第96話 景色の中に

 ひざ下まで降り積もっている雪に1歩ずつ足を踏み入れ、3人は森の奥へと進んで行く。シュバルツが先導してくれるので、森の中で迷子にならずに済む事は救いだと言えよう。


 更に積雪が深くなってくれば、フェルが先頭を歩いてソフィーとルースが歩けるように道を作る。

 フェルは盾も使いながら、一定の速度で道なき山を登って行った。


「フェル、少し休憩にしましょう」

 ルースが、先頭を進むフェルに声を掛けた。フェルの後に続くソフィーが、少し遅れてしまっているからだった。


「ごめんなさい。歩きなれなくて、ちょっと疲れちゃったみたい」

 森の中の雪は、村に着くまでの間に踏みしめた様なものでなく、降り積もっていた雪が重なり合い、気温にも影響されて、氷のように少し固くなった場所もあるし深さもある。

 いくら障壁シールドを出していようと、足場は自分達で切りひらいていく為、フェルが道を作ってくれるとは言え、足場は決して良いものではない。


「あぁごめん。ソフィーは魔法も使ってるから、余計に疲れるんだよな」

 振り返ったフェルは、ソフィーに対し配慮が足りなかったと謝る。そんな所はフェルの良いところだなと、ルースは薄く笑みを湛えた。


「シュバルツ、この辺りで腰を下ろせる所はありませんか?」

『確認スル』

 そう伝えたシュバルツはフェルの肩から舞い上がり、空へと消えていった。


 ここは雪が多すぎて、休憩する場所はない。

 ルースが炎で雪を解かそうかとも考えたが、ここは傾斜のある森であり、山という物は人が手を加えれば何が起こるのか予測不能な場所であると、以前読んだ本から学んでいた為、安易に手を加えてはいけないと思い留まっていたのだ。


 その事では、先程フェルからも同じ様な言葉を聞いたのだが、魔法で自然環境に手を加える事はできないのだと、そう伝えたのだった。

 それは森に入ってすぐに、フェルが雪を解かせば歩き易くなると独り言のように言っていた為、ルースはその事を説明していたという話である。


 3人が少し立ち止まってその場にいれば、程なくしてシュバルツが戻り、あと少し登った付近に洞穴らしきものがあると伝えてくれた。

「ではゆっくり、そこに向かいましょう。着いたら休憩ですね」

「おう」

「はい」

 そこからシュバルツを肩に乗せたフェルを先頭にして、シュバルツが見つけた穴まで進んで行った。



「ここだな?」

 先頭を歩いていたフェルが、短い傾斜を滑り降りた先で立ち止まると、シュバルツが見つけた洞穴を確認して言った。

 そこは登っていた山が、少し落ちくぼんだように見える川べりだった。

 川べりに出る為の下り坂は、積雪で緩やかに見えていた傾斜だったが、フェルがその雪を滑らせて下り立てば、1m程の険しい高低差がむき出しになった。

「そこ、滑るから気を付けろよ」

「…はい」

 足元を確認しながらも危ない足取りのソフィーに、下からフェルが手を差し伸べてゆっくりと支えるようにして川べりに下ろした。

 ルースは2人が離れたところで、ズルズルと足を滑らせるようにして川べりに下り立った。


 そこは澄んだ水が流れる浅い川が近くあり、その河原を挟み込むように両側に低い谷の様な傾斜から山が続いている。もう少し高低差があれば崖と呼ぶような、そんな川辺の一画にシュバルツが見つけてくれた穴があった。


「中を確認してくる」

 フェルがその穴の中に入って行き、中から「大丈夫だ」と声を出す。その声に促され、ぽっかりと空いた穴にルースとソフィーも足を踏み入れた。


 その穴は入口こそ細長く、人がギリギリ入れる大きさであったが、中は立ったままでも支障のない空間の洞穴で、高さは2m、横幅も3m位あって、奥行きは5m程という休憩場所にはうってつけだと言える場所であった。


「ここは…人工的に作られた洞穴の様ですね」

 ルースがその壁を触りながら確認をする。

「ああ。奥には焚火の跡が残ってるし、誰かが利用する為に加工したんだろう」

 フェルが足元を確認して、その痕跡を見つけていた。


「じゃあ、村の人が…狩人さんとかが使っているのかしら?」

「そうかも知れませんね。村から少し離れていますし、休憩をするのには水場もあるので丁度良い場所ですからね」

「頭いいな…休憩場所を確保しとくって、大事だもんな」

「ええ。急な天候の変化や、怪我を負った場合などに駆け込める所が有ると無いとでは、心構えが変わってきます。山は特に、何が起こるか分かりませんからね」


 3人は、この休憩場所を作ってくれたであろう村人に感謝する。そして勝手に使ってしまう事を心の中で謝っておいた。

「では、焚火をつくりましょう」

 今はソフィーが魔法を解除しているので、寒さを凌ぐためにも、ルースは巾着に常備している枯れ枝を出して火をつけた。


「やっぱり魔法って、便利だなぁ。種火も要らないし、いつでも乾いた枝が出てくるんだもんな」

 フェルが言っているのは、こういう時の火おこしについてだろう。

 巾着も魔導具師が魔法を駆使して作った物で、中の物は濡れたり痛んだりもしない為、ルースも素晴らしい技術だといつも感心している事だった。

 それに魔法が使えないフェルからすれば、いつでもどこでも火や水など、生活に必要な物を出せる魔法は、憧れの存在と言っても過言ではないのだろう。


 そんな言葉を紡いだフェルは、腰の剣を外して焚火の傍に腰を下ろすと、枝を追加して火の具合を調整し始めた。今は一時的な休憩という事で、焚火は小さい物にしている為、3人はその小さな火の傍に集まり、重い荷物を降ろしてホッと息を吐いた。個人の衣服や生活用品は、いつも別の袋で持ち歩いているのだ。


 シュバルツも、入口から地面の上を跳ねるようにして、火の傍へ移動してきた。

『飯ノ時間カ?』

 シュバルツは小腹が空いているのか、密かに食べ物の要求をしているらしい。

 丁度今、ルースが温かい飲み物を巾着から出していたからかもしれないが、森に入ってまだ2時間しか経っていないのである。


「食事はまだですよ」

 ルースが苦笑して言えば、ルースの返事にシュバルツの言った事がわかったらしいフェルも苦笑する。

「ふふっ。もう少し待ってね、シュバルツ」

 ソフィーも笑みを浮かべてシュバルツを見た。

 それに何も返事をしないシュバルツだったが、一応納得したらしく、火の傍で羽を広げて温まっている。


「シュバルツは、火を怖がりませんね」

 ルースは「今更ですが」と、シュバルツを見て言う。

『ソレハ,其方達ノ近クダカラ,ト言ウ事ダ』

 それで説明は終わったとばかりに、シュバルツはルースを見つめ返した。


 それで納得したルースは頷くも、ソフィーはキョトンとしており、フェルに至っては何も聴こえていないので、返事すらわからない。

「シュバルツは特別だ…という事ですね。私達と友達になった事で、私達が使うものに脅威は感じない、という事の様です」

 ルースの解釈を話せば、2人は「そんなものか」とシュバルツを見る。


 もっと詳しく言えば、シュバルツはそれだけ“友達“となった者たちを信用しているという事もあるのだが、感覚的にもルースと繋がっている事で、魔物としての本能以上にルースの感覚を優先し、素直に受け入れる事が出来るようになっているのだ。だが、そこまでを上手く説明する事はできないし、また説明する必要もない事なのだった。


 3人と1匹は焚火を囲み、3人は先程ルースが手渡した湯気を立てるお茶を飲みつつ、少しの間のんびりとした時間を過ごしていったのだった。




 こうして休憩を挟んで再び外に出た3人は、歩き出す前に山の風景を仰ぎ見た。ここから見える白い山は、川に沿って視界が開けているため輝く頂が良く見える。


「とっても綺麗な景色ね…」

 ソフィーは山のない町で育ってきたため、このような自然豊かな山を仰ぎ見る機会がなかった。だからこそソフィーから出た言葉は当然の感想ともいえるのだが、しかし山間に近い村で育った2人でさえ、この景色は今までになく美しいものとして映っていた。


「はい…とても綺麗な山ですね」

「景色がこんなに綺麗に見えたのは、初めてだな…」

 3人は口を揃えて、この山が特に美しいものだと言う。

 雪が化粧を施している為か、光を纏っているようにすら見える景色に、ルース達3人はしばし見惚れていた。



「?…あら?」

「どうしました?」

 ソフィーが何かに気付いた様子で、小さく声をあげた。

「えっと、何か…飛んでる?」


 ソフィーが川の方を見て何かを目で追う仕草をしているが、ルースとフェルには何も見えていない。

 ただソフィーが緊張していない様子から、魔物ではないのだろうとは思いつつ、ルースとフェルは目を凝らしてそれを探す。


 だがいくら目を凝らしても、川の水面を反射している光以外は動くものを確認できず、ルースとフェルは顔を見合わせて首を横に振った。


「あら?増えてきたわ?…集まってきているのかしら…」

 困惑するルースとフェルとは対照的に、ソフィーには何かが見えている事は確からしい。

「何が見えているのですか?」

「何がいるんだ?」

 ルースとフェルが同時に開いた口からは、同義の言葉がこぼれ出た。


「え?2人には見えていないの?あんなに光ってるのに…フワフワ浮いていて、ここに集まってきているみたいに増えているの。今は8つ…ほら…又来たわ?」

 ソフィーの話に戸惑いを見せるルースとフェルは、シュバルツを確認するもそこからは何の反応もない。


 やはり、それはソフィーにしか見えていないものだと結論を出した2人は、どうしたものかと思いながらも、無防備になっているソフィーを護るために、周辺に危険はないかと気を引き締めたのだった。

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