第98話 射抜く双眼

 緊張した空気が立ち込める中、聖獣と相対したルース達3人は互いを見つめ合い、次の動きを監視するかのように立ち尽くしていた。


『して、その目的とは何かえ?』

 白い獣は、まるで面白がるように目を細めて、同じ言葉を繰り返した。


「その目的とは、助力を願う事…」

『助力とな?』

「はい。私の隣にいる彼、フェルゼンに対する助力をお願いしたく存じます」

 ルースがフェルを紹介するように話せば、白い獣の視線はフェルに向けられる。ただし、眼球を少し動かした程度であるのだが。


『ふむ。見たところはただの人間。特に突出とっしゅつする処なぞないものに視えるが…ほう、魔力内包者まりょくないほうしゃかえ』

「魔力内包者…」

 聖獣の的を得た言葉に、その様な言い方をするのかと心に刻む。


『なるほどのぅ。では、その者の治療をすれば良いのかえ?』

「はい。出来ましたらフェル…フェルゼンの魔力を解放していただきたく、お願いいたします」

 ルースがゆっくりと頭を下げれば、となりのフェルも自分の事だと頭を下げた。そして2人に遅れ、正気を取り戻したソフィーも頭を下げた。

 この願いが、今の旅の目的の一つなのだ。


 頭を下げる3人に、聖獣は『ふむ』と思案するような声を出したが、それはその一瞬で、すぐに返事が返ってきた。

『良かろう。その目的とやらの助力をいたそう。ただし、条件があるのぅ』


 頭を下げていたルースは、続いた言葉に頭を上げて聖獣へと視線を向けた。そしてソフィーとフェルも続いて体勢を戻す。

「その条件…とは?」

『後で伝える』

「……承知…いたしました」


 はっきりと口にしない条件ほど怖いものは無いが、もしそれが難解なものであっても、フェルの魔力を解放してもらう事が大前提であり、そのため他の選択肢はないにも等しい。

 ソフィーは会話を聞いているため、ルースの耳元で「大丈夫?」と心配そうに声を掛けるも、それにはルースは微笑むだけにとどめた。


『では、始めよう』

 そして聖獣から聴こえた言葉によってソフィーは襟を正すと、ルースも聖獣に視線を戻した。

「はい。お願いします」


 ルースに頷いた仕草を返した白い獣は、フェルを前に出して目を瞑るようにと指示を出す。

 それをフェルに伝えるが、フェルは訳も分からずルースからの言葉に頷き、何か言いたげな視線を向けながらも、言われた通りに聖獣の前へと一人進み出た。


 それを確認した聖獣は、ゆっくりと巨体に輝く魔力を纏わせていく。それが視えている者だけが、広がっていく美しい魔力にただただ見蕩みとれていたのだった。


 その美しい魔力を身に纏った白い獣は、そのままフェルの前へと歩み寄る。それが近付いた気配を感じたのか、目を瞑って頭を下げているフェルがピクリと身じろぎした。


 そして次の瞬間、その白い獣は何を思ったのか口を大きく開け、フェルの頭をその口の中へと加え込んだのだ。パクリと口に入ったフェルの頭は、聖獣の大きな歯を境にしてルース達の視界から消えた。


(は?)

(ええ?!)


 それを見ていたルースとソフィーがその突飛な行動に驚くと当時に、フェルが何をされたのかを悟って「わぁぁーー!!」と暴れ出し、頭を引き抜こうとし始めた。


 しかしフェルがいくら身を捻ろうとも、その口は頭を包んだまま微動だにしない。

 それを見守っているはずのルースは、助力と今の行動とのつながりを模索するように戸惑いつつもその場に踏みとどまり、駆け出そうとしたソフィーを引き留め、2人はその様子を困惑した表情で見つめ続けていたのだった。


「何だ!どうなってる!放せ!!」


 暴れるフェルにも動じず、白い獣は澄ました顔に目を細め、面白がっている様にさえ見える。だがその時、暴れているフェルの内側から溢れ出るような金色の光が、フェル自身を包み込んだのだった。


 ――!!――

 それを目でとらえたルースと魔力を肌で感じたソフィーが、驚きの表情でその様子を見守る中、聖獣の静かな声が響き渡る。


『これ、静かにせぬか』

 聖獣から出た言葉によって、やっとフェルがその動きを止めた。

 フェルの動きが止まった事を確認した白い獣は、ゆっくりとまた口を大きく開けフェルの頭を解放する。

 そして自由を取り戻したフェルは、そこから頭を上げると一気に3歩ほど後ろへ跳んで聖獣から距離を取った。


「何だよ今のは…」

『ほっほっほ。どうやら上手くいったようじゃのぉ』

 聖獣の声をやっとそれと認識したらしいフェルが、目を瞬かせて聖獣を見つめつつ目を大きく開いて行く。

「あっ…声が聴こえてる……」

『ソレガ,念話ダ』

 バサバサと翼をはためかせて降りてきたシュバルツが、そう言ってフェルの肩に留まったのだった。


 しかしシュバルツが肩に留まった事さえ気付いていないらしいフェルが、自分の両手を見つめたまま「念話…」と復唱する。


『気分はどうじゃな?』

 再び聖獣の低い声にフェルは手元から視線を上げると、白い獣をみて表情を崩した。

「問題ない…」

 と小さな声を出したフェルはそのまま目尻を下げ、戸惑いと嬉しさを合わせた様な複雑な顔をした。


『では、其方達の目的は、完了したのかえ?』

 その視線はルースに向けられた為、ルースは大きく頷いて返した。

「ご助力いただき、ありがとうございました」

 そう言って深く頭を下げたルースに、ソフィーも続けて頭を下げる。それに気付いたフェルも、当然深く頭を下げた。


 その3人に満足した様に目を細めた聖獣は、意識を切り替えたように真顔に戻すと、再び言葉を続けた。

『それでは、我の条件を伝えようかのぅ』


 確かに先程交換条件を出されているが、内容はまだ聞いていなかったのだ。フェルは初めて聞く話に戸惑い、ルースを振り返った。

「フェル、先程フェルの事をお願いするにあたり、この方からも条件があると言われました。ただ、その内容はまだお聞きしていませんでしたので、今からそのお話があるのだと思います」

「条件…」


 フェルはルースの説明に、渋面を作った。自分のためにしてもらった事で、皆を巻き込む形になってしまったと気付いたのだ。

「じゃあ、その条件は俺に出してくれ!俺にしてくれたことの条件なんだろう?だったら俺一人にその条件を言ってくれ!」

 フェルは、ルースとソフィーに迷惑を掛けたくないと聖獣に訴えるも、聖獣は特に気に留めた様子もなくフェルを見返した。


『おぬしでは用を成さぬのぅ』

「何だってする!」

『その気持ちは理解したが、我の条件はおぬしでは決して満たされぬものゆえ、無理と言っておるのじゃ』

「そんな!!……」

 フェルは悔しそうに唇を噛んで口を閉じる。


「フェル、約束は約束です。後は私達にできる事をお返しするだけなのですよ?」

 ルースはフェルの気持ちが手に取るように解るものの、相手にこう言われてしまっては、それに従わなければ、せっかく助力をしてもらった事自体が無意味になってしまうのだ。


「私達は、貴方の魔力を解放するためにここまで来ました。やっとそれが果たされたのですから、喜んでその話を聞きましょう」

 ルースの話にソフィーも微笑みを湛えて頷いた。


『話は纏まったようじゃのぅ』


 そこへ聖獣の声が入ってきて、3人は聖獣へと向き直った。

 フェルはまだやるせないという顔をしているが、ルースもソフィーも覚悟は決まっているという表情になっていた。


『さて、我の条件を伝えようかのぅ。我の条件とは、その娘を我に譲ってほしい…というものじゃ』


「はぁあ?!」

「えっ?」

「…………」


 フェルとソフィー、ルースがそれぞれに口をぽかんと開けて、それを発したものを凝視した。

「あの、譲ってほしい…とは、どのような意味でしょうか?」

 我に返ったルースがそう問いを投げかけるも、聖獣は『言葉の通りの意味だ』という。


「ちょっと待ってくれ!ソフィーは物じゃないんだっ!いくら聖獣の頼みでも、大切な仲間を譲ったりもらったりできる訳がないだろうっ!!」

 フェルは怒りを含んだ声色で、聖獣に食って掛かる。

 しかし聖獣が目をすがめてフェルを見れば、ピクリと肩を震わせて口を閉じた。


『うぬは黙りや。これは我と交わした約束事。その上うぬの事で交わしたものゆえ、うぬに言う言葉はないはずじゃ』

 むぐぐと口を引き結んだフェルは、その通りだと拳を握り締めて悔しそうな顔になった。

 フェルからの言葉を止め、今度はそれを見守っているルース達へ、聖獣は視線を向けると再び言葉を送った。


『我の条件はその娘よ。して、その条件を飲まねば、我は次の行動に出るだけじゃが…のぅ?』


 聖獣は輝く大きな白い体から、その蒼い炯眼をルースへと向けたのであった。

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