決戦準備
反復される日常を何日も繰り返していると、突然来た納品を知らせるメール。日付は明日。
浮足立った気持ちは、日に日に膨らんでいき、どこか形容しがたい感情だった。一人の自室で考えるのは、当然配信のこと。
やっぱり、王道のゲーム配信はしてみたい。最近、バタバタ続きで出来ていなかったVRゲームを起動させ、待ち時間にHPの配信ガイドラインに目を通す。
うん、これなら出来そう。 一通り確認を終えたところで、現実の体の感覚が仮想世界へと移り変わった。
場所は、チュートリアル後の町を出た森の中。最初は苦手だったここの雰囲気も、今の自分だったら乗り越えることだって、可能かもしれない。
前向きなんて似合わないけど、前向き寄りの後ろ向きくらいなら、悪くはない。そう自分を評して。生い茂る草々を踏み締め、前へと進む。
時折出て来る雑魚敵代表のゴブリンは、スキルで断じて森の突破を目指した。森を抜けた先には、トンネルがあった。
真っ暗な短いトンネルを抜けると開けた平野が広がっている。次の目的地の場所が、ギルドなどの新設や加入が出来る町。
つまりは、このゲーム内で一番の賑わいを見せる場所であった。
「初心者さん大歓迎でーす!」
ようやく到着した町中では、ギルドの勧誘が頻繁に行われていた。雑多な人の群れは、酔いそうなほど多くて、リアルだったら一歩も動けないことこの上なかった。
だけど、ここは仮想現実。現実であって現実ではない。その根拠を御守りのように胸に携えて、俺は必死に落ち着けそうな場所を探し回った。
ただ、そんな都合のいい場所なんてあるんだろうか……。ゲーム内のメニューを開き、町のMAPを見ながらキョロキョロと辺りを見渡す。
こんな人混みの中を歩くのなんて、生まれて初めてだ。道すがら、多くのプレイヤーとすれ違ったが、昔感じた嫌な視線は一つも感じなかった。
「ふぅ」
町を一望できる展望台に着いた。ちなみに俺がいる場所は景色を眺望できる場所ではない。離れた一つの小屋の影。
どうやら、ここも人気スポットっぽいし、完全に人がゼロの場所は町には存在しなかった。どこにいても感じるプレイヤーの気配。
それでも、自身の足を使って歩くことは、爽快だった。一息をついたところで、物陰からチラリと頭を出す。やっぱり、いっぱいいる。
最初の町でもそうだったけど、人気なタイトルだけあって、プレイヤーの数は尋常ではない。
「……っ」
やばっ、最悪のタイミングでプレイヤーの一人と目が合ってしまった。
自身でも驚くほどの俊敏さで物陰に引っ込んだ俺は、その場にしゃがみ込む。
──1分くらい経っただろうか。もう一度緩慢な動きで覗くと、既にそのプレイヤーはいなくなっていた。
はぁ……。自分でも自意識過剰だとは思う。それでも、人の中にいるのは我慢できても人と目を合わせたり、傍に近寄ったりはさすがに厳しかった。
「はぁ……」
なんだか、ドッと疲れた……。
再三ため息を吐いた俺は、肩を落としてメニューからログアウトボタンを押した。
*
「あっ、しおちゃん。おかえり」
現実に戻った俺がいた場所は、母の部屋のドレッサーの前だった。
どうやら母は、しきりに俺の髪をいじっているご様子。
「何してるの?」
「ほら、見て。カールにしてみたの。これが俗にいうゆるふわ……!」
手に持っているカールアイロン。どうやら、それで遊んでいたらしい。
「ふーん」
「かわいいでしょ?」
凄く自慢気。
鼻唄を歌いながら俺のヘアアレンジに没頭する母に、先ほどのメールの件を伝える。
「明日、アバター届くって」
「ふんふふ~ん……えっ、本当?」
「うん」
手が止まった母の表情を鏡越しに見つめると心配半分、嬉しさ半分といった複雑な表情だった。
「無理しちゃ駄目だからね」
そう言って再び髪をいじり出す。
「大丈夫。逃げるのは、得意」
俺には珍しく冗談っぽく返す。当初は話題作りにも考えていたVtuber。
それは性別の変化とVtuberを始めるという話題で、達成しつつある目標だった。
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