第11話

まだ、先生が戻ってくるには時間がある。 

ここを出るならば今がチャンスだ。

「ルーナ、ここを、出るけど一緒に、くる…?」

「きさ、おそといくの? ルーナもいく!」

ルーナはあれとそれと…と、自分の荷物を稀咲のところに運んできた。

「そんなにいっぱい、持てないよ?」

稀咲はくすくすと笑いながらルーナの荷物を眺める。


私も準備しないと…


稀咲は必要な物を簡単にまとめると、ルーナの荷物も持った。

「それじゃあ、行こうか…」

稀咲は片手にルーナを、背中に荷物を背負うと、窓を開け放った。

春の、まだ冷たさを残す風が部屋の中へと吹き込んだ。

「稀咲ちゃん!? なにしているの、はやく降りなさい!」

運悪く、窓枠にのぼったところで先生にバレてしまった。

だが、ここまできたからにはもう後戻り出来ない。

「先生、今までありがとう、ございました。 これからも、どうか…お元気で」

「ちょっと、稀咲ちゃん!? 何をするつもり!?」

先生の問いかけに、稀咲が答えることはなかった。

にこりと先生に微笑みかけた後、目の前に佇む大きな桜の木へと飛び移った。


「それでは、お元気で…! また、いつか会う日まで、さようなら…!」


稀咲の声が青空に響き渡る。

雲ひとつない快晴であった。

そのまま稀咲は器用に木と木を飛び移っていく。

ある程度施設から離れると、地面に降り立ち、スズメの親子の後を追いかける。

目指すは白狐の住まう山である。

その後をさらに追いかけるルーナからには、とてとてという擬音が聞こえてきそうな可愛らしさがあった。



それが起こったのは、小さな町を通りかかった時であった。

「稀咲…?」

誰かに名前を呼ばれ、ぴたりと稀咲は歩みを止める。

そして、恐る恐る振り返った。

「やっぱり稀咲だ。 久しぶり、元気にしてた? 髪も目も色が変わってて、気付かずに通りすぎるところだったよ」

そう言いつつも、一歩、また一歩と近付いてくる声の主。

声のトーンからして少年だろうが、フードを被っていて顔が良く見えない。

"怖い、でもどこか懐かしい"

それが少年に抱いた感情であった。

稀咲はルーナを抱き上げると、迫ってくる少年から少し離れる。

「あぁ、悪かったね。 これじゃあ疑うのも無理はない」

少年は、そう言ってフードを脱いだ。

その顔を見た瞬間、稀咲の目は見開かれた。

金色の瞳に、銀色が一筋はいったさらさらの金髪

が陽の光で輝いている。

整ったきれいな顔立ちのなか、一際目を引く軽くつり上がった目。

毎日のように見ている自分の顔が、そこにはあった。

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