第6話 まりあさん

「ママー、まだ寝てていいの?」


「いいのー。今日はオフだからー。あとゆりあ、私のことは『まりあさん』だってば」


「はいはい。まりあさん、なんか食べない? おなかすいちゃった」


「小夜さんのステキご飯はどうしたのよ?」


「とっくに食べた。女子中学生の食欲をなめないで」


「自慢することじゃないと思うけど。まぁいいわ。ブランチと洒落こみますか」


 私のママは女優だ。

 私生活は小悪魔だと思われてるけど(確かに異性関係は小悪魔な気がしないでもないけど)、生活自体はかなりキッチリした人だ。

 

「体操してるから、準備しててー」


「了解」


 私はママの私生児として産まれた。

 なんでかっていうと、小悪魔女優に恋人がいたり結婚したりすると人気に響くことと、ママもパパも忙しくて、家庭生活を営む気なんてさらさらなかったからだ。

 「じゃあなんで私を産んだの?」と聞いたら、「産みたかったから」とママと呼ばれるのを嫌がるまりあさんは答えた。


 私はまりあさんの衣装部屋と息抜き場所を兼ねているセキュリティの厳しいマンションの一室で暮らしている。

 まりあさんが生活する場所は別にある。

 ここで暮らしているのは、私と住み込みお手伝いの小夜さんだけ。まりあさんはよく来るお客さんみたいな感じだ。


 小夜さんは朝食を作って掃除をして、今は買い物に出かけている。

 まりあさんがいるときは、なるべく私と二人だけの時間を持てるように気をつかってくれる。


 まりあさんが朝食やブランチに食べるメニューは決まっているので、今では私も手際よく用意できるようになった。

 山盛りシーザーサラダとローストチキンと温かいロイヤルミルクティー。


「もうすぐできるよー」


「はいはーい」


 仕事が一段落したり、忙しくて倒れそうだったり、まりあさんがここに来るのはそんな時だ。

 今回は中休みらしくリラックスしている。

 まりあさんは気の抜けた顔でテーブルにつくと、湯気の上がるロイヤルミルクティーに目を細めた。

 私が座るのを待って、二人で手を合わせて「いただきます」をする。


「最近の学校はどうなの?」


「うまく貞子を続けてるよ」


「そっか」


 まりあさんの子供だとばれないようにしているのだけど、いかんせん、天城あまぎまりあと天城あまぎゆりあ、名前がまんまなので、ばれなくても、たまに面倒くさいことになる。

 それを回避するために編み出したのが、貞子だ。いわゆるホラーキャラになりきっている。


 まりあさんは突き抜けて美しいのだけど、残念ながら私はそこそこでしかないので、周囲の援護は望めない(まりあさんは崇められるレベルなので、直接攻撃は崇拝者が庇ってくれたり排除してくれたりスゴい)。

 天然まりあさんは、攻撃されてもうまく切り抜けられるけど、私はそんな器用なことはできない。


 どうすればいいか小学生だった私は考えた。

 それはもう必死に考えた結果が、貞子だ。

 手を出されてから対応するんじゃなくて、手を出す気にならないようにすればいいんじゃない?


 中途半端だとからかわれて終わりなので、触れたら呪われるんじゃないか方面に突き抜けてみた。

 黒髪を伸ばして下ろして、リアル貞子。

 つけいる隙を見せてはいけないので、成績は上位をキープ。

 発言の揚げ足をとられないように、無駄に話さない。


 「あの子なに考えてるかわからない」「気味悪い」は褒め言葉。

 「天城まりあと名前似てるけど関係ないよね」「ゆりあって名前負け」と、こそこそ言われる分にはこちらに危害がないのでよし。


 弊害は友達ができないことだけど、面倒くさいことに発展した場合の多くで友達が敵になったので、友達はもう諦めている。


「お芝居だとキャストの行動が少しは決まってるけど、現実では周囲の行動は読むしかないからねぇ。コツは自分のいる場を正確に読み取って、自分に都合良く作り上げることよ」


 この天然まりあさんは美貌で生きのびるために、現実という舞台をうまく読み取り演出するスキルを身につけている。

 私が勝手にまりあさんに冠している『天然』は、いわゆるトボけたゆるい『天然』ではなく、養殖ではない方の『天然』だ。

 まりあさんは場を読んで、まなざしひとつ、指先の動き、首の角度、どれをとってもここぞというタイミングで一番効果的な動きができる。

 現実でこれだけ演じられるのだから、限られた空間である芝居の中では無敵だろう。


「あと、重要なのは声だから。食休みしたら一緒に発声練習しよ」


 まりあさん曰く、感情は思ってるよりも声に出るので、仕草や表情も大事だけど、声重要!


 私は学校では意識して感情のないロボットっぽい声を出しているので、まりあさんや小夜さんとの会話で普通に話せる時はほっとする。


 発声練習をうまくできなかった幼い頃の私に、まりあさんは自ら歌いながら、いくつもの歌を教えてくれた。

 耳慣れていて短くてわかりやすい童謡や唱歌を。ネタ的に校歌や国歌を。

 慣れてきたら、どういう解釈で歌うか、最新の曲やドラマや映画の曲なんかも歌いあった。

 外国語の曲は歌詞の意味がわからなくて難しかった。


 今では、発声練習してから歌うまでがセットになっている。


「あ、時間だ。また来るねー」


 リビングの飾り棚の上の置き時計を見て、まりあさんはひらひら手を振った。

 まりあさんが旅行に行った先で一目惚れした時計は、繊細で可愛らしい。

 写真立てもそうだ。

 この部屋に置いてあるすべての小物は、まりあさんがどこかで一目惚れして購入したもの。

 

 反対側の壁にある棚の中には、まりあさんが出演したもの、ただ好きなだけのもの、歌の練習に使うもの、そんなDVDやBDやCDが並んでいる。

 下の段には、まりあさんと私の写真がしまわれている。


 この部屋はいわば、まりあさんの宝箱だ。

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