#初配信

「はぁ……」



 一息を吐いて手元のタブレットを眺める。画面には猫代しおりのイラストとプロフィールが貼ってあった。

 今まで学んだ手順をもう一度頭で描き、深呼吸して気持ちを鎮める。



「しおちゃん。頑張ってね」


「うん」



 母は俺に声を掛け、部屋を離れた。目の前には待機中のアニメーション画面。

 真っ白な背景の真ん中に猫の足跡が四つ付く。それが、幾度も繰り返された。

 あとは一回のクリックだけ。それだけで配信は開始される。

 そして──




 *




「こんばん、わぁ……」



 配信の第一声。それは情けないほどに上擦った声だった。チラリと視聴者数を確認すると、現在32人。予想よりも多い人数に慄然とした。



 :こんばんわ~


 :しおりちゃん! 



 配信を点けるとコメントが二つ見えた。何だか、ライブって凄い。学校一クラス程の人が見てると思うとちょっと怖い……。

 それでも気を取り直して、何とか台本通りにプロフィール画面を表示させた。最初の1枚目には、名前と、年齢、身長と誕生日が載ってある。



 :にゃーにゃーにゃー



『にゃーにゃーにゃー』って、一体何なんだろう……。最初は猫耳がついてるからだと思ったが、そうでもないらしい。その答えは次に来たコメントが教えてくれた。



 :誕生日w


 :覚えやすくていいね



 2月22日。あ、にゃーにゃーにゃー。



「確かに……」



 コメントを復唱して返事をするのは無理そうだったので、心の中で読んだら返事をした。



「えっと……プロフィール、名前は猫代しおり、です」



 :めっちゃ声小さいw


 :緊張してる? 



「して、る」



 か細い声量とたまにとれる敬語は、緊張のせいか直せそうもない。それでも、何とか必死に声を出す。



 :がんばれ~



「あっ……。えっと……年齢は、15歳で、身長は大体、140㎝……です」



 :大体w


 :身長も小っちゃい



 長い言葉は区切って言えば何とか言えた。

 俺は熱を帯びた頬をそのままに、誕生日には触れずに次のスライドへ移した。



「好きなものは、ゲームと読書……杏仁プリン」



 起伏のない声につまらなく見えないよう、上半身をユラユラと揺らす。すると、配信上のアバターも俺の動きに合わせて左右にユラユラと揺れた。



 :急にユラユラw


 :え、ご機嫌? 



 ご機嫌、何だろうか。多くの人が見ているという認識がどこか内混ぜになって、現実と大きく乖離している。次のスライドは苦手なもの。

 既にバレてしまっているものもあるが、気にせずマウスをクリックした。



『喋ること、人混み、病院、ホラーゲーム、お風呂、笑顔、運動、外、ブロッコリー』



 :多くない?w


 :ホラーゲーム見たい



 嫌。ホラーゲームは絶対やりたくない。怖い云々は置いといて絶対に酔うし。俺は無言でユラユラと体を揺らす。

 スライドを出してる時は、揺れれば言葉数を少なく出来ることに気づいた。



 :しおりちゃん大きい声出すことあるんかw


 :キャー! って言うの想像できない



 恐らく言わないと思う。やったことないからわからないけど。



 :しおりさん喋ってくれww



「えっ、と……」



 喋ることは難しい。あらゆる手段を用いても、緩和されない緊張の渦。生来の小心さは、配信という特殊な環境下において存分にその効力を発揮していた。



 :ゆっくりでいいよ〜


 :頑張ってるね



「すみません……。次は、やりたいこと、です」



 穿った考えと今までの経験から、優しいコメントに驚き、マウスをカチカチと操作する。



『ゲーム、アニメ視聴、料理』



 :ゲーム何かやってるの? 



 コメントをくれる人は決まった人が多かった。俺はそのコメントに現在やっているVRゲームを答えた。



 :人多くない?w


 :人混みだらけでしょww



 まあ、そうなんだけど……。でも、ゲームは好きだし、何よりVRの体を気に入っている。



「みなさん、やったこと……あります?」



 初めての質問の投げ掛け。それはもうガクガクだった。無視されたりしたら、さすがに傷付く。だけど、コメントのリアクションは、その気持ちをすぐに救ってくれた。



 :やってるよー


 :ゲーム好きならやってない人探す方が難しいかも



 そうなんだ。いつの間にかコメント欄に近づいていた顔を離し、車椅子の背もたれに体を預ける。



「今度やるので……見てください」



 :お、楽しみ! 



「今日は、来てくれて、ありがとうございます……また、来て欲しいです」



 :終わるのマッハww


 :早いよ〜w



「すみません……おやすみなさい」



 :ん? もう寝るの? 


 :えーっとお疲れ様! 



 申し訳ないけど、そろそろ許容量に限界が……。

 俺は配信の終了ボタンを慌ただしく押した。



「お、終わった……」



 ぐでっとモニター机に腕を伸ばしてへばりつく。上手くいったかなんてわからないけど、無事初ライブが終わった。

 他の人から見たら小さな一歩でも、俺にとっては躍進である。寝る前にSNSでも更新しようかな……。

 うつ伏せの顔を横にして、俺は一先ずの苦難を乗り越えた喜びを噛み締めていた

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