第15話

初めて人になった時には上手く歩くことができなかったし、着物だって嫌だった。

森の生き物には警戒されて、狐だとわかってもらうまでに時間がかかった。

それでも慣れたら受け入れて貰えたし、強いていうなら狐の時よりも仲良くしてくれた。


輪にいれて貰えるのは嬉しい。

スズメ以外の仲間ができた。

狐はさらに森の生き物を大切にするようになった。


あれから時は過ぎ、スズメの孫の代になった頃、森に異変が起きた。

森の中に人間が入ってきたのだ。

ついにここまで人の手が及び始めた。


「何をしている」

狐は低い声で森の木を切り倒そうとする人間に話しかけた。

「なにって、木を切ろうとしてるんだが?」

人間は見れば分かることを聞いた狐を訝しむ。

だが狐はそんなことを気にせずに話を続ける。

「ここには多くの生き物が住んでいる。 お前らが立ち入る隙はない。 さっさと出ていけ」

「はぁ? 何を言う。 ここは我々の土地だ。 お前につべこべ言われる筋合いはない」

「そもそもお前、見ない顔だな。 どこの者だ」

もうひとりの人間が狐のことを敵の間者ではないかと疑う。

「俺はこの森に住むものだ。 ずっと昔からいる」

「家族は…? 親や兄弟はいないのか?」

「いない。 産まれて半年で捨てられた」

狐は微かな記憶をかき集めるかのように少し遠くを見つめる。

「そうだったのか…。 辛かったな」

「それなら俺らの村に来るといい」

本当のことを言っただけの狐の肩を叩きながら同情し始める人間達。

「俺は太一、こっちは信也だ。 よろしくな」

「お前、名前はあるのか?」

首を狐が横に振れば、また同情する太一と信也。

"変な奴…"

それが狐がふたりに抱いた感情であった。


それから流れでふたりの村に行くことになった狐は、名残惜しそうに森を眺める。

「なに、気にすることはない。 またいつでも戻ってこられるさ」

太一にそう言われ、ふたりの後をしぶしぶ着いていく狐。

狐はふたりに気付かれぬよう、ささやく。

「スズメ、森の奴らにしばらく戻らないと伝えてくれ」

チュンと鳴いて、静かに狐の服に隠れていたスズメは飛び立った。


「お兄ちゃん、その方は?」


村に着くとそう聞いてきた者がいた。

名は陽葵ひまり

黒い髪がよく似合う、可愛らしい少女であった。

「おっ、陽葵、お迎えありがとな。 こいつは森で会ったんだ。 そうだ、陽葵がこいつの名前付けてやれ。 名前がないんだとよ」

「えっ! 私が付けていいの!? 私名前考えるの初めて!」

陽葵は楽しそうに名前を考え始めた。

なにかぶつぶつと呟いているが、狐には理解できない言葉がほとんどだった。

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