第13話 学生の本分は勉強だけどね

 離宮にうつって翌日朝、きらきらしいルチアーノ先生を迎えて、いらっしゃいませのお茶を飲んでいると、先生が世間話のように始めた。


「そうそう、翻訳アメの効果には限りがあるって知ってるかな?」


「知りませんでした」


 どう考えても意志の疎通はできた方がいい。地下牢ぼっち生活が脳裏をよぎる。


「ユリア様はどうしたらいいと思う?」


「またアメをいただきたいです」


「うーん。翻訳アメは貴重品だからね」


「参考までに、あのアメはおいくらなんですか?」


「この前のは効果の長いものだったから、一粒で大金貨一枚だよ」


 んん? 翻訳されてこれ?

 おそらく高いんだろうけど、どれだけ高いかがさっぱりわからない。


「すみません。貨幣はどんな種類があって、だいたいなにが買えるのか教えていただきたいです」


 ルチアーノ先生は、懐から革袋を取り出すと、一枚ずつ取り出して机に並べていった。

 十円玉色、百円玉色、五円玉色、一円玉色の丸い硬貨が、大小4種類ずつある。


「模様が可愛いですね」


 どれも小さいのは四角形が2つ重なった模様、大きいのは丸が7つ重なった花みたいな模様だ。

 ルチアーノ先生は、ひとつずつ指さしながら説明してくれる。


「いいかい? 銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種類あって、それぞれ10枚で大銅貨、大銀貨、大金貨、大白金貨になって、それが10枚で上の硬貨一枚になるんだ」 


 仕組みはわかったけど、いまいちイメージできないので、勝手に日本円に当てはめてみた。

 一円銅貨が10枚で大銅貨10円、100円銀貨が10枚で大銀貨1000円、1万円金貨が10枚で大金貨10万円、100万円白金貨が10枚で大白金貨一千万。


 さっき翻訳アメ一個で大金貨一枚って言ってたから……10万円か。

 何日も効果が続くのなら妥当な値段かな。

 ちなみに翻訳アメに味はない。口に入れたら消えるから、もしかしたら、私がアメって翻訳してるだけで本当は違う名前なのかもしれない。


「だいたい銅貨2~3枚で果物が1つ買えるよ」


 え?

 じゃあ、果物ひとつ100円として、銅貨1枚が50円と考えると……大金貨は五百万円じゃん!!


「一日も早く言語を習得したいと思います!」


「やる気になってもらえてなによりだよ。銅貨や大銅貨は主に生鮮食物や日用品、銀貨や大銀貨は服飾品、金貨や大金貨は高価な服飾品や乗り物、白金貨は住宅の売買や取引に使う、といったところかな」


 市井で使うのはせいぜい銀貨まで、裕福な商人なら金貨も使うけど、白金貨も使うのは相当な商家くらいらしい。

 テーブルの上に、さりげなく置かれた白金貨が、実は五千万とか五億って。

 そもそもルチア先生、気軽に布袋で懐に入れてたけど、ハラハラしないのかな?


「ユリア様、銅貨二枚で買える果物を5個買ったとすると、いくら払えばいい?」


「銅貨十枚、もしくは大銅貨一枚です」


「正解。じゃあ、大銀貨3枚銀貨6枚の靴を金貨一枚出して買ったら、お釣りはいくら?」


「大銀貨6枚と銀貨4枚です」


「正解。計算速いんだね」


 ルチアーノ様は机の上に置いていたさっきの袋からまた硬貨を取り出した。

 並べてみると、中くらいの大きさで、三角形が3つ重なった星みたいな模様だった。


「これはそれぞれ五枚分の価値のある硬貨で、中銅貨、中銀貨、中金貨、中白金貨と呼ばれているよ」


 こんどはそれらが入った計算問題を出され、足したり、引いたり、掛けたり、割ったりしたけど、難なく答えられた。 


「初日でここまでできるとは思わなかったよ」


 ルチアーノ先生は驚いていたけど、小学生レベルの問題なんで、私立の中学二年生としてはできて当然だ。


「褒められたらにっこり笑って『恐れ入ります』って言うといいよ。ああ、早く文字を覚えて欲しいな。そうすればできることがもっと増えて、働くこともできるんじゃないかな」


「本当ですか?」


 とにかく使い潰されないように働き口だけは確保しときたい。


「ぜひ、ご教授お願いします!」


「いいよ。じゃあ、翻訳アメの効果が切れる前に、できる限り、聞いた単語を書き出すといいよ。あ、これを使ってね」


 ルチア先生はリボンで束ねたノートを何冊もくれた。


「ユリア様が気になった言葉をここにメモしておいてほしいんだ。そうすれば、私が後からその横に、ここでの文字を書くからね」


 なるほど。自作の辞書を作れってことですね。


「残念だけど、発音はアメの効果が切れてからになる。それまで、できる限りメモを増やすこと。ユリア様って、かなり高度な教育を受けているよね。足りないのは、ここでの常識や言語の知識とマナーだけ。それさえできたらどこででもやっていけそうだ」


「頑張ります!」


「いいね。いい返事だ。ただ、アルベルトの依頼は『ビアンカ様と話せるように』だからね。立ち居振る舞いは時間がかかるけど、それでも頑張れるかな?」


「大丈夫です!」


「よし。じゃあ、翻訳アメの効果があるうちに飛ばしていくよ」


 こうしてルチアーノ先生のスパルタ講座が始まった。


 王女と会うのに粗相があったら困るから、この世界のマナーや立ち居振る舞いを学ぶのはわかる。

 わかるけど、王女と会うためだけに、ダンスレッスンとか、この世界の歴史とか国の成り立ちとかまで必要?

 諸外国との関係性まではいらなくない? え、常識? 誰の?

 ただの中学生を王女のご学友レベルにまで引き上げるのはやめていただけないでしょうか?


 ジャンルで分けて作っていたノートは10冊を超えて20冊になった。


 昼食は、授業の一環なのか各国の伝統料理で、各国の豆知識と一緒に食べる時のマナーも解説される。

 毎回、初めての調理に奔走するのはパオラとエレナだ。二人の調理の腕もきっとメキメキ上がっていると思う。

 昼食中に抜き打ちテストもされるから、食事中すら気が抜けなくて、味わえないのがちょっともったいない。


「ユリア様は本当に飲み込みが早いね」


「恐れ入ります」


「術使い研究所の方でも活躍してるって聞いているよ」


 ルチアーノ先生は誇らしげだけど、私の目は泳ぐ。バタフライばりに。

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