Vtuberデビュー前夜

「しおちゃんかわいい」



 いつの日からか気持ちを切り替えた母は、俺を女の子として愛で始めた。先ほどセットされたゆるふわロールに猫耳のカチューシャ。

 家には可愛い服もいっぱいある。ただ、面倒だから着てはいない。



「にゃーにゃー」



 そういえば、今日の晩ご飯は何だろう。

 ゲームで身体を動かしたせいで、いつもよりお腹が空いている。

 何にせよ明日は配信もあるし、いっぱい食べよう。自身の体にしっかり栄養を貯蓄して、来たる時間に備えねば。

 そうして、謎の鳴き声をバックにリビングへと運ばれた。



「しおちゃん……猫耳外してもいいよ?」


「別に大丈夫」



 スプーンでオムライスを掬って、ゆっくりと咀嚼しながら色々と考えを巡らせる。



「明日の配信、見てもいい?」


「うん。アーカイブでなら」


「アーカイブ?」


「配信残すから動画で見て」



 実際、同じ家に住んでいてVtuberをするのは、今更だけどちょっと恥ずかしい。

 上手く説明がつかないモヤモヤがある。それに今は、Vtuberは群雄割拠。

 企業勢の初配信なら大勢が押し寄せるけど、こっちは個人のVtuber。

 よっぽどのインパクトがない限り、初配信での視聴者数はいっても二桁が関の山である。

 あんまり多いのも尻込みするけど、大分少なく見積もるのが賢明だった。



「よくわからないけど……わかった。あっ、オムライスおいしい?」


「うん」



 とりあえずの目標設定は10人。

 配信上だと少ない部類に入ってしまう人数だけど、一般的な物差しは俺には関係なかった。



「──ごちそうさま」



 オムライスを食べ終えて、デザートにプリンも食べた。

 お腹がいっぱいになったら、早くお風呂に入ってぐっすりと寝る。ゲームで疲れているのもあって、今日は良く眠れそうだった。



「それじゃあ、お風呂行こっか」



 ああ……お風呂面倒くさい。



「ほら、こっちおいで」



 お風呂に入るのを渋っていたら、母に連行されてしまった。

 抵抗虚しく、服を脱がされて裸になった俺は温かいシャワーをかけられた。



「暴れちゃダメよ」



 足やお尻はどうしても洗えないので、ゴシゴシと丁寧に洗われる。



「気持ちいい?」


「ん……」



 見た目が変わっても、中身は変わらない。

 無抵抗のまま、時が過ぎるのを諾々と受け入れる。



「次は背中ね」


「背中はいいよ」


「だ~め。今の体じゃ力入らないでしょ。前なんて、タオルで背中をぺちぺちしてるだけだったし」



 言われてみればそうだけど……。流石に諦めた俺は、大人しく背中も洗ってもらう。



「はいおしまい、それじゃあ泡流すよ」



 そうして温かいシャワーをかけられた後に、やっと湯船に浸かることが出来た。



 *



「じゃーん。今日は苺ちゃんです」



 毎回紹介してくる母の手からブラだけ受け取った俺は、手慣れた動作で胸へと装着する。そして、パンツはいつものように母に履かせてもらった。



「今日の部屋着はこっちね」



 新しい部屋着は、ピンクと白のボーダーのセットアップ。

 上着はジップアップのパーカーで安定のもこもこである。



「ショートパンツのセットも買ったけど、下はそっちにする?」


「どっちでもいい」


「え~どっちでも? それなら、履かせちゃうけど」



 そう言ってスルスルと履かされたおニューのショートパンツ。

 ──うん、パッと見は何だか変。

 こうもむき出しの素足は、滅多にない新鮮味がある光景だった。



「サイズとか大丈夫?」


「うん」



 もう何でもいい。後は寝るだけ。ちゃんと歯磨きもしたし、お腹もいっぱいだし……。もう、寝る準備は完璧だった。



「ふわぁ……」


「そろそろ寝る?」


「うん……」



 寝室まで運んでもらった俺は、部屋の電気を暗くしてすぐさま布団を被った。

 明日の準備もしたし、配信の設定も準備万端。柔らかい布団は、一瞬で眠りへと誘ってくれる。俺は明日の配信に戦々恐々としながら、静かに瞼を閉じた。

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