第16話

「決めた! あなたは如月きさらぎよ」

「きさら、ぎ?」

首をかしげる狐に微笑みながら少女は続ける。

「そう、如月。 寒さのあまり何枚も服を着てしまう、そんな季節のことを私たちはそう呼ぶの。 それに、あなたの肌の色にぴったりでしょ?」


この一瞬から、狐の未来は変わり始めた。

本来なら森で静かに過ごすはずだった狐は、名を手に入れた。

神と呼ばれる狐は、人間の村で暮らすようになったのだ。

それからは如月の毎日は輝いていた。

人の優しさ、醜さ、怒り、哀しみ、欲…

良い感情も、悪い感情も、なにもかもが如月には新鮮だった。

そしてそれを教えてくれる陽葵のことが、何よりも大切だった。



   ***



「こうして、如月は陽葵に好意を抱くようになった。 そしてふたりは結婚し、産まれたのが僕らのご先祖様なんだよ。 って、あれ? 稀咲泣いてるの?」

「だって、白狐様が、かわいそう…。 でも、最後は幸せに、なった」

稀咲は涙を拭いながら小さな声でそう言った。

「そうだね。 …だからね、稀咲も、幸せになろう?」

慰めるように稀咲の頭をなでる葉月。

「ぅん、幸せに、なる…」


「それ、じゃあ…お兄ちゃん、またね。 色々、教えてくれて…ありが、とう」

稀咲の微笑みは、どこか寂しそうであった。

葉月は口を開いたが、すぐに閉じてしまった。

だが手をきつく握ると、どこか優しさを感じる、柔らかい眼差しを稀咲に向けた。

「ねぇ、稀咲…。 稀咲は、ここで一緒に暮らす気はない?」

「…暮らさ、ない。 お母さんも、こわい、けど…なによりここは、私の居場所じゃ、ない、から…」

「そっか、まあ、何かあったら戻っておいで。 僕はいつでも歓迎するよ」


"ありがとう"


稀咲はそう言い残すと、葉月の家から出ていった。


「さてと…」

稀咲の足音が遠ざかるのを確認した葉月は、目をスッと細めると髪をかきあげた。

「隠れてないで出てきなよ、母さん」

そう言った葉月の声は、冷たく冷えきっていた。

「あらら、バレてたのね」

そう言って部屋の影から姿を見せたのは、髪の長い一人の女性であった。


「いつから俺らの会話に聞き耳を立てていたわけ?」

後ろを振り返ると、母親のことをじっと見つめる葉月。

「あら怖い。 そんなに怒らなく…」

「いいから答えろ!!」

葉月は母親をキッと睨む。

「分かったわよ。 そうね、あなたがその子にまたおいでと言った辺りからかしら…」

「そう、ならいいや。 俺、疲れたから休むね」

「待ちなさい、葉月。 あの子は誰なの!?」

葉月は階段を昇る足を止めると、母親の方にチラリと目を向けて言い放った。

「お前には関係ない。 その光を見ることのない目でよく見て見ろ」と。



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