猫と猫

「あ、しおちゃん。ご飯食べたら着替えようね」


「えっ……?」



 突然の申し出に顔を向けると、母は人差し指を唇に当てた。



「久しぶりのお・で・か・け」



 *



「ま、待って……先行かないで」


「大丈夫~。ちゃんと待ってるから」



 突拍子のない誘いに自信が過信に変わる頃。俺は母と一緒に、ある店の前に来ていた。その店の外観は一見すると何の変哲もなく、周りの建物と大差はない。

 だけどよく目を凝らすとレンガ造りの外観に、黒猫の看板がかけられていることが分かった。



「猫カフェ……?」


「うん。しおちゃん猫好きでしょ?」


「別に嫌いじゃないけど……」


「あ、立花さん。いらっしゃいませ」



 見知らぬ声にびくりと肩が震え、顔を向けると――出迎えてくれたのは、一人の若い女性。年齢は母と同じくらいだろうか。髪が長く大人っぽい女性だった。



「は~い! ありがとうございます!」


「いえいえ……。そちらが?」


「はい。娘のしおりで~す」



 娘ね……。ぺこりと頭を下げると店員さんはニコリと微笑んだ。



「しおちゃん、こっちよ~」


「え? あ……うん」



 ぼーっとしていると母に呼ばれて、店内へとお邪魔する。どうやら、俺の性格を配慮して個室に案内してくれるらしい。

 そして何よりありがたいことに、猫カフェの中はバリアフリーで、車椅子でも不便さを全く感じなかった。 



「こちらになります」



 店員さんに誘導され、まず目に入ったのは、様々な猫達だった。

 黒猫や白猫はもちろん、三毛猫やトラ猫といった種類の猫も居るようだ。

 じっとしていると猫たちがチラホラと顔を見せてくれる。



「うりうり~」



 母がそこら辺の猫を撫でていると、



「こんにちは。今日は来てくれてありがとうございます」


「いいえ……その……えっと」



 緊張で言葉が上手く出てこない。

 早く何か言わなきゃ……と焦っていると店員さんは近くの猫を抱き抱えた。

 


「かわいい……」



 つい言葉が口を出る。猫が可愛いのは、周知の事実。だけど俺は、その可愛さを間近で見ることで再確認することができたのだ。



「ふふっ……よかったねモカちゃん」



 店員さんが笑うと、猫は彼女に向かってにゃ~と鳴いた。



「それでは、楽しんでくださいね」



 店員さんはニコリと笑い、後ろに下がると猫たちが俺の方に集まってきた。



「お、お母さん……猫が」


「あら……」



 何だかソワソワとしていると、急に一匹の黒白模様の猫が俺の膝に飛び乗った。



「ど、どうしたらいい?」


「とりあえず、撫でたり抱っこしてあげたら?」



 俺は店員さんに教えてもらったように、黒白の猫の頭を撫でてあげる。するとその猫はごろごろと喉を鳴らした。それはとても愛らしくて心がぽかぽかと温まるような感覚だった。



「美奈ちゃん。この子の名前は~?」


「えーっと、その子はもなかくん」


「にゃ~にゃ~」



 もなかと呼ばれた三毛猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えてくる。



「もなかくんは甘えん坊さんだね」


「にゃ~にゃ~」


「ふふっ、可愛い」



 もなかを撫でている母はとても幸せそうだ。

 それにしてもこの猫カフェは凄い……。色々な種類の猫が居て、どの子も可愛くて人懐っこいから凄く癒されるし。なんだかここは、別世界みたいだ。

 すると、今度は違う一匹の猫がまた俺の膝に飛び乗ってきた。どうやらこの子は茶色い毛並みのスコティッシュフォールドと呼ばれる種類らしい。



「しおちゃん、その子は?」


「……わかんない」


「ふふっ、その子は茶太郎くんです」



 困っていると、すぐさま店員さんが名前を教えてくれる。



「茶太郎……」



 すると茶太郎はにゃあと鳴いた。



「しおちゃん。この子抱っこしてあげたら?」


「……うん」



 茶太郎を抱っこすると、彼は大人しく俺に抱かれていた。

 最初は緊張したけど、何だかんだで猫の可愛さに癒されているのかもしれない……。



「しおちゃん。猫……好き?」


「……普通」



 俺はそう言ったあと、茶太郎をぎゅっと抱き締める。すると茶太郎は嬉しそうな声で鳴いていたのだった。



 *



「う~ん! 楽しかったね~」


「うん……でも、なんで急に?」


「たまには、しおちゃんと遊びに行きたかったから」


「……ふーん」



 俺はなんだか照れ臭くなって、再び猫カフェの方をじっと見つめる。



「しおちゃん?」


「結構、可愛かった」



 すると母はこくりと頷き、俺の頭をさわさわと撫でた。猫カフェか……意外に悪くないかも。そう思いながら俺は母と一緒に帰路に着くのだった。

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