第7話 術使い

 あー、マジ寝してたわー。 

 しかも現実みたいな夢を見るとは。

 今まで意識して思い出さないようにしてたのに。

 まりあさん、小夜さん、二人とも今頃なにしてんだろ?


 目の前から私や物が消えて、小夜さん、きっとすごく驚いたよね。

 小夜さんは、もともとまりあさんのお手伝いさん。お互い気心が知れてるからって、小夜さんから言い出して、私の世話をするためにマンションに住んでくれている。


 まりあさんには、すぐには連絡いかなかっただろうけど、三ヶ月も経ったら、さすがにもう私がいないってバレちゃってるだろう。……迷惑かけてないといいな。


 外から見れば変な家族なんだろうけど、私はそれなりに愛されていると思ってる。

  

 私だって、最初っから諦観していたわけじゃない。

 普通に両親がそろった家庭に憧れなかったわけじゃない。


 でももし『母親だから』『家族だから』に固執して、私とまりあさんが一緒に暮らしていたら、今みたいにまりあさんと仲良くはできなかったんじゃないかな。

 同じ家にいれば、私は普通の母親をまりあさんに求めて、期待に外れるたびに苛立っただろうし、まりあさんもそんな私を窮屈に感じていただろう。


 まりあさんが普通の生活に向いてないことを、小夜さんも私も、なによりまりあさん自身がわかっているから、今のカタチがベストなんだろう。


 私にとって、あの部屋は唯一の息抜きができる場所だ。

 大事な部屋にある思い出の品々を異世界のために使おうとは思えない。


 明日から召喚するっていわれたけど、どうやるんだろう? 情報が少なすぎるよ。

 ふて寝してる間に夕食の時間も過ぎたらしく、後は不思議風呂を残すのみ。

 異世界エネルギー使いから情報をできる限り聞き出さないと。


「おーい、起きてるー?」

 

「起きてます!」


 頭までかぶっていた掛け布団を跳ね上げ、ベッドから体を起こすと、異世界エネルギー使いは破顔した。

 いつもゆるい魔法使いっぽいローブを着てフードもかぶってたから、男か女か見た目ではよくわからなかったけど、この声は男だ。

 私より年上だけど、二十歳は過ぎてない感じ。

 

「あー、言葉が通じるっていいね。ずっと聞きたかったんだよ。あの、いつも体を動かしてるの教えてほしいなーって思ってたんだー」


「いいですよ。私もお聞きしたかったんです。異世界エネルギーのこと、今日、初めて聞いたのですが、体をきれいにしてくれてるのが異世界エネルギーなんですよね? どうやっているのか、教えてもらえませんか?」


 感じのいい後輩をイメージして、ハキハキ話す。


「ちょうどいい。君も術使いになれそうだからねー」


「じゅつつかい?」


「君が体を動かしている時、異世界エネルギーが動いてるのが見えたんだよ。だから君にも使えると思うんだ。良かったら、体を動かしながら説明するよー」 


 魔法使いあらため術使いのお兄さんは気さくな人だった。


「術使いはね、異世界の品物を使って術を使えるんだ。術は先に書き込んでおく。今はこんな風に持ってるんだけど」


 お兄さんはローブの首元をゆるめて手を入れ、首からさげる通行証みたいな紐をたぐり寄せると、目の前に出してくれた。

 そこには通行証ではなく、電車の改札やコンビニとかで使う、見慣れた交通カードが入れられていた。

 その裏に、なにやら読めない文字が書かれている。


「文字は読めないのかな? 意味もわからない?」


「読めませんし、わかりません」


「翻訳アメの効果は話し言葉だけなんだねー。えっとね、ここには【清める】【範囲は術者の任意】って書いてあるんだよ。だからこうやってー」


 お兄さんはくしゃっとなった掛け布団をさして、「ふとん」と言うと、一瞬で掛け布団がふわっとなった。


「すごいです!」


「だよねー。生活術を使うには、そんなに異世界エネルギーを使わないから、慣れた術使いなら、異世界の品物に触れて対象を指定して願うだけでも術をかけられるよー。でも、ここは王宮の敷地内だから、変なことには使えないように、こうやって異世界品に用途を書き込んで制限をかけてるんだよ」


「なるほどです」


「やってみる?」


「え? 私には動かし方がよくわからないのですが」


「そうだった。そこで、あの体操だよ」


「ヨガですか?」


「ヨガっていうの? そのヨガを見せてよ」 


 もちろん、いつものセットを最初からじっくりお見せする。


「おぉおお! エネルギーが動いてるのがよく見えるよ! あのね、体を動かしている時に、体の中を通る力を感じない? それが異世界エネルギーなんだけど」


 ごめんなさい。わかりません。


「そうだなー。なにかわかりやすい術は……うん。【水】! 【水】なら大丈夫かな。【水】って言いながらこうやって力をそそいでみてよ。飲みたいなって思うとよりいいかな」


 お兄さんは内ポケットから先程と同じ不思議な文字で書かれたものを私に見せてくれた。

 両手を顔を洗う時のようにしたので、私も同じように両手を重ねる。


「こうだよ? 【水】」


 お兄さんの手の中に透明の液体が現れた。


 さぁやってみて、と促されたので、私も【水】と唱えてみる。


 私の手のひらがこそばゆい感触と同時に、湧き出るように水が現れた。

 

「こぼれちゃうっ」


 慌てて口に運ぶと、まぎれもなく水だった。


「すごい! やっぱり君には才能があるよ! できればウチに所属して欲しいんだけど、術使いに興味ない?」


「ぜひ詳しくお話を聞きたいです!」


「いいよー」


 お兄さん曰く、国の守り手として騎士団と術使いが働いている。

 騎士団はどちらかというと貴族よりで、術使いは便利屋扱い。

 理由としては、騎士団は体を張っているのに対して、術使いは異世界の品物さえあれば術が使えるから。

 術使いは確かに万能なんだけど、その割に数が少ないので、あちこちでこき使われるブラック企業らしい。


「異世界エネルギーはまだ新しい技術だから仕方ないんだけどねー」


 なぜか落ちていた異世界の品物を、たまたま通りかかった術使いの素質があったこの世界の人が手にしたことで異世界エネルギーが認知されただけで、まだまだ発展途上中なのだそうだ。


「研究するにはもっと異世界品がいるから、見つかった異世界品から召喚の術が編み出されたんだよ。何回か召喚したところ、異世界の品物といえどもエネルギーに差があるのがわかったから、より強いエネルギーのある品物を選りすぐって召喚する術に発展していって、やがてヒトが召喚された時に、召喚されたヒトがいた方が良い異世界品を選べるってわかったから、今ではヒトを定期的に召喚するようになったんだよ」

 

 異世界品から召喚の術ができたのはすごいし、新しい技術が嬉しくて研究熱心なのはわかるけど、それじゃない感がするのは私が異世界人だからかな?


「国の防衛がすごくラクになったから、今じゃこの国だけじゃなくて、大陸全体あっちこっちで召喚してる」


「召喚ってそんなに簡単にできるんですか?」


「んー、初めての異世界からヒトを召喚するのはけっこう大変なんだけど、異世界人がこっちにいれば、異世界人が品物を指定できるから、その異世界から品物だけを召喚するのはラクになるんだ。でも、なんでか、召喚された異世界人がいた空間の範囲からしか召喚できないんだよねー」


「あの、じゃあ、他にも召喚された人がいるんですか?」


 会ってみたいなって思ったんだけど。


「いっぱいいるよ。でも、ヒト自身も異世界エネルギーを持ってるからねー」


 あー。嫌な予感しかしない。お兄さんは私の表情をよんだ。


「うん。想像通りの結末になるんだよねー。だから、もし君が術使いになれば使い潰されないんじゃないかなって思ったんだよ」


 その方が僕らも助かるしねー、というのが本音だとしても、ハッキリ死ぬ未来と、なんとかして生きられる未来なら、生きる一択しかない。


「異世界に戻った人はいないんですか?」


「んー。術自体は普通の召喚の反対に組めばいいはずだけど、理論上は最初に一緒に召喚された品物がそろってることが条件だね。試したことがないから成功するかはわからないかなー」


 いま聞いた話をまとめると。

 私がこのままこの世界にいると、自分の自分がいた部屋の品物全部召喚する媒体として使われ、最後は自分もエネルギーとして使い潰される。

 術使いとしてこの世界で暮らすなら、召喚できる限りの品物を全部召喚した後でブラック企業で働かされ、別の被害者を増やす手伝いをすることになる。


 どっちも嫌すぎる!


 家に戻るには、最初に召喚された品物がいる。

 私と一緒に召喚されたのって、置き時計と写真立てとお茶飲んでたカップ? 

 さっきの交通カードも私の?

 もしかして、私が見てない場所にまだ落ちてたかも?

 考えこむ私の前で、お兄さんは立ったまま器用にうとうとし始めた。


 あぁ、術使い、マジでブラック企業なんだ。

 異世界人の私にべらべらしゃべっても人材が欲しいくらい余裕ないんだ。


 とりあえず情報はだいたいそろったかな? あとは……。


「あの、その異世界品のエネルギー量ってどうやってわかるんですか?」


「あぁごめん。エネルギー量をはかる術があるんだよ。あと、僕みたいに見るだけでわかる術使いもいる」


「どんな風に見えるんですか?」


「んー、もやっとしたのがはみ出て見えるよ。その出てる量が濃くて大きかったらエネルギーが多くて、うすくて小さかったら少ない。君自身はかなり多いから気をつけた方がいい。できれば誰にも見せない方が安全な気がするけど。そうだ、ヨガで小さくならない?」


「ええ?」


 無茶ぶりきたー。


「そうだな。見えないようにするのは難しいと思うから、はみ出ないように意識したらどうかな?」


「やってみます」


 生存率が上がるなら無茶ぶりでも頑張りますとも!

 ヨガをしている時のようにゆっくりと呼吸してみた。


「うん。いい感じ。それくらいがいいと思う」


 私にはさっぱり見えないけれど、合格なら良かった。

 これからは意識して呼吸しよう。


「あー、ごめん。眠くて倒れそうだから、そろそろ帰るよ」


「はい。こちらこそ、いろいろ教えていただいてありがとうございました」


「いいよー。そうだね。あとは、一気にたくさん召喚しないで、ちょっとずつがおススメかな」


「その方が生存期間が延びますもんね」


「あはは。よくわかってるねー」


 牢内から出たお兄さんは出口を見たままつぶやいた。


「……お前がいうなって思うだろうけど、なんでこんなことになっちゃったんだろうねー。今はまだどの国も新技術に夢中だからいいんだけどさ、問題はこの後なんだよねー。……万能過ぎるから怖いよ」


 そのままお兄さんは、ふらふらと階段をのぼっていった。


 異世界エネルギー、ほんと誰得?

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