追憶48 宿命の決着、双方の初手(三人力の統制者、KANON)

 最終目標・黄昏の君主は、まさしく世界の中心にして“泉下霊山せんかれいざん”の頂上から更に高高度上空に亜空間を構えて挑戦者を待ち受けて居ると言う。

 山とは言っても、今更足で登る気は無い。

 “ラストバトル”への転移ポータルのある山頂まで、バハムートで翔ぶつもりだ。

 直ぐにでも向かいたかったが、INAイナとの約束が先にある。

 決着を付ければ、彼女もこのゲームでは私達から手を引くと言っていた。

 いよいよと言うのに……と言いたいのは山々だが、MALIAマリア自身がINAイナとの関係性を尊重したいのであれば、私に口出しは出来ない。

 それに。

 戦いの外でINAイナと接して見ると、私も何となく共感を覚え始めていた。

 固定の敵対プレイヤーが、人間関係に於いても敵とは限らない。VRMMO時代ならではのえにしに。

 HARUTOハルトも、概ね私と同じ気持ちだと思われる。

 お望み通り、私も“全て”を出し尽くして、あの女を殺すつもりだ。

 

 鉛色の枯れ草が点在する、無味乾燥な平地。

 資源の枯渇した見た目とは裏腹、エーテル溜まりとしては潤沢な土地でもあった。

 民家を休憩ポイントにする要領で次元の位相をずらし、許可した者だけが入れるようにする。

 知人と水入らずで対人戦を行いたいプレイヤーに向けて、敢えて用意された土地なのだろう。

 

 私達とINAイナのパーティ、双方が対戦領域に足を踏み入れた。

 これは実戦だ。試合前の一礼など、あろう筈も無い。

 両陣営の各自、役割に沿った立ち位置へつき、初手の行動に出ていた。

 INAイナが、蛇腹剣と鎖鞭を手に突貫。腰には短い九尾鞭を提げている。

 黄金の重甲冑RYOリョウが彼女に続く。言うのは簡単だが、フルアーマーで彼女の全力疾走についていけるだけ凄まじい機動力だ。

 魔術師のKENケンが詠唱し、こちらは白銀の重甲冑TOMOトモが護衛。

 最後尾に、新入りのEIJIエイジ。前回と同じく主武装は歩兵用連接棍フットマンズフレイルだが、副武装に鞭らしきものを二振り備えている。

 いずれにせよ後列に置くべき人員では無いと思うが、戦力外にされたか、或いは何か裏があるのか。

 此方こちらの陣営は、私と護衛の人狼騎士を残して、全員が前に出ている。

 私は開幕一番、早速変異エーテルを開放した。

 身体から、鮮やかなあか流動光エフェクトが立ち上る。

 最初にも言ったように、“全て”を容赦無く出し切るつもりだ。

【一撃でも受ければ即、死とする】

 あの統制樹どもが使っていた雛型の命令文、そのままの流用だ。

 INAイナにこの能力の事は一切話していないが、即座に文面を理解したのか、奴等は足を止めて警戒を見せた。

 変異エーテルを伴って宣言された言葉が、単なる虚仮威こけおどしでは無いと、分別がついているのだろう。

 だからこそ、奴等の進撃の手を遅らせられた、とも言える。

 MALIAマリアが伏せ、大地に手をつく。

 狙いは無論、敵の主砲であるKENケン

 奴の背後で地面が砕けた。

 石の散弾銃ストーンショットと称した無数の飛礫つぶてが弾ける。

 同瞬、にわかに変異エーテルを放出したINAイナと、先の詠唱を中断したKENケンが、ほぼ同時に同じ文言を発声。

【次元隔離】

 間違い無くKENケンTOMOトモを即殺する筈だったストーンショットが、虚しく周囲の地面のみを穿った。

 念の為、HARUTOハルトKENケン目掛けてボウガンを射っていたが、これも同様に素通りした。

 KENケンTOMOトモの身体は半透明になっていた。表皮が透過されて内臓が見えるのでは無く、奴等の存在位相そのものがずれた事を示すように、背後の景色が透けている。

 分かりやすい演出効果エフェクトだ。

 ストーンショットの石弾と奴等の接する因果が否定――早い話が接触判定をキャンセル――された結果、空を切ったのだろう。

 ……目視情報から仮定すると、二名以上の人員で成る“合体スキル”の様なものか。

 さもなくば、KENケンが魔法の詠唱を中止してまで、共にスキル名を発声する理由が無い。

 エーテル光の挙動から察するに、スキルの主体マスターINAイナ側。KENケン補助人員スレーブに過ぎない筈だ。

 以上から推測される事は二つ。

 一つ。

 INAイナの合体スキルは他にもある筈。【次元隔離】の効果と、KENケンの手も塞がる代償を考えれば、変異エーテルの能力がたったのこれだけと言うのはお粗末過ぎる。

 一つ。

 そうなれば当然、KENケンにはKENケンの変異エーテルが別個にあると言う事。

 奴がどんな変異エーテルを選定したのかは未知数だが、魔術師としての能力を伸ばすものなのか、逆に穴を埋めるものなのか。

 KENケンTOMOトモの身体が半透明で無くなり、実体を戻した。

【ギア・ヘイスト】

 今度はINAイナと黄金壁RYOリョウが同時に唱えた。早速、仮説の一つが立証された。

 魔法の副次光を見るに、INAイナに何らかの補助バフ魔法が掛かったようだ。

 こちらも攻撃魔法の念仏を唱えていたJOUジョウへ、双鞭を躍らせた彼女が踏み込む。

 JOUジョウは詠唱を打ち切り、手元にあの秘文字の軟鞭ウィップを顕現させ、対応。

 KENケンが、改めて攻撃魔法を詠唱する。

 今のルールは潮時と判断。このままでは、こちらから死者が出かねない。

【魔法を禁ず】

 私はまた、統制樹のテンプレートに倣った命令を場に敷いた。

 JOUジョウが、軽快なステップでタイミングを計り、あのINAイナの神憑り的な双鞭を躱す。

 私は一方で、INAイナの動きにも違和感を感じていた。

 それが何なのかまでは言葉にし難いが……不吉な意味での違和感には違いない。

 それでも、JOUジョウは、ついて行けているらしい。

 私にはまるで見えない“隙”を突いて、無形の鞭がINAイナの鞭の間に捩じ込まれる。

 INAイナは唐突に両手の鞭を手放しつつ、小さくスウェー。腰の九尾鞭に持ち替え、鋭い踏み込みからJOUジョウを袈裟懸けに引き裂いた。

 対するJOUジョウは、微塵も怯む事無く掌底を、彼女の腹に叩き込んだ。

 ゲーム的に形容するなら、スーパーアーマーとでも言うべきか。

 胴体の大半をズタズタにされる一撃を受けても、欠片の遅滞も無く反撃される。

 何のゲームシステム的な裏打ちの無い、あの男自身の根性だとか精神鍛練によるリアルスキルなのが、尚更の事性質たちが悪い。

 敵に回せば相当の脅威だろう。

 INAイナも、ある程度冷静に体勢を立て直しながらも、その顔付きに困惑と狼狽が隠せないようだ。

 また、見た目以上にJOUジョウから受けた反撃が効いたのか、彼女の足取りがやや揺らいだ。

「そこまで強く打った覚えはないのですが、手応えがありすぎる」

 僧侶が、嫌味なまでに穏やかに言った。

「鞭の速さの揺らぎが前回よりも遥かに大きいことも併せると――なるほど、先ほどのギア・ヘイストなる術は、徐々に時間を加速させるもののようですね。

 こう仮定すると、不可解な点が一応氷解する」

 そうか。

 私が彼女の動きに感じていた違和感の正体も、或いは。

 当然、INAイナ本人は何も答えないが、

「よくわかりましたね」

 MALIAマリアが、JOUジョウの援護に入りながら呑気に言った。

 彼女はギア・ヘイストの事を知っていたらしい。

 大方、別のゲームでINAイナに同じスキルを使われた事があるのか。

「教えてくれないとは、存外人が悪い」

「教える前に見破られたんですもの」

 此方の二人が緊張感の無いやり取りをする間に、黄金壁RYOリョウの拳が割り入る。

 MALIAマリアが大鎌で受け流しつつ、後退。分厚い手甲による致命的な殴打が、絶え間無く彼女を襲う。

 守りに定評のあるRYOリョウだが、だからと言ってその打撃が弱い理由にはならない。

 武器の取り回しで不利なMALIAマリアは、天使の翼を羽ばたかせて、見る見る後退を余儀無くされる。

「余裕ぶってられるのも、今のうちだ!」

 INAイナが再度、蛇腹剣と鎖鞭を拾い上げてJOUジョウに襲い掛かる。

 前回の雪辱戦とでも言うのか。

 RYOリョウは、それを叶えてやる為にMALIAマリアの相手を受け持ったのかも知れない。

 だが。

 此方はHARUTOハルトAOアオが、KENケンに襲い掛かる所だ。

 さて、INAイナよ。

 君はこのまま、私怨に任せて後衛を見殺しにするか?

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