面接官は母

 なんだか気恥ずかしいやり取りを終えた後は、しっかりと段ボールの処理を終わらせ、機材のセッティングは完了した。

 機械に疎い母を補い、電子マニュアルを片手に勿論俺も協力した。

 Vtuberでの外見イメージも固まり、注文の概要も浮かんできたのは本当に幸運だった。白を基調に猫耳フード、もしくはシンプルな猫耳。

 ありきたりだが、それがいい。髪は黒色で長さは、今の姿を参考に。メモ帳にまとめた簡略的な注文表を消えないように保存して、後は頼むだけ。

 絵師を選ぶ指標は漠然としてるけど、一番気に入ったイラストを投稿してる人に決めようと思う。ドキドキの初ライブ配信。

 それはもう、目前のとこまできていた。



「ね」



 結局、有耶無耶にしたまま喋る練習は敬遠したけど、やっぱり今の俺には必要不可欠だった。ここで何とか協力を仰ぎたい。



「ん?」


「喋る練習」



 率直に言うと母だと緊張は無縁の為、あまり練習にならないかもしれない。

 でも、今の俺に練習相手の選択肢は一つしかない。

 だから、今日も今日とて肉親を頼ることにした。



「あぁ……そうだね。うん。しよっか」



 さすがすぎる察しの良さに、ちょっと失礼だなと思った。

 向かい合う親子。緊張が顔に張り付く。全然、無縁なんかじゃなかった……。

 改めて、Vtuberとして話そうとすると気恥ずかしさが胸を衝く 。



「それじゃあ、まずは自己紹介をお願いします」



 かしこまった口ぶりは、何だか面接みたいだった。



「は、はじめまして……立花栞です」


「ちょっと声が小さいですね〜。もう少し大きな声出せますか?」



 ぐっ……。早速懸念材料が指摘される。ボリュームなんて視聴者側で調整してほしい。



「む、無理です」


「はい失格」


「えっ……失格なんてない」


「厳しくいきますから」



 妙に演技ががった言い方だった。



「自己紹介からもう一度お願いします」


「あの、栞」


「はぁ……しおちゃん」



 嘆息した様子の母に、非難がましい目を向けられる。せわしなく開閉する自身の手をぎゅっと閉じて、心を新たに面接官へと立ち向かった。



「栞です」


「もうママの降参……ちょっとは妥協して、次の質問に行くね。はい栞さん。可愛らしい名前ですので、仮にしおちゃんと呼びましょう。それでは、しおちゃんの好きな食べ物は何ですか?」


「ハンバーグ」


「あら、可愛らしい。えっと、それは誰が作ったハンバーグですか?」



 一体この質問に意味はあるのだろうか。絶対話す機会がなさそうな追及に、首を傾げる。それに雰囲気が質問ではなく、詰問の雰囲気だし。



「早く答えなさい」


「お母さんの……です」


「そうですか。素晴らしい回答だと思います。それでは、大好きなママのハンバーグが大好物ということで……次に。しおちゃんの趣味はなんですか?」



 誇張された回答を無視して、俺は無心で答えを思案する。もしかしら、そういう圧迫を掛けて緊張感を募る作戦かもしれない。



「本とゲーム」


「しおちゃん。敬語を使いましょう」


「本とゲーム、です」


「タイトルは……今は言わなくていいでしょう。ママわかんないし」



 時折出てくる面接官の自我に、心を持ってかれないように佇まいを正す。

 でも、これって本当に練習になってるのだろうか。つくづく出てくる疑問を今は捨て置き、耳を澄ませて次に備える。



「それでは、最近楽しかったことは何ですか?」


「えっと……ゲーム、です。VRの」


「そうですか。本当にゲームがお好きなんですね。では、具体的に。どこが楽しかったですか?」



 うっ、どうしよう……。脳裏に暗い回答しか浮かばない。

『いつもは動かない足を使い、歩き回れることが楽しかったです』とは、さすがに俺も言いづらい。

 でも、だからといって嘘を言うのは違うはず。俺は何とか必死に頭を回転させ、無難な答えを手繰り寄せた。



「いつもとは違う姿になれたり、色鮮やかな景色を体験できるからです」



 ──何とか答えられた。それに、どうやら正解だったぽい。

 満面の笑みの母を見るに、決して悪い答えではなかったようだ。



「うん。頑張って答えてるのは伝わってきた」


「そ、そうかな?」


「でも、私は母親だし。普段のしおちゃんを知ってるからね」



 それもそっか。初めての視聴者には、俺のリアルな情報はわからないし、過去や今の姿を何も知らない。

 断片的な情報で、相手に解釈を委ねるのは時と場合によるのかもしれない。変に気を遣わずに、素の姿を見せよう。

 そうした気づきに、頭に過った迷いを直ぐに搔き消した。



「そういえば、しおちゃん。Vtuberとしての名前についてだけど、名前は決めたの?」


「えっ……そういうの、わかるの?」


「当然。ママも調べてるんだから」



 胸を張る母の言うことに、今はまだ名前の回答は持ち合わせていなかった。

 一応、下の名前は変えないって確定してるけど、ただそれだけ。

 ほにゃらら栞。このほにゃららが浮かばない。白猫モチーフだし、猫って入れた方がいいのかな。

 白猫栞。城猫、代猫……猫代。猫代栞。ちょっと、安直すぎるか。

 でも、響きは悪くない。表記は何となくひらがなで。



「今できた」


「投げ遣りはダメだからね」


「これ」



 タブレットに打った文字を見せる。『猫代しおり』

 横のスペースには、ふりがな代わりに『ねこしろしおり』とも打った。



「うん。かわいい名前」



 よかった。特に反対はされなかったから、このまま確定してしまおう。



「それじゃあ、しおちゃん改め猫代しおりちゃん。今日は練習お疲れさまでした」



 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる母に釣られて、俺も頭を下げた。

 猫代しおりのお披露目配信まで、恐らくあと数日。

 緊張で胸がざわつき、自身のことなのにまるで他者に未来を仮託するような。

 そんな錯覚に陥っていた。

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