第14話

白い狐はもうお腹がすいていない。

のどが渇くこともなければ、身体が辛いこともなくなった。

時にはケンカの仲裁をし、時には森中を駆け回る。

好きな時に遊び、好きな時に寝る。

自由気ままに過ごす日々は幸せであった。


それから月日が経過し、白い狐を忌み嫌うものは誰一人としていなくなった頃であった。

唐突に一匹のスズメから森の守り神と呼ばれるようになったのだ。

スズメは空からすべてを見回す情報屋。

ずっと生きてきた一匹の狐に目を付けたのだ。


─命の大切さを教えてくれてありがとう。

 君がいなければ、きっと私が命の大切さに気付くことはなかったでしょう。


それはスズメが一番最初に狐に言った言葉であった。

スズメは知っていたのである。

代々と受け継がれてきた、小さな白い狐の辿った生涯を…

その時、狐は初めて泣いた。

嬉しかったのだ。

家族にも、森の生き物にも嫌われてずっとひとりぼっち。

そんな狐に生きる意味を、未来に明かりを灯してくれる存在が現れたのだ。

生きた意味はあった。

ちゃんとぼくのことを見てくれた。


生き物は、きちんと餌を食べなければあっけなく死んでしまう。

また、敵に見付かれば死ぬ可能性だってある。

病気にだってなるだろう。

だからこそ、今生きていることは奇跡なのだ。

そして、新たな生を手に入れるのも、また奇跡。

世の中は奇跡の連続なのだということに気付かせてくれる存在、それが狐だった。

生きていれば誰もがそれを体験するだろう。

でも、改めて感じることは幾度とない。

誰かが死ねばそれでおしまい。

その人のことを誰も知ろうとは思わないのである。

狐は、生きているだけでその奇跡を教えてくれるのだ。

嫌われても、必死になって生きてきた。

死んだら生まれ変わり、また生きる。

小さな命をむげに扱ってはいけない。

小さくても、大きくても、命の大切さ、重さはなに一つ変わらない。

世界にひとつだけの、一度限りの生なのだから…


スズメはその日からずっと、狐についてまわっている。

もっと知りたい、もっと、もっと、知らない世界を見てみたい…

そんな思いがスズメを突き動かしていた。


スズメと会ってから一年程過ぎただろうか、狐は、森の生き物から頼られる存在となっていた。

古くから森に住む生き字引でありながら困ったら助けてくれる。

狐は森の中でそんな存在になったのだ。


それから程なくして、狐は人間に化けることができるようになった。

軽くつり上がった目は金色に輝き、光を反射して輝く銀髪の毛先は金色に。

そして、雪のように白い肌の美青年。

それが狐の人間としての姿であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る