初配信if(失敗Ver)

「はぁ……」



 一息を吐いて手元のタブレットを眺める。画面には猫代しおりのイラストとプロフィールが貼ってあった。今まで学んだ手順をもう一度頭で描き、深呼吸して気持ちを鎮める。



「しおちゃん。頑張ってね」


「うん」



 母は俺に声を掛け、部屋を離れた。目の前には待機中のアニメーション画面。

 真っ白な背景の真ん中に猫の足跡が4つ付く。それが、幾度も繰り返された。

 あとは一回のクリックだけ。それだけで配信は開始される。

 そして──




 *




「こんばん、わぁ……」



 配信の第一声。それは情けないほどに上擦った声だった。

 チラリと視聴者数を確認すると、現在142人。

 予想よりも多い人数に慄然とした。



 :こんばんわ~


 :しおりちゃん! 



 えっ……なんで。あまりに気になった俺は、今やっている初配信のライブを覗くと軒並み三桁だった。もしかして、情報が古かった? 

 ポップなBGMをバックに、気を取り直してプロフィール画面を表示させる。

 最初の1枚目には、名前と、年齢、身長と誕生日を載っけた。

 正直、コメントはあまり期待してなかった為、流れるコメント一つ一つが新鮮だった。何だか、凄く配信っぽい。



 :にゃーにゃーにゃー



『にゃーにゃーにゃー』って、一体何なんだろう……。最初は猫耳がついてるからだと思ったが、そうでもないらしい。

 その答えは次に来たコメントが教えてくれた。



 :誕生日w



 2月22日。あ、にゃーにゃーにゃー。



「本当だ」



 :覚えやすくていいね



 確かに……。コメントを復唱して返事をするのは無理そうだったので、心の中で読んだら返事をした。



「えっと……プロフィール、名前は猫代しおり、です」



 :めっちゃ声小さいw


 :緊張してる? 



「して、るっ」



 か細い声量とたまにとれる敬語は、緊張のせいか直せそうもない。それでも、何とか必死に声を出す。



 :がんばれ~



「あっ……。えっと……年齢は、15歳で、身長は大体、140㎝……です」



 :大体w


 :身長も小っちゃい



 長い言葉は区切って言えば何とか言えた。初配信なのにこれは凄いんじゃないだろうか。もしかして、ちゃんと出来てる……? 

 俺は熱を帯びた頬をそのままに、誕生日には触れずに次のスライドへ移した。



「好きなものは、ゲームと読書……杏仁プリン」



 起伏のない声につまらなく見えないよう、上半身をユラユラと揺らす。すると、配信上のアバターも俺の動きに合わせて左右にユラユラと揺れた。



 :急にユラユラw


 :え、ご機嫌? 


 :ボリューム調整よ! 限界を超えてくれ! 



 あ、これ便利かも。

 俺は手摺に手を掛け、どんどんと大胆に体を揺らすと──



「……っ」



 ──ガシャン! 

 最悪……。調子に乗ったせいで、車椅子から落ちてしまった。ダサい。信じられないほどダサい……。

 べしゃりと床に横たわったままうつ伏せた顔を上げると、激しい落下音に母の駆け寄る音が徐々に近づいてきた。



「しおちゃん!」


「な、何でもない、から」


「もう、何言ってるの。ほら、両手」



 母の言われた通りに両手を広げると脇に手を差し込み、そっと車椅子に乗っけてくれた。



 :しおちゃん? 


 :え、本名なの?

 

 :ガチママ? 



「ご、ごめんなさい……あ、今日の配信はここまでです」



 慌ててマウスへと手を伸ばし、ライブ配信を終了させる。

 こうして俺の初配信は、親フラという(しかも、母は全く悪くない)結果に終わってしまった。




 *




「あの……ごめんなさい」



 さっきの配信のせいで、今後ライブ配信をする際は母が家にいるときという制約がついてしまった。

 自業自得だからしょうがないけど、理由があまりにも酷すぎる。

 そこからは、母の説教を何度も何度も浴びた。凄まじい怒り様に全身が委縮するほどだった。

 何度も何度も体をまさぐられ、痣が出来たりしてないか執拗に確認し、その後にまた怒られた。



「お顔を打ったりしなかった?」


「腕で守ったから」


「ほら、見せて」



 袖をまくり上げると入念に肌を確認し、曲げたり伸ばしたりと何回も動きを確認させられる。



「さっき、それやった」


「まだ、怖いの! はぁ……これ以上心配させたら、ママ鬼になるからね」


「ごめんなさい」


「やっぱり駄目……。許しません。大体しおちゃんは何でそんなに──」



 もう勘弁してほしい。全面的にこっちが悪かったけど、長い……。



「もう大丈夫。わかった」


「あ、しおちゃん。今ママの説教長いなって思ったでしょ」


「ううん。思って……ない」


「嘘。やっぱり反省してない! 今日はいい機会だから、言わせてもらいます!」



 ──くどくどくどくど



「ほら、前に台所で料理しようとして包丁落としたでしょ? ほら、あの、3年前くらいに!」


「覚えてない……」


「あのときもママ心臓が止まるかと思ったんだから」



 ──くどくどくどくど



「しおちゃんは小学生の時からそうなの。毎回どれだけこっちが心配してると思ってるの? いっつも一人でやろうとするけど、もうその度にママは怖くて怖くて──」



 ──くどくどくどくど



「お風呂も本当なら、一緒に入るべきなの。しおちゃんは恥ずかしいから自分で洗おうとするけど、滑って転んだらどうしよう……ってママはいっつも不安で──」




 *




「──しおちゃん。わかってくれた?」


「うん。凄くわかった」


「じゃあ、ママが言いたかったこと言ってみて」


「えっと……一人で何でもしようとしないで、お母さんに頼ること」


「うん。いい子ね」



 撫でくり回される頭に揺らされ、ほっと息をつく。

 やっと解放された……。



「しおちゃん」


「は、はい」


「次はもっと凄いからね」



 優しい声で言われると凄く怖い。俺はコクコクと頷いて、しっかりと反省をした。

 初ライブの失敗に説教地獄なんて……猫代しおりの今後は前途多難だった。

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