追憶42 統制樹どもの小賢しさを余す所無く紹介する事になりそうだ(KANON)

 魔法の禁止。

 一見するとなかなかに不明瞭だが……HARUTOハルト仮想格納庫インベントリを展開して、長槍パイクと大楯スクトゥムを取り出したのを確認。

 MALIAマリアの翼も消える事無く羽ばたきを続けている。

 よって、変異エーテルは禁止の対象外であると推測。

 統制樹どもの、このルール定義能力も変異エーテルであるから、そこまで封じてしまうと成り立たないのだろう。

 なお、一度に強制出来るルールは一つ迄のようだ。

 MALIAマリアが、敢えてJOUジョウや統制樹の頭上を通過して検証して見せてくれた。

 翼から【アクカコソェルの光雨】を放出、無手のJOUジョウに斬り掛かる統制樹の一体を牽制した。

 場から魔法が撤廃されて最も割を食ったのは、無論、JOUジョウだ。

 武器も魔法で生成していたのが災いし、次のルールに上書きされるまで丸腰同然だろう。

 MALIAマリアは着陸し、彼を背に庇うように大鎌を構えた。

 

 HARUTOハルト側に目を向ける。

 大楯に密着し、真っ直ぐに保持したパイクの穂先を統制樹に向けている。

 奴が摺り足で間合いを詰めれば、彼はその分下がって、常に槍の間合いを維持しようとしている。

 だが。

 統制樹が、両手に持った剣を顔の高さに上げ、HARUTOハルトへ切っ先を向ける――所謂“雄牛の構え”を取り、駆け出した。

 典型的な、リヒテナウアー流ドイツ剣術だ。このクレプスクルム・モナルカの様に、剣の存在するタイトルではポピュラーな格闘メソッドの一つである。

 特に、幾世紀も生き続けた流派ほど、AIに搭載されて厄介なものは無い。

 HARUTOハルトは跳び退き、間合いを保とうとする。

 リーチの有利と言う基本を守れば、槍は剣に対してそうそう負けはしない筈なのだが……ボスエネミーの人外たる身体能力が、力ずくで得物の格差を踏み倒す。

 統制樹は最小限の手首のスナップで、パイクの柄を打ち払いながら彼へと迫る。

 HARUTOハルトは……まだかなり猶予があるが、パイクを消し去った。賢明な判断だ。

 統制樹は、一見してつんのめるような仕草を見せ、剣を下段に下ろした。

 奴がその白々しい“愚者の構え”を取った時には、HARUTOハルトは大きく踏み込み、実体化させた地獄送りの錫杖を、真っ直ぐに振り下ろしていた。

 敵もさるもの、超反応AIだ。叩き潰される寸前でHARUTOハルトのメイスから逃れた。

 それでいて、足運びに無駄はなく、流れるような所作で雄牛の構えへと変じ、今度は特大鈍器を振り抜いたHARUTOハルトへ突き掛かり――莫大な旋風で大気を撹拌しつつ、バハムートの黒い威容が統制樹を襲った。

 奴はHARUTOハルトへの追撃を諦め、その爪を剣で受け流す。

 そして。

【一撃でも受ければ即、死とする】

 AOアオを蹴り飛ばした所だった、あちらの統制樹が新たなルールを提唱した。

 HARUTOハルトと相対していた個体が、上体を翻して堅牢な鱗に一打を与えた。

 表皮を僅かに削ったに過ぎない筈だが。

 バハムートが宙で棹立ちのようになり、天を仰いで断末魔を迸らせた。

 竜の体内で何が起きているのかは定かでは無い。もがき苦しみながら空中で制動を失い、その莫大な身体は遥か下方の奈落へと消えて行った。

 どんな一撃でも、受ければ即死となる。

 これがお互い様であるなら、此方にとっても、ボスを即殺するチャンスの筈だが。

 ……MALIAマリアAOアオも、間合いを離されていた所だった。

 小賢しい事に、自分達が打たれない状況を作った上で、先のルールを発したのだろう。

 だが、HARUTOハルトは違う。

 今度はボウガンを実体化させ、遅滞無く構えた。

 バハムートを殺した直後の個体が体勢を整えるよりも速く、射出。

 命中。幾重もの木を束ねた強靭な疑似生体が、不自然極まりない勢いで四散した。

 繊維質な“肉塊”や、濁った樹液が私の所にまで飛んで来た。

 ボスエネミーを一矢で仕留めた余韻も無く、彼は非人間的な手捌き足捌きで次の矢を装填、AOアオと対峙していた統制樹に狙いを定め、

【魔法“のみ”を許可する】

 奴がそれを宣言する方が早かった。統制樹に着弾した瞬間、矢の方が必要以上なまでの勢いで粉微塵に四散した。

 HARUTOハルトは、しかし、何の感情も無いかのように、発破魔法石をやじりとした矢を装填し、MALIAマリアと睨み合って居た個体を狙撃、致命傷には程遠いものの、純粋な反動で、奴を弾き飛ばした。

 

 魔法のみを許可。

 先程とは打って変わり、今度はMALIAマリアの打つ手が無くなった。

 ジャルバーンの枝木と、餌になった竜の死骸しか無い以上、地属性物質の確保もまず不可能だと思われた。

 すぐさま秘文字の軟鞭ウィップを生成したJOUジョウが、入れ替わるように彼女を背に庇う。

 そう。MALIAマリアが、三者散り散りになった中でJOUジョウの援護を選んだのは、この事も織り込み済みだったのだろう。

 彼女はお人好しだが、単なるお人好しでも無い。

 

 魔法のみを許可、言い換えれば魔法以外を封じられた状況。

 AOアオにとっても深刻な事態だ。

 統制樹が至近距離から何らかの魔法を彼に放とうとした――瞬間、彼は拳から魔法障壁“無形のバックラー”を、奴の眼前に放出。

 樹木人形風情に眼球も視神経も無い筈だが怯みはしたようだ。

 早くも“バックラー”の何たるかを体得してくれた様だ。

 その一瞬の隙に、AOアオは大きく跳びすさり、魔法の雷光を複数展開。

 追い縋る統制樹を断続的に打ちのめし、弾ける紫電が木質の肉に、きな臭い火を点ける。

 それ自体はすぐに鎮火し、然程さほどのダメージでは無いようだが。

 成る程、参考になった。

 激昂、と言う情動があるのかは判らないが、統制樹が剣を振るうと、光の円弧アークが迸り、AOアオを襲った。

 彼は這う這うの体で伏せ、これを回避。後コンマ秒、気付くのが遅れれば首が飛んでいたな。

 AOアオよ、もうしばし持ち堪えろ。

 

 HARUTOハルトは、殺戮機械ターミネーターの如く冷然と矢を装填し、AOアオへ光波剣を放つ統制樹に照準を定めていた。

 ボウガンであの距離を狙撃出来る超人性については、最早言及すまい。

 兎に角、自分の受け持っていた統制樹を始末した今、彼は悠々自適に仲間の掩護射撃に専念出来るように――、

 

 彼の背後で、ジャルバーンの枝木が独りでに蠢き、人形ひとがたに収束し、新たな統制樹の姿をあらわとした。

 

 瞬時に気配を察したHARUTOハルトが振り向き様、AOアオの援護に使う筈だった矢を放つ。

 魔法石を鏃としたそれは“新たな統制樹”に着弾、紅蓮の炎煙混じりの衝撃刃を放射するが、樹皮を幾らか引き裂いたのみ。

 ……統制樹の“三人”と名乗っておきながら、何食わぬ顔で“四人目”が出て来たのはどういう了見なのか。

 四人揃って統制樹の三人。

 或いは、統制樹の(大体)三人、とでも言うのか。

 はたまた、最大三体同時に出て来るから嘘では無い、と言う屁理屈か。

 だとすればふざけた話だが。

 今更、それで心折れる私達では無い。

 どの様な詭弁を弄しても、“心臓部”を何度も潰されて、生きていられる生物は居ない筈。

 現れた全てを潰す迄だ。

【武器の使用を禁ず】

 いよいよ、ルールが恣意的になって来たな。

 ボウガンが独りでに手元から吹き飛び、丸腰となった彼へ、同じく剣をかなぐり捨てた統制樹が飛び掛かろうとする。

 私は。

 詠唱を終えた所だった。

 

 ――我、大いなる孤独の大兵だいひょうに命ず。

 ――神威を授かりし喬木きょうぼくは命脈を焼き払い、

 ――その至光しこう、あまねくむくろに伝導せん。

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