第9話 術使い研究所

 朝の騎士は、さっそく私の願いを聞いてくれたようだ。


 昼食を持ってきた騎士が、昼から術使いの研究所に行くことになった、と伝えてきた。

 どうやら術使いのお兄さんの口添えもあったらしく、術使いとしてかなり期待されてるっぽい。

 でも私は、期待を裏切らないけど、頑張りすぎない方向でいくつもりだけどね。


 私の一番の願いは『元の世界に戻ること』。

 元の世界に思い入れがあるというよりも、この世界にいいように使われたくない。


 単純に、元の世界に戻るだけなら可能そうなのだ。

 術使いのお兄さんが話していた通り、条件をそろえれば反対の術式で戻れる気がする。

 あちこちで頻繁に召喚されるくらいだから、この世界での召喚は、私の想像する召喚よりも簡単だと思われ。


 でも、今の私では戻れない。

 術式も知らないし、私と一緒にきた異世界品がなにで、今どこにあるかもわからないからだ。


 実は昨夜、術使いのお兄さんが帰ってから、お風呂がないのは気持ち悪かったので、清めの術を自分でできないか試してみた。


 結論から言うと、できた。


 異世界品を持ってないのにって思ったけど、自分自身が異世界品だし、着たきり服も異世界品だ。

 お兄さんのカードに書かれた術の指定文を事前に読んで知っていたからか、呪文というか【清める】と唱えたら、できた。

 一回で成功したのは、清めの術を何回も体感していたからかもしれない。

 

 水の時、術使いのお兄さんはただ【水】と言っていたけれど、翻訳機能が働いているなら、本当は特別な言語だったのかもしれない。

 普段使っている言葉で術が使えるなら、普通に話すだけで水やらが飛び出して危険過ぎるもん。

 

 で、特別な呪文があると考えると、今度は、術を使えない人がいるのがわからない。

 

 異世界品があれば術が使えるのは、きっと電池とか魔石みたいなものなんだと思う。

 異世界人なんか力の塊なのに、術使いのお兄さんの話を聞く限り、異世界人みんなが術を使えるわけでもないっぽい。


 異世界品と呪文の他にもう一つ、なにかがないと術は使えない。

 そのなにかを調べるには、地下牢引き籠もりボッチじゃ無理。

 

 まずは、術使いとして使える人間だと匂わせつつ、術を学んで術式をモノにする!


 という結論までを昨夜寝ないで出したので、騎士が呼びに来たとき、私はイスに座ってうとうとしていた。


「ユリア様。研究所に行きますが、よろしいですか?」 

 

「あ、はい」


 迎えに来たのは、朝と同じ騎士だった。

 一日で同じ騎士が来るのは珍しいと驚いていると、騎士はにっこり笑うと、片手を胸に当て頭を下げた。


「本日からユリア様の専属騎士になりました。アルベルトです。これからよろしくお願い致します」


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 まさかの人間扱いにびっくりした。

 心の中での『赤とんぼ』さんは、アルベルトさんらしい。

 でも、靴は自分ではけるので、お気になさらず。

 30歳前後に見える真面目そうなアルベルトさんは、私の斜め前をゆっくりと歩く。

 城からも地下牢からも召喚の場からも離れた場所に研究所があるらしい。


「研究所から戻る頃には部屋も整っているでしょう。本日は顔合わせですし、異世界人とわかるように、あえてこのまま研究所に行きますが、部屋には侍女がおりますので、すぐに服を整えてください」


「えっと、部屋が変わるのですか?」


「はい。研究所の近くに移ることになりました」


 おぉ! 早くも地下牢脱出クリア~!

 てか、侍女までつくとは思わなかった。

 

「ユリア様は術が使えるということで、姫様が興味を持たれたのです。ですから、姫様とお話できるように明日からは教師もつきます」


 おおぅ? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。

 

「ぜひ姫様のお役にたてるよう、励んでくださいね」


 ですよねー。

 たかが術使い候補に過分な対応だとは思ったけど、そういうことか。

 よくよく思い返せば、この騎士、ビアンカ姫から最初にアメをもらって照れてた人だわ。

 きっと本来の主はビアンカ姫なんだろうな。

 年齢的に、アルベルトさんにとってビアンカ姫は大事な娘みたいな感覚なんだろうか。


 とか考えていたら、アルベルトさんが立ち止まった。

 大きな温室のような建物が研究所らしい。


「気をしっかり持っていてくださいね」


「はい?」


 研究所の扉を開けると、どわっと歓声が沸いた。次いで


「その子が異世界人だろ?」

「術使えるって本当か?」

「こっちの手伝ってほしい」

「いや、うちのが先だ」

「まずは基本を教えた方が」

「研究テーマを決めてもらえ」


 職員室くらいの広さの場所に、30人ほど魔法使いみたいな格好をした人たちがいて、わらわら寄ってきながら口々に気ままに話しかけてくる。みんな清めの術使いと同じように体調悪そうで、ちょっと、いやかなり怖い。


静粛せいしゅくに!」


 アルベルトさんの一喝で、すべての動きと声がピタリと止まった。


「この方が異世界人で術使い候補のユリア様だ」


 挨拶するよう目配せされたが、名前はすべて名乗らないように、と小声で言われる。


「ゆりあです。よろしくお願いします」

  

「おぉ~」

「本物だ」

「エネルギーが動いてる」

「いつから来れるんだ?」

「今からでもいいぞ~」


 再び上がる歓声を、アルベルトさんは手を挙げて抑えた。


「ユリア様は明日の午後からこちらに通われることになる。今日は顔合わせだけだ」


「これだけか?」

「せっかく戻ってきたのに」

「せめてもっと話したい」

「触らせてくれ」


 不満げな声を意にも留めず、アルベルトさんはさっさと研究所から私を連れ出した。


「大丈夫でしたか?」


「驚きました」


 一瞬、パニックゾンビ系の登場人物になった気分だった。

 アルベルトさんは、新しい部屋はこちらです、と歩いて行く。


「異世界エネルギーはまだまだ未知の分野なので、系統だってもいない。使える者が少ないので、それぞれが勝手に研究している状態なのですよ。おそらく他国も同じなのでしょう。ただ、防衛においてはすばらしく効率的なのです」


 アルベルトさんはなにやら丁寧に説明してくれたけど、簡単に言うと、『国をバリアー』って書いた異世界品を城に置いておくだけで、すべての国境警備がいらなくなるのだとか。確かにラクだ。


「騎士としては未知のエネルギーを頼りたくはないのですが、他国が使っている以上こちらだけ使わないわけにもいかず。研究が遅れて他国に出遅れても困るので研究所を設けていますが、統制する者もおりませんし、術使いは気ままな者が多くて、とりあえず1カ所にまとめはしましたが……」


 あの状態なんですね。

 

「ユリア様はしっかりしているようですし、術使いの素質もあるということですので、大変期待しております」


 いや、そこは期待しないで欲しいんですけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る