第12話

「稀咲、僕のこと覚えてる?」

 少し悲しそうに微笑むその表情は、どこか懐かしさを覚える。

 そう、この声はどこか遠くで…

 遠い昔に、どこかできっと聞いたことがある懐かしい声。

 私の大切な人、唯一優しかった大好きな君…

 君が今、目の前にいる。

「おにい、ちゃん…?」

 ついに稀咲はその一言を声に出した。

 ずっと、ずっとずっと逢いたかった大好きな存在が今、目の前にいる。

「そうだよ。 久しぶり、稀咲… やっとまた会えたね」


 にこりと微笑む兄に、稀咲は目を輝かせた。

「お兄ちゃん!」

「おっと、小さな猫がつぶれてしまうよ?」

 駆け寄ってきた稀咲を抱き止めつつも、腕のなかの小さな猫を気にする兄。

「ごめん、ルーナ。 大丈夫…?」

「うん、だいじょうぶ! きさは? めからおみず、でてるよ?」

 ゆるゆると尾を振っているルーナは、心配そうににゃあとひとつ鳴いた。

「その子、ルーナって言うんだね。 いい名前だ。 僕は葉月、よろしくねルーナ…って、あれ? 稀咲、泣いてるの?」

「ぅ、うれしくて… おにいちゃんに、また、会えた」

 稀咲は、ポロポロとこぼれ落ちる涙を拭う。

「大丈夫、僕が側にいるよ。 もう、いつでも会うことができるんだよ」

「うっ、うっ、くふっ…」

 稀咲は、声を抑えて泣く癖がついていたせいで、むせてしまったいた。

「大丈夫、大丈夫だよ稀咲。 今は、思いっきり泣くといいよ」


 稀咲は、目を開くと小さく小首を傾げた。

 私の部屋は、こんな天井だったかと考える。

「あっ、稀咲おはよう。 目覚めた?」

 寝ぼけた稀咲の顔を覗いてきたのは稀咲とそっくりな少年だった。

「お兄ちゃん…」

「昨日はびっくりしたんだよ? 泣いてると思ったら突然寝ちゃったんだから…」

 葉月がその後どうやってここまで運んできたかを力説していると、ルーナがトンッと稀咲のお腹の上に乗った。

「にゃあ~」

「あっ、そうそう。 ルーナにはコンビニで買ったキャットフードをあげたんだけど、それで平気だった?」

「うん、大丈夫…だと、思う」

 稀咲はそう言いながら、美味しかったと告げるルーナのことをなでていた。

「あ~あ、僕にもルーナの言葉が分かればな~。 ふたりと一緒に話したかったのに…」

 葉月はそう言いながらも、あまり残念そうではない。

「お兄ちゃんは、ルーナの言葉…わからないの?」

「あれ? もしかして稀咲はうちに代々伝わる白狐様の逸話を知らないの?」

「白狐様の、逸話…?」

 葉月はそう、と言うと、静かに語り始めた。


「あれはまだ、雪が少し残る春先のことだった…」

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