第8話

スズメは少しばかり残念そうにしつつも、改めて稀咲に向かって言った。


「稀咲様、これはひとつの選択肢として聞いて欲しいことでございます。 稀咲様は歴代の白狐様の末裔の中でも力の強い御方で、それは先祖返りと呼ばれる程にも匹敵しますわ。 だからこそ、これから多くのやっかみを受けることになるでしょう」

そこでスズメは言葉を途切れさせた。


稀咲はどこか緊張を帯びた雰囲気に、ごくりっと喉を鳴らす。


「そこで、です。 もしよろしければ私達と旅に出てみませんか? まだ稀咲様のお力が知れ渡っていない今姿を消せばやっかみも減るはずですわ。 それに、稀咲様には外の世界を御自分の目で見て欲しいのです。 ですが、決してこれは稀咲様に強要している訳ではないことをお忘れなきよう」


「でも、私は白狐様の末裔?じゃ、ないと思う、よ…?」

稀咲は弱々しく告げる。

「そんなことは御座いません。 稀咲様にはしっかりと白狐としての特徴が現れておりますゆえに、違うわけはないので御座います」

スズメの父親は稀咲の目を見つめる。

「大丈夫です、稀咲様はひとりではありません。 我々がついていますよ」


その言葉を聞いた瞬間、稀咲の目から涙がこぼれ落ちた。


そんな言葉、言われたことない…

私、ひとりじゃない、の?


「き、稀咲様!? どうされたのですか? もしや父の言葉が気にさわりましたか!?」

しかし、そんな稀咲の心中を知る由もないスズメは、あわてふためいて部屋の中をバタバタと飛び回る。


「これ、落ち着くのだ。 稀咲様は別になんともない。

ただ今までの想いが溢れだしただけだよ」

スズメの父親は未だ飛び続けている娘を宥める。

娘と共に布団の上に降り立つと、稀咲が落ち着くまで、スズメは静かに、ずっと、ずっと稀咲の傍に寄り添い続けた。



「稀咲様、落ち着かれましたか? 落ち着かれたようならなによりです。 …また明日、娘と共に来ますので、それまではゆっくりとお休みください」

「……また、明日…」

スズメの親子は、最後に一礼してから部屋から出ていった。


スズメが出ていった窓をボーッと眺める稀咲の頬を、ツーと涙が伝う。

「きさ? どうしたの? どこかいたい?」

声のする方向には、寝ぼけ眼でベットから顔を覗かせているルーナがいた。

「ルーナ……」

稀咲は今にもこぼれ落ちそうだった涙を拭うと、笑顔を見せた。

「大丈夫、なんでもないよ」

稀咲はトテトテと近付いてきたルーナを抱き上げた。

「ルーナは、ずっと寝てた…の?」

「うん! きさがおきるまでそばでまってたの」

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