第100話 大き過ぎる

「でも、これはやっぱりデカいよなぁ…村に連れてったら、皆ビックリするんじゃないのか?」

 フェルは、体長3m程ある白い巨体を見て首を傾けている。

「ブラッディベアと、同じ位の大きさよね…」

 ソフィーも赤い魔物を思い出した様で、聖獣を見ながら苦笑する。


『あの個体の事か。最近森の中をうろついていた様だったが、それを感じられぬところをみると、食べ物がなくて移動していったらしいのぅ』

「ご存じだったのですか?」

 ルースがネージュから出た言葉に、興味を示す。


『うむ。我の領域に入ったものは気配でわかる。結界を張ってあるゆえ、反応があるからのぅ』

 サラリと言うネージュに、聖獣とはどれほどのものかと底知れぬ能力に脱帽する。


『その個体がどうかしたのかえ?』

「この山の麓の村を襲ってきたのよ。大変な騒ぎだったの」

『ほう。して?』

「それを、ルースとフェルが討伐してくれたのよ。村の人は、これでやっと安心できるって喜んでいたわ」

『あれを2人で倒したか…おぬし達も多少は、腕の立つものであるらしいのぅ』


 のんびりと会話をしつつ今は山を登り、ネージュの住処まで案内されている途中だ。3人と共に行動する事を決めた聖獣が、一度住処に戻るというので、それに同行する形になったのだった。

 そして足場が悪いという理由から、今はネージュの背にソフィーを乗せて進んでいる。


「先程“結界“とおっしゃいましたが、ネージュがいなくなった場合、それはどうなるのですか?」

 ルースが先程出た話で気になっていた部分を尋ねるも、ネージュは何でもない事のようにそれに答える。

『結界はこの“場“に固定されているものゆえ、我がおらずともこの山に在り続ける。流石に100年に一度は我が張り直す事にはなるが、あと80年は問題なかろう』

「そもそも、その“結界“って何だ?障壁シールドみたいなものなのか?」

 フェルは話を耳に入れてはいるが、そもそもが分からない為に理解が及ばないらしい。


『結界とは、聖の気を張り巡らせて作る障壁シールドの様なものじゃ。障壁展開ソリッドシールドのように物理的というよりは相手を選んで弾くもの、であるかのぅ』

「相手?」

『さよう。その相手とは魔の者で、それは質量の大きな殺意を抱くものの事。赤い魔物程度では入って来ることができるが、それ以上の悪を持つものを拒んでおる、とでも言おうか』

「……へぇ……?」

 フェルは何とか返事を絞り出したが、この様子では結局理解できなかったのだろうとルースはフェルを見る。

 かくいうルースも、今の話では何一つ想像ができていないのではあるが。


「質量の大きな殺意?」

 ソフィーもその部分が気になった様で、ネージュに尋ねている。


『うむ。ソフィアは、相手の魔力を視る事ができるかえ?』

「いいえ、目では視えないわ。私は感じる…というのかしら、その人の周りに何かがある感じがするわね」

『それに近い感覚で、魔力を殺意に置き換えたもの。本来はそれも魔力ではあるのじゃが、その根本は殺意であるがゆえに、魔力ではなく殺意として認識できているという事よのぅ』

「それが魔の者…という事なのですね?」

『さよう。魔の者が近付けば、その溢れ出る殺意によって気付く事となろう』

「話を聞いた限り、出来ればお近付きにはなりたくない者の様だな。というか、魔の者も本当にいるのか…」

 フェルは渋面を作ってそう感想を漏らす。ルースもソフィーも、それに共感して頷いた。


『この結界の中は、その様な脅威から護られておるゆえ、それを知ってか大小の獣が多くこの山には住んでおる。まぁ、多少の危険はあるがのう』

「そのお陰で村の人達は、この森で獣を獲って生活する事が出来ているのね…」

『この森は、生命力豊な森じゃ。恵は多かろうて』


 傍で聴いているルースとフェルは、視線を山に向けて景色を見る。美しいと感じていた山には、結界が張ってある為にそう見えているのかとも思いつつ、その輝く山を見つめその景色を堪能していた。



「ねぇ、ネージュ…この“精霊“ってずっと付いてくるのね?」

 ソフィーが周辺を見渡し、まだ付いてきているらしい物を目で追いつつ困ったように眉を下げる。

『ソフィアが好ましいゆえ、付いてきておる』

「え?私のせいなの?」

『ほっほっほ。さよう。精霊は聖の者を好むゆえこの結界の中に住み、その中に入ってきたソフィアの“気“に、引き寄せられておるようじゃのぅ』

「じゃあ…私がこの子達に、何かをしてしまっているの?」

『そうではない。精霊は、従わせようとしても余程の事がない限りは無理じゃな。精霊の意思なくば、自由には出来ぬもの。これらは自らの意思で、ソフィアに集まってきておる』


 ネージュの言葉に、ルースは胸元を握る。

 ここには精霊が宿るというペンダントがあるが、それが事実ならどのようにしてこの中に入ったのだろうと、ルースは答えの出ない問いを心の中で反芻はんすうしていた。




『ここじゃ』

 ネージュの案内で到着した場所は、村から6時間ほど登った山の中腹に近い、切り立った崖の上だった。

 その遙か下には川が見えており、ここから見下ろす景色はずっと遠くまでを見渡せるものだった。


「村だ…小さいなぁ」

「本当。凄い眺めね」

 フェルは目が良いので、一番にトリフィー村を見つけて指をさした。その方向を見れば、麓に村らしきものがポツンと見えた。


 ルースは雄大な景色を眺めながら、遠くへその視線を飛ばす。

 見渡す限り、町とは呼べそうなものは無く、随分と遠くまで来たのだなと言うのがルースの感想である。そして視線を転じれば、ここからでも魔の山が見えている事に気付いて、ルースはそれに引き寄せられるように、しばしその方角に視線を止めていたのだった。


 その後ろでは、ネージュが洞窟らしき所に入って行く。先ほどソフィーは背から下ろしてもらった為、ネージュだけが入って行った形だ。

「先に行っちゃったみたいね。そろそろ私達も行きましょうか」

 ネージュの後を追って、ルース達3人は姿の消えた洞窟へと入って行った。



「暗いんだけど…」

 その洞窟の中、入口の光が届かなくなってくれば、流石に足元が見えなくなってフェルが言った。その声にルースは手の平に炎を浮かべ、その視界を確保した。

「私もできるわ。他の魔法も、基本は使えるの」

 そう言ったソフィーも炎の詠唱をし始めて、手の上に炎を出した。

「ソフィーも凄いよな」

「フェルも試してみますか?」


 フェルは火属性ではない為炎は出せないのだが、出来る事出来ない事を知るためにも、一度試してみるのも悪くないとルースは声を掛けた。

「そうだな。じゃあソフィー、詠唱を教えてくれ」

「わかったわ、では復唱してね?…ともしびは穏やかな心となれり。“フェゴ“」

「灯は穏やかな心となれり。“フェゴ“」


 フェルは一応復唱してみるものの、当然何も出る訳はない。しかもまだ魔力が使えるようになったばかりで、喩えこれがフェルの使える属性魔法であったとしても、魔力の制御方法も練習していないのだから当たり前である。しかし分かってはいても、やってみたいとウズウズしているフェルを見て、無碍むげにすることができなかったのだった。


「無理か…残念」

「その前に、フェルは魔力の制御を練習しないと駄目ですよ?いきなり発動させて、暴走されてもこまりますからね?」

「あーそうか…せっかく魔法が使えるようになったと思ったのに、先は長そうだなぁ…」

 フェルが苦笑する姿に、ルースとソフィーが笑う。

 ルースとソフィーは、今まで人一倍魔法の練習を熟してきていたため、その大変さは良く知っているものなのである。


『こちらじゃ』


 その時奥からネージュが声を掛けてきた。その声に従って進んで行けば、随分と奥行きのある洞窟の最奥に、枯れ草を積み上げた寝床らしきものがあった。

「綺麗にしているのね」

 その周りを見回したソフィーが、綺麗な住処だと感想を伝えた。

 それにはネージュも尻尾を振って、嬉しそうに耳を下げた。


「あの2人…というかソフィーとネージュが、いちいち面白いな…」

 ルースの耳元でフェルがこっそり話す。

 確かに、ソフィーの言葉によって尻尾を嬉しそうに振るネージュが、何だか可愛らしいものに見えて、フェルに笑みを向けて肯定を返したルースだった。


 その間、ソフィーが寝床に近付いて珍しそうに見回しており、まるで探検をしている様にさえ見える。

 それを嬉しそうに眺めているネージュは、聖獣と言うよりも飼い主から指示を待っている犬の様である、とは流石に口にはできない感想だ。

 ルースとフェルが顔を見合わせ笑いあうと、ソフィーのいる場所へと近付いて行った。


『これを持っていくと良い』

 そう言ったネージュが寝床の草をどければ、その下から色とりどりの魔石が出てきたではないか。


「え…これって魔石なの?」

『さよう。この山で拾い集めてきた物を貯めておいた。いつか現れる聖女の、助けになろうかと思うてのぅ』

「……では、ソフィーに譲渡されるとの事ですから、これはいただいておきましょう。取り敢えずはこちらでお預かりしますので、ご入用の時は声を掛けてくださいね。手持ちが不安になった時にでも換金しましょう」


 ルースはそう言うと、ネージュが出した魔石を拾っていく。フェルも拾い上げ目を見開いて珍しそうに見ている。

 1つが10cm以上もある赤・青・緑・黄・金と灯りを受けて煌めく魔石は、集めてみれば13個もあった。


『これでソフィアは、金には困らぬであろう?』


 そう満足気に言うネージュに3人は顔を見合わせ、全てが規格外の聖獣だと、乾いた笑みを浮かべたのだった。

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