からなので、研究所に着いたらカルロ所長から本日の進み具合や予定を聞いて、ヨガをして、自分の研究に入る。

 午前中は、子供達も基本の勉強をしてもらっている。

 なぜか術使い候補のほとんどが貴族ではなくただの町人や村人で、読み書きもできないからだ。

 読み書きができないと術使いの勉強に差し障りがあるので、術使い候補の子供達には、午前は現代語と古代語を勉強をして、午後から実技を伴う研究をするようにしてもらった。


 そう。術用の特別な言語はやっぱりあって、今は跡形もない古代文明時代に使われていた古代語と呼ばれるものだった。

 古代語を学習するには、やはり今使っている言語もいるわけで。


 私は途中まで翻訳アメの力でちょっとずるした感じだった。でも、書いたり読んだりはできないから、それほどアメを頼っていないと思ってたんだけど。 

 研究所でいつも通り、簡単にヨガの解説をしながら体を動かしていると、突然みんなが騒ぎ出した。


「~~~?」

「~~!」

「~~~~~?」


 聞き覚えのない響きに、翻訳アメの効果が切れたんだとわかった。

 え? てことは、10日? 10日で五百万円? 一日50万円? ひぃいいいい。 

 いやでも待って。あの時、私以外にも騎士二人、ビアンカ様も一つ食べてたから、合計四つで二千万……ひぃいいいいいい。


 値段に気をとられて逆に無心になれたのか、身振り手振りでヨガはできた。

 ヨガはなんとかなったけど、言葉がわからないと質問もできないから、研究どころじゃなくなった。

 でも、いつも通り、私に絡んでくる術使い候補たちの言動は、翻訳されている時に散々聞いて覚えていた言葉を当てはめることができて、なんとなくわかる。

 ただ、報告書はお手上げだった。


 ルチア先生は、むしろ効果がなくなったことを喜んでくれた。


「これでやっと語学の勉強ができるね」


 今までこの世界の言語のヒアリング経験はほぼゼロだった。

 それは、昔召喚してすぐ術を使われた事故があったとかで、召喚してすぐ翻訳効果をつけることも、ヒントになるような言葉を聞かせることもしないように決められたかららしい。


 今までに聞いたことがないので、すんごい違和感のある言葉なんだけど、何回もしてきた立ち居振る舞いの訓練中に聞くと、なんとなく意味がわかる。

 ルチア先生が、ひたすら同じ説明をしながら、同じ内容の文を見せてきたのはこのためだったのか、とやっとわかった。

 でも、文字と発音がなかなか結びつかない。

 この状態で研究所に行ってもできることがないので、なんとか言葉を早く覚えられないかと歌を作ってみることにした。


 キラキラ星で歌う『ABCの歌』に、ここでのアルファベットを当てはめられないかやってみた。

 こっちのアルファベット数が微妙に少なくて、ぴったり合わないけれど、まぁ歌えるので歌っていると、子供達みんなも歌い出した。どうやら好評っぽい。


 調子に乗った私は、ルチア先生から聞いた音階の音と、その音から始まるここでの言葉を術使い候補達に聞いて、『ドレミの歌』に当てはめていった。

 作るのにみんなで盛り上がったからか、できあがる頃には全員で合唱していた。


 そんなに覚えが早いなら今度は手遊び歌だ、と『頭、肩、膝、ぽん』を翻訳してみた。

 簡単にマスターされた。


 ふっ。

 あれは簡単過ぎたわ。『ぐーちょきぱーでなにつくろう』はどうよ?

 手を開いたり閉じたりにモタモタしつつも、できてた。

 ただ、異世界の壁で、私の作った物がうまく伝えられずに敗北感だけが残った。

 みんなはこの世界の物を作って盛り上がっていた。


 くぅ。

 だいたい今まで簡単過ぎた。

 歌詞は一番しか覚えていないけど『アルプス一万尺』ならどうよ?

 替え歌は私も散々作って歌ってきたけど、本物の歌詞を全部歌える人はいないんじゃないかな? 

 歌詞はともかく、ひたすら繰り返して早くしていけば、誰もついてはこられまい。


 私は最初子ヤギだと思っていた歌詞自体を、ルチアーノ先生から聞いたこの国の山の名称、長さの単位で、リズムに当てはまるものに変更していく。

 最終的に、山ではなく近くの丘にピクニックに行ってお弁当を食べる歌になったのはご愛敬だ。

 私が歌えるようになる頃には、みんな歌って手も動いてた。

 手の動きだけなら負けないと思っていたんだけど、意外にもみんなどこまでもついてきた。


 ま、まだまだっ。

 手だけじゃなくて、足や体の動きがあれば難しいんじゃない?

 某教育番組で有名な二人一組での体操を身振り手振りでやりながら、みんなの協力のもと、歌詞を翻訳していく。

 またもや翻訳している間にできるようになった術使い候補達に、「実はこれには二人一組じゃなくて、もっと人数を増やして進行方向を向けば、動きながら行進できるバージョンもある」と伝えると、「やろうやろう」と大いに盛り上がり、翻訳が終わり私が歌えるようになった頃にはみんなも歌い、最終的には全員で行進できるようになっていた。


 そんなことをしているうちに、私はすっかり簡単な会話ならできるようになっていた。


「今日も楽しかったよー、ユリア様」


「またねー、ユリア様」 


「はーい、また明日ねー」


 帰りはみんな私にハイタッチしてくれるようになった。

 カルロ所長は忙しいから、最近は私が子供達をまとめていることが多い。


 あれー? 私、なにしてるんだろ?

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