第9話

「そう、ありがとう」

稀咲は目を伏せると、ぎゅっとルーナを抱き締めた。


「うっ、うっ、ぁう… ひっぐ、うぁっ」

稀咲の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「きさ? なんでないてるの? やっぱりいたい?」


違う、そうじゃない。

ただ私を待っててくれる存在がいて嬉しかっただけ。

そう言いたいのに、言葉がでない。


ただ涙と嗚咽が溢れるだけである。

「ひっ、うっ、うぁっ… うっ、ルーナっ、ぁう、ルーナっ! ひぐっ、うっ」

「どうしたの? ルーナいるよ? きさ、ルーナはここにいるよ?」


ぽろぽろと大粒の涙が伝う頬を必死に舐めながら問うルーナの毛は、涙でびしょびしょに濡れ続けていた。




─チィーチチッ ピヨリッ


窓の外からは鳥のさえずりが聴こえてくる。

暖かな朝日が差し込み、窓枠の外には二羽のスズメが止まっていた。


「うぅ~ん…」

寝返りを打った稀咲は、パチッと目を開いた。

「おはよ! きさっ」

ずっと稀咲の寝顔を眺めていたルーナは稀咲が目を開くと共に擦りよった。


「あれ… 私、あの後どうなった、の?」

「なきつかれてねちゃったんだよ。 あとねあとね、とちゅうでおおきいひとがね、おみずとごはんおいていってくれたの。 …あっ、きさおなかすかない? ルーナのごはんたべる?」


ルーナは稀咲の布団から飛び降りると、自分の餌入れをグイグイと頭で押した。

「大丈夫だよ… ご飯はルーナのぶん、でしょ? 私は平気だから」

「そっか、ならルーナが食べちゃうね」

そう言うや否や、ルーナは尻尾をピンとたてながら、ガツガツとご飯を食べ始めた。


稀咲が部屋の窓を開け、スズメ達を中に入れてあげる。

「稀咲様、おはようございます」

「おはよう… 今日も、来たんだね」

「ええ、昨日約束しましたから」

スズメは差し出された稀咲の指に止まる。


「……」

「……」

どちらともなく口を開くこと無く、気まずい空気が辺りを漂う。

ルーナのご飯を食べる音すらも消えようとした頃、スズメが小さなくちばしを開いた。


「稀咲様、今日は我々と共に旅に出るかどうかを伺いに来ました。 ですが、今のままでは悩むだけでしょうし、なにか知りたいことはございますか? 何でもお答え致します」

「………わかんない」

突然そんなことを聞かれても、直ぐには思い付かない。

そもそも白狐の存在すら知らなかった稀咲である、無理もない。

そもそも、まだ旅に出る決心どころか自分に起こった変化をも信じることが出来ていないのである。


─コンコンコン


突然のノックに、部屋の空気が張り詰めた。

「部屋から、出て… 急いで…」

「稀咲ちゃん、入るわよ?」

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