第12話 はじめまして、先生
朝、いつものように起きて、軽く体操してから発声練習。
地下牢生活では、発声練習のあと何曲か歌ってたら朝食が届いてたんだけど、今日から午前は家庭教師がつくということで、すぐに朝食になった。
なにを着ていいのかわからないのでエレナに身支度を手伝ってもらう。勉強が始まるということで、若い研究員がよく着ているという服に着替えている間に、寝室の隣にパオラが朝食を準備してくれた。
朝食の内容は地下牢にいるときとほぼ同じで、パンにスープにサラダに肉なんだけど、エレナやパオラがいて話せるのと、窓から外の景色が見えるのが嬉しい。
「エレナはどんな先生が来てくれるのか知っていますか?」
「ユリア様は王太女殿下と繋がっていらっしゃいますから、おそらくルチアーノ先生かと思われます。ご逝去された王兄の御子息ですが、王位継承権を放棄されて王国に尽くしておられ、各方面の方々からも『先生』と呼ばれている方です」
ひいぃ。想像してたより大物だったー。
ただのカテキョでいいのに。アルベルトの本気が怖過ぎる。
「大変優秀な方ですよ。今は第一王女である王太女殿下を育てることを最優先されていますが、それまでは、騎士団にいたり、研究所を渡り歩いたり、外国を転々となさったり。興味の赴くままどこまでも追求される方です。『一見、関係のないことがつながる瞬間が楽しいんだ』と、よく話していらっしゃいました」
「パオラの知り合いなのですか?」
恐れ多い、とパオラは首を横に振る。
「城にいらっしゃった頃、短い間ですがお仕えする機会をいただけただけです。おかげさまで、ルチアーノ先生がおっしゃる『つながる瞬間』を何度か体感させていただきました」
それはそれは刺激的な毎日でしたよ、とパオラがうっとりする。
珍しいと思って見ていると、すぐに表情を引き締めて詳しく話してくれた。
ルチアーノ先生は、血の濃さと幅広い知識と顔の広さで、王家と他をうまく取り持っているらしい。
王に兄がいたなら王位争いとか起きそうなものだけど、王兄も学者肌の人だったらしく、早くに王位継承権を放棄して、弟と国のために尽力していたとか。
騎士団にいたり転々と外国を旅したりってことは、ワイルドでゴツい系?
でも、研究所をはしごするほど優秀って、眼鏡系オタク?
うーん。いまいちイメージがまとまらない。
「わたくしは初めてお目もじするので楽しみです。噂ではよく聞いているのですが、実際はどんな方なんでしょうね」
エレナもわくわくが止まらない様子だ。
「まぁ。ユリア様もエレナも、すぐにお目にかかれますよ」
ごもっともです。
食べ終わって、身なりを整えて、勉強道具を用意して、教室となる一階の広間におりていく途中で、玄関の窓辺に立つ男の後ろ姿が見えた。
なにを見ているのか、熱心に窓から外をうかがっている。
姿勢がいいから騎士かと思ったけど、騎士服じゃない。外国の大学の卒業生が着ているような、フードのついていないローブを着ている。
ひとまとめにした腰まであるストレートの銀髪が背中できらきら光っていて、髪をまとめるリボンは上品なものだ。
ガン見している私に気づいたのか、ふわりとこちらに振り返った優しげな瞳は紫色。整った顔をほころばせて、私とエレナのいる階段の方に優雅に歩いてきた。
「可愛らしい異世界人だね。私はルチアーノ、今日からよろしくお願いするよ」
きらきらイケメンきたー。
いちおう言うと、アルベルトもカルロも、普通にかっこいい外国人な見た目なんだよ。
ただ、この目の前の人は突き抜けている。
系統がビアンカ姫と同じだ。麗しい系。
内側から輝いていて、見ているだけでありがたくて拝みたくなる系というか。
いやいや、見とれてないで挨拶せねば。
急いで階段を下りる。
「初めまして。ルチアーノ先生。お会いできて嬉しいです。ゆりあと申します。こちらこそよろしくお願いします」
「ふふ。そんなに硬くならないで。今日は初対面だし、勉強は明日からにして、まずはお互い知り合おう。ね?」
セリフはチャラいのに、ノーブル感が半端ないって逆にすごいな!
ここでは、これが高貴な男性のスタンダードなの?
まるでよくできた演技を見ているような……。
まじまじと顔を上げてルチアーノ様を見る。
「なに? 可愛い子ちゃんにそんなに熱く見つめられたら照れてしまうよ」
まったく照れた様子もなく言い放ち、お勉強はどこでするのかな? と、エレナに案内を頼むと、慣れた仕草で私をエスコートする。
エレナがほんのり頬を染めているのが目の端にうつった。
わかる。できすぎだよね。まるで劇の中みたい。
先生が引いた椅子に私が座り、先生も席に落ち着いたところで、エレナがお茶を用意して、そばに控える。
「実は今日ここに来るのを楽しみにしていたんだ。こうやって異世界人と話せる機会は今までなかったからね」
ルチアーノ先生はにこやかに話す。
「色々聞きたいなって思ってたんだよ」
「私から話すようなことはなにもないのですが」
私はテーブルの下で両手を握る。
自分の世界の情報漏洩はなるべくしたくない。
「あぁ。まずは、ユリア様からだよね。この世界について聞きたいことってある? なんでも質問に答えるよ。まぁ私が答えられる範囲で、だけどね」
謙遜だ。パオラから聞く限り、回答者としてこの国で一番の適任者だろうに。
むしろルチアーノ先生が知らなかったら世界の謎なんじゃないかと思われ。
たった今できた疑問を口にしようとしたけど、隠していることならここで聞くべきじゃない。
どうしようか迷っていると。
「あぁ、君。さっき、離宮付の子にお土産を渡したんだけど、扱いが難しかったかもしれないんだ。これ、扱い方が書いてあるから、持って行って、君も一緒に手伝ってもらってもいいかな?」
「……承りました」
エレナは少し迷ったけれど、書き付けを預かって下がったので、広間には私とルチアーノ先生だけになった。
「これで話せるよね? ユリア様はいったいなにが知りたいのかな?」
面白そうな顔で私を見る。
空気も読めるんですね。さすがです。
ここまでされたら聞くしかない。
「あの、ルチアーノ先生は女性ですよね? どうして男性のふりをしているのですか?」
「へぇ」
ルチアーノ先生は少しも動揺しなかった。
「初対面で見破られたのは初めてだよ。参考までに、どこでわかったのか聞いてもいいかな?」
「お顔です。女性はどことなく丸みがありますから。あと、手です。さっきエスコートしてもらったとき、柔らかかったので」
「なるほどね」
ルチアーノ様はお茶を一口飲んだ。
ちなみに首元には、名前は忘れちゃったけど白いスカーフみたいなのが飾り巻きされているので喉仏位置は見えない状態だ。
「アルベルトが言うだけはあるね。よく見ている。……質問に答えると、男のふりっていうか、兄の代わりをしているんだよ。兄はもういないけど、兄の存在がいるからね」
「先生は、ルチアーノ先生の妹さんなんですか?」
「そうだよ。私はルチア。ビアンカ様のそばで会話する時はルチアの方が都合がいいから女の姿で
「わかりました。大変ですね」
「全然。男装するようになったのも、もとは兄が研究で手を離せないときからのことでね。今じゃすっかり慣れたもんだよ。出入りしている研究所も、中身が兄か私かでいちいち騒がないしね。うちは王家を支えるために存在している。大事な
兄妹共通で、女好きのチャラ男を演じることに決めたらしい。
なんで自分まで演技しなくてはならないのかと、最初は兄が難色を示したそうだけど、途中で折れた。
「この見た目だからね。兄は殿方からも熱い視線をもらっていて、さばききれなくなったんだよ」
うーわー。ほんとご苦労様です。
ちなみに、ルチア様も大変モテるそうで、女性には安心感のあるトキメキを提供し、男性には「お兄様が一番好きだから、お兄様より素敵な殿方でないと」で切り抜けるらしい。
並の男では太刀打ちできないお兄様だから、効果抜群なお断り文句だとか。
「他に質問は?」
「あの、契約についてなんですけど」
「ああ。名前で縛るのって、ユリア様の世界にはなかったんだね。びっくりしたでしょ。ここじゃ正式な名前を自分から相手に言うと、相手に縛られるんだよ。だから複数人が名前をつけるし、長い正式な名前はまず口にしない。自己紹介は名前の一部だけが常識なんだ」
「常識……異世界ですもんね」
あの時なんで名乗っちゃったかなー。久しぶりに話せて嬉しかったからかな。それにしても不用心だった。
どう考えたところで今更だ。
「縛られたらどうなるんですか?」
「契約者に不利なことができなくなる。あとは、直接望まれると断れない、かな? ビアンカ様は良識のある方だから、心配しなくても大丈夫だと思うけど」
「そうであって欲しいです」
無理難題は言われないかもしれないけど、命を握られていることは変わらない。
結局、立場を失わないようにするには、自分の価値を上げるしかないんだ。
「他に質問は?」
「今のところ、それだけです。術の方は術使い研究所で聞こうと思っています」
「それがいいよ。申し訳ないけど、私は術についてはからっきしなんだ」
「え、意外です」
「術は兄の担当で、ネモフィラに巻き込まれたからね」
「?」
「あぁ。歴史の時間に詳しく教えるよ。そうだ、教えるにしてもどこから必要か知りたいから、私から簡単な質問や試験をしてもいいかな?」
それからは、「道に物が落ちていたらどうする?」というよくわからない質問をされたり、ざっくり紙にペンでなにやら書いたり、計算したり。
そうこうしているうちに、エレナとパオラがぐったりした様子で、お昼ご飯を持ってきてくれた。
「大変お待たせいたしました」
なんとこの世界に来て初めて見る魚料理だった。
ルチアーノ様のお土産は魚で、エレナとパオラで書き付け通りに調理してくれたようだ。
「すみません。なにぶん初めての素材でしたので、これでいいのかもわからず、時間がかかってしまいました」
「バッチリだよ。とっても美味しそうだ。二人とも料理上手だね」
イケメン笑顔に場が和み、美味しく一緒にお昼をいただいた。
「では明日から本格的に授業するので、お楽しみにね。昼食も、私が材料を用意するので、二人にはまた調理をお願いするよ」
エレナとパオラの顔が引きつったような気がした。
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