第97話 目的
「危険はなさそうだが、移動した方がいいんじゃないか?集まってきてるんだろう?」
フェルの言葉にルースも同意する。
「そうですね。いつまでもここにいれば、ソフィーが見ているものがもっと多くなるとも限りません」
ルースとフェルが2人で頷きあえば、ソフィーがやっと2人を振り返る。
「危ないものではなさそうなの…。でもこれ以上来られたら、ちょっと…」
ソフィーの戸惑った声に、よほど集まってきているのだろうとルース達は苦笑した。
「もしかすると、それらの住処がこの近くで、私達が立ち入ってしまった…という事もありますので、いずれにしても移動はした方が良いでしょう」
「そうね。私達が移動しないと、この子達の邪魔になるかも知れないわよね」
3人は頷きあい、頭上を飛んでいるシュバルツの後を追って、移動を始めた。
その道は、先程降りてきた所を進むのではなく、今度は川沿いを登るようにして進んで行った。
ソフィーは歩きながらもチラチラと川を見て、困ったように眉尻を下げている。
そうして少し行ったところで森へ戻れそうな足場を見つけてそこを登り、再び木々の間を歩いて進んで行った。
「又
休憩が終わってから、
「いいえ、今は雪も降っていませんし私は大丈夫ですから、ソフィーは魔力を温存しておいてください」
「俺も大丈夫だ。それに何が出てくるか分からないから、いつでも動けるようにしておいた方が良いだろうし」
「そうね。私もこれ位の寒さなら、
少しずつ傾斜が厳しくなってきた足元を確認しながら、3人は黙々と道なき山を登って行く。そして随分と川から離れたところで、ルースは前を歩くソフィーに声を掛けた。
「先程の物は、もう見えませんか?」
その問いにソフィーは振り返ると、困ったように苦笑した。
「実は、まだいるのよ。さっきより数は少ないのだけど、私達に付いてくるように周りで飛んでるの…」
どうやらソフィーはずっと見えていたらしいのだが、それを口にすれば2人が不安になると思ったのか、言わずにいたらしい。
「何だろうな?ソフィーが見えている物って」
フェルは辺りを見回しながら、その見えな物の正体が知りたいと言っている様だ。
「私にもわからないわ…虫…でもないみたいだけど、小さな光がフワフワ飛んでるの。それって嫌な感じじゃなくて、何だか温かい感じがして不思議なんだけど…」
「それでは、悪いものではないのでしょう。ソフィーはそれに、触れるのですか?」
ルースは危険のないものと判断し、ソフィーに聞く。もし触れるのならば、実体はあるという事になる。
「ん、どうだろう。触れるかしら…」
ソフィーは、それが飛んでいると思われる方向へそっと手の平を差し出すと、驚いた表情へと変わったソフィーの口から言葉が漏れる。
「こっちに寄って来るわ…え?手に留まった?」
フワフワ漂っていた物に手を伸ばしてみれば、それは吸い寄せられるようにして手の上に乗ったという。
しかしルースもフェルもそれを目視する事は適わず、結局何かわからぬまま、実体を伴っているらしいとまでしか分からなかった。
「触った感じは?」
「温かい…?」
「硬いとか、柔らかいとか、重たい…とかは?」
フェルは興味深々で、ソフィーに感想を聞いている。
「重さはないわ。触っているという感覚もないみたいな、ただ温かい空気が手の上にあるという感じ…不思議だわ…」
ゆっくりと歩きながらではあるものの、3人に付いてくるその光を確かめながら、シュバルツの念話を辿って歩いて行けば、シュバルツの気配が急に遠く離れ、空高く舞い上がっていった事をルースは感じた。
『来ルゾ』
一言その念話だけを送ってきたシュバルツは、その上空で大きく旋回を始めた。
シュバルツが離れていくでもなくそこに留まっている事と、「来る」という言葉に、ルースは一気に集中し辺りの気配を探った。
「フェル、何か来たようです」
「シュバルツが離れたのは、そのせいか…」
剣に手を添えて、フェルも周辺の気配を探る。
3人は少し拓けた傾斜のない場所へ出て、そこで足を止める。そこでソフィーを挟むようにして、2人は警戒の構えを取った。
「あ…光が…」
ソフィーが見ている光が、辺りに広がるように離れていったらしい。ただそれは逃げるでもなく、まだ周辺に留まっているという。
「何だ?何が来るんだ?」
シュバルツとその漂う光の動きだけでも、何かが起ころうとしている事は一目瞭然だった。だが人である3人は、それらが意図するところが分からずに、ただ警戒するだけしか出来なかった。
ザワザワ…ガサガサ…ガサッガサガサッ
そこへ山頂側から、木々の枝を揺らす音が聞こえてきた。
「フェル」
「おう」
2人の耳にも届いたその音の方向を確認し、そちらを注視していれば、音を出していた物は突然、木々の間から姿を現した。
――― ガサガサッ ―――
それは立ち並ぶ木々の間ギリギリという、大きな体躯を持つ真っ白な狼に似た姿をした物で、蒼い
ルースとフェルは即座にソフィーを背に庇い、抜刀してそれに対峙する。
しかし、この魔物は殺意も何も出してはおらず、まるで様子を見に来ただけだというように、余裕さえ感じられる雰囲気を出していた。
ルースとフェルは魔物を見つめたまま動きを止め、剣を構えている。それに対し、魔物は襲ってくるでもなく、ただそこに立っていた。
互いに様子を見ている状況の中、ルースはシュバルツが先程言った言葉とこの森に来た目的を思い出し、魔物に殺意がない事も踏まえて剣を下ろした。
「ルースっ」
フェルがその動作を見て
「襲ってはこないと思いますよ、フェル」
「え?魔物じゃないのか?」
と、半信半疑ながらフェルも剣先を下に向けた。
『ほう、向かって来ぬのかえ?』
ルースとソフィーだけに聴こえる低い声が、言葉を紡いだ。
それを聴いたルースは、自分の感は間違っていなかったのだと、フェルに視線を向けた。
「フェル、剣を収めてください。この方は私達の目的とする方のようです」
「ええっ?!聖獣?!」 …せいじゅう?!」 …いじゅう…」 ……じゅぅ……」
フェルの驚いた声は森に木霊して消えていった。
『ほっほっほ、面白い人間じゃのぅ。我を見て驚かぬばかりか、我の事まで知っておるとはのぉ』
3人の様子を見守っていた白い獣は、再び念話を送ってきた。
その声に、ソフィーがおずおずと2人の背後から顔を覗かせれば、白い獣が少し動かした視線の先でソフィーの存在を確認し、目を細め大きな歯をむき出しにして笑顔ともとれる面相を作った。
『どうも昨日からそれらが騒いでおると思えば、そなたが
そう独り言のように話す聖獣は、少し怖い笑みを引っ込めて納得した様に頷いている。
しかし、何の変化も感じられないフェルにしてみれば、ただ突っ立って互いを見ている事しか分からず、内心では困惑していた。
『それで、目的…と言ったかえ?聖女の一行よ』
その言葉が聴こえたのはルースとソフィーのみであり、驚いた様に目を見開いたのはその内のソフィー1人だけだった。ルースは何となくソフィーが稀有な存在だと感じていた為、「やはり」と思ったのが正直なところであった。
衝撃的な言葉に固まったソフィー以外、話せるものはルースしかいない。その為ルースは、返事となる言葉を送り出す。
「はい。私達は貴方を探す為に、ここまで参りました」
会話の流れが見えずルースと獣をただ見つめていたフェルは、ルースの言葉を受けて体の向きを変え、相手の反応を確かめるように真っ直ぐな視線を白い獣へ向けた。
『ふむ。我を探し出して、何とするのかえ?その答え
「はい、承知しております」
この会話の流れではフェルに説明する事もままならない状況で、ルースは聖獣と視線を合わせたまま、その相手に意識を集中させたのだった。
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