第99話 聖獣
「条件は分かりました。その返事をお伝えする前に一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
『よかろう』
ルースの凪いだ視線を見て、聖獣はその質問を許諾する。
「貴方はなぜ、ソフィアを…この娘を譲れと仰るのですか?食べる為ですか?それとも従僕として傍に置く為ですか?」
『理由をいえと言うのかえ?』
「はい」
ルースと聖獣は視線を合わせたまま動きを止め、それらを見守る2人も動く事さえためらい息をひそめた。
『別に秘匿する理由もないゆえ、構わぬか。我が聖獣であると認識しておる事でもあるしのぉ?』
白い獣は大きな歯をむき出しにして、笑みを作ったような顔になった。
『我は知っての通り聖獣と呼ばれるもの。その聖獣とは何のために存在しておるのか、おぬしは知っておるかえ?』
「いいえ、存じ上げません。お恥ずかしながら聖獣という存在すら、つい最近まではお伽噺…実際には存在しないものとして認識しておりましたので」
ルースの返事に瞬きで返した白い獣は、見せていた歯をしまい凛とした表情になった。
『さもありなん。我ら聖獣は、滅多に人前には現れぬもの。今日はたまたまそこにおる精霊が騒いでおったゆえに、様子を見に来ただけの事。しかも騒いでおった原因が、聖女の存在であったでのぅ。我は様子見という事を忘れ、おぬしらの前に出てきた…という事じゃ』
聖獣は、この近くにいるものが騒いでいた為というが、それはソフィーにだけ見えているものの事であろうとルースは思い至る。しかもそれが“精霊“と呼ばれるもので、それも実在しないものとして人々に認識されているのだ。ソフィーもフェルも聖獣の言葉に、信じられない物を見ているかのように目を見開き驚いている。
『理由を問うたのはその為か…我の存在意義を知らぬのならば、我の言った意味も正確には伝わっておらぬであろうのぅ』
そう言って、ルースへ向ける目を細めた。
『我ら聖獣とは、
これで説明は終わったとばかりに言葉を止めた聖獣は、その眼差しを柔和なものに変えソフィーを見る。それは例えるなら孫を見守る祖父のような、そんな包み込むような愛しさを湛えた眼差しと言えた。
「理由は分かりました。事情をお話下さり、ありがとうございます」
その説明を受け入れたルースを、「だからって」とフェルが次の言葉を止めようとする。そのフェルにギロリと視線を向けた聖獣に対し、ルースは微笑んでフェルに話す。
「ソフィーもフェルも、私の大切な友達ですよ」
ルースの言いたい事が分かったのか、フェルは上げかけていた手を下ろして一つ頷いた。
「それでは、ご本人にその意思をゆだねたいと思います。いくら私達が許可を出したところで、ソフィーにその意思がなければ、貴方とは共にできないと思いますので」
『ふむ、よかろう。我の役割は伝えたゆえ、それを踏まえて聖女に言葉を選んでもらおうかのぅ』
聖獣の言葉は聞きようによっては脅しとも取れそうだが、今のソフィーの顔を見る限り、それに怯んだ様子はない。そしてルースとフェル、聖獣と、フェルの肩に留まるシュバルツまでもがソフィーに視線を向け、彼女の言葉を待つ。
視線の集まった事に一瞬だけ力が入った体に息を吸い込んだソフィーは、その白い獣の視線に向けてしっかりと自分の意思を伝える。
「私はまだ…聖女だって言われてもピンとこないわ?そもそも、聖女もお伽噺の中に出てくるもの位に思ってたんだもの…。それを除けば、私を護ってくれるという貴方の言葉は、とても有難いし同時に嬉しくも感じたわ。貴方は何て言うか…怖くない…親近感がある…家族みたい?…なんて言ったら良いかわからないけど、とても安心する存在には感じているの」
ソフィーがその言葉を白い獣に向けて話せば、聖獣は喜色を浮かべて尻尾を振った。
「ソフィー……」
フェルはその言葉に不安を感じ、眉尻を下げて名前を呼んだ。
「でもね、私はフェルとルースに付いて行くと決めているのよ。2人は私の大切な仲間であり友達なの。だからここで、貴方の傍にいる事はできないわ」
続けたソフィーの言葉は、これから先の事を伝えていた。聖獣と一緒にいたいけれど、この2人とは離れたくないという意味だと分かる。
『………』
聖獣は振っていた尾をだらりと下げ、悲痛な表情を浮かべてソフィーを見た。
そこへ粉雪を巻き上げた風が吹き抜け、それが太陽に反射してキラキラと舞った。
「それでは…」
とルースが言いかけたところで、聖獣はルースを警戒するように炯眼を向けた。それに微笑んでルースは言葉を続ける。
「それでは、この方にも私達の旅に同行してもらう…というのはどうですか?ですが、貴方がこの森から出られないのであれば、話は変わってきますが…」
始めは皆に向けて、後半は聖獣に向けてルースは話す。
『ふむ、この森を住処にしているのは気まぐれゆえ移動は自由じゃ。しからば、我がこの娘に同行しおぬしらと共に行動すれば、我の条件にも当てはまる、という事かえ…』
自分の言った言葉を思案するように口を閉じた聖獣をよそに、ソフィーとフェルがルースを見る。
「一緒にいても良いの?」
「ルース、こいつデカすぎるよ…」
2人は思い思いに語り掛けるも、どちらも異論はないようである。
ルースはそんな2人に笑みを向け、ソフィーに語り掛けた。
「この方と一緒に行動するのであれば、ソフィーは
『ソレハ良イナ』
フェルの肩に留まっていたシュバルツが、そうすれば自分も傍にいる事が出来ると、ちゃっかり便乗して賛同する。
『それは“魔物“とみるが、なぜこの場におるのかえ?』
今更シュバルツの存在をつついた聖獣は、それと同じ扱いなのかと渋面を作った。
「この“フギン“は、私達の友達で“シュバルツ“と申します」
『ほう、ネームドかえ?』
シュバルツを紹介すれば、魔物が名前を持っている意味がわかったらしく、頷いた。
『まぁ良かろう。では我にも、良い響きの名を頼もうかのぅ』
その話に、3人は一斉に聖獣へと視線を向けた。
「え?名前がないの?」
ソフィーが食いついたのはそこだった。
『我に名はないゆえ、いつもは“白きもの“と呼ばれておった』
ルース達よりも寿命が長そうな白い獣は、ずっと“白きもの“と呼ばれて来ていたようだ。
「じゃあ、“ホワイティ“とか良いんじゃないか?白いって感じで」
と、フェルはさっそく名前を考え出したようだが、それを聴いた白い獣は、両目を細めてフェルを見た。
これは笑っていない顔だとルースは思う。
『オマエノ思考ハ,拙イナ』
シュバルツの“呆れた“と言わんばかりの突込みに、フェルはプクリと頬を膨らませた。
「なんだよぉ、フギフギー」
やはりシュバルツの声が聴こえるようになったフェルは、早速言い合いを始めた様だ。
そんなフェルとシュバルツを放置して、ルースはソフィーの顔を覗く。
「ソフィーが考えてあげて下さい。ソフィーが気に入った名前なら、その方も喜んでくださるでしょう」
ルースの言葉に聖獣は、その通りだと目を細めた。
今度は同意の顔であるらしい。何とも表情豊かな獣だと、ルースは笑みを浮かべる。
「え?急に言われても………ルースは、何か思いつく?」
「私ですか?そうですね…雪のように美しい姿なので、“ネージュ“という言葉が浮かびました」
「ネージュ?」
「ええ、“雪“という意味があります」
「ネージュ…綺麗な響きね」
ルースの出した案には、思いのほかソフィーが食いついた様だった。
「“ネージュ“でも良いかしら?」
その名前を聖獣へと確認するソフィーに、白い獣は快諾の意思を示して尻尾を振った。
『良い響きじゃ。その名をその口から呼んでくれるのであれば、我に文句があるはずもなかろう』
「ふふっ。では“ネージュ“、これからよろしくね?」
『ふむ。よろしくされておこうかのぅ』
こうしてフェルの魔力解放の条件として出された問題も、聖獣が皆と行動を共にする話で事なきを得、1匹と1羽はソフィーの従魔として、公然と一緒に旅をする事になったのであった。
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