第81話 飛び立つものと見送るもの

 後から到着した者達を迎え入れれば、これで生徒6人と先生が揃い全員集合となった。

 それも今日でソフィーは辞めるので、これからは生徒5人となるだろう。

 そしてあと数日もすれば、ソフィーはこの町からもいなくなる。今日ソフィーには、最後の授業を楽しんでもらいたいものだとルースは思う。


 そうして見守っていれば、程なくして皆は的の準備をし始め魔法の練習に入ったようだ。

 しかしそこから一人はずれ、こちらへ向かてくる者が見えた。

 その銀色を纏う者は少し息を弾ませてこちらへ近付くと、満面の笑顔を浮かべ話しかけてきた。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「おはよう」

「おはようございます。今日は最終日となりますので、楽しんでくださいね。それからアレは使わない様に」


 念のためにルースは聖魔法を使わないようにと助言するも、ソフィアは既に心得ていた様で「はい」と素直に返事を返す。

「それじゃあ、行ってきます」

 と小走りでまた皆の所に戻っていけば、その辺りは魔法の色で賑わい始めた。



「今日はクエストを受けない日で、良いんだよな?」

 フェルが視線をソフィーに向けながら、ルースに確認する。

「ええ。今日は出発のために準備する日にしましょう。いつでも出発できる様、出来るだけ進めておきたいですね」


 本当はもう少し日程に余裕を持たせていたのだが、それでもスライムの件が表に出るまでと考えていた所へ今朝の事が重なり、更に日程を繰り上げざるを得なくなった。


「せっかく昇級したのに、慌ただしいよな…」

「そうですね。私達もC級に上がるのは初めての事ですが、まさかこんなに注目を集めるとは思ってもいませんでした」

「本当だよ…。じゃあ今日は、買い出しって事だな。良いマジックバッグがあるといいな」


 フェルはマジックバッグの購入を楽しみにしている様だが、果たしてこの町で前回の様に気に入るものが見付かるのかは、まだ確認もしていないので不明だ。しかし、パーティメンバーが増えると考えれば、マジックバッグは是が非でも用意しておきたい物の一つだった。



 こうして話しながら暫く生徒たちを見守っていれば、又何だか賑やかになっているらしく、良く響く声が聞こえてきた。


「ちょっと!もう真面目にやってよ!男の人を侍らせて随分と余裕があるかと思えば、今日もいつもと同じじゃないの!」


 やれやれ…ソフィーの最終日までこの声を聞く事になるとは思わなかったなと、ルースとフェルは顔を見合わせて苦笑した。

 こうなると魔法の練習どころではなくなるという事で、ルースとフェルは生徒たちの方へと足を向けた。


 ルースとフェルがそちらへ近づけば、顔を朱色に変えて話す少女とそれを見守る人々に対し、ソフィーが眉を下げて困ったように立ち尽くしていた。


「私達が見学していては、お邪魔でしたか?」

 ルースはそう言ってその間に割って入る。

「見学…?じゃあ、誰かをパーティに誘うつもりで見てたんですか?」

 先ほど叫んでいた少女は視線をルース達へ向け、態度を一転させ目を輝かせた。


 そう言えば、ここにいる者達は皆魔法使いになりたい者達で、その中には冒険者になりたい者もいるかも知れず、そう捉えられてもおかしくはないのだろう。それで変に誤解させてしまったのかと、ルースはすぐに否定する。


「パーティへ誘う人を探すために、見ていた訳ではありません。パーティに入ってもらう人は、既に決めていますので」

 それを聞いたその少女はそのかんばせに、喜色満面を浮かべた。

「私がこの中で一番、魔法が使えると分かってくれたんですね!これからも精いっぱい頑張ります!」

 ルースの言葉を聞いて何を思ったのか、その少女から噛み合わない答えが返ってきた。「こらこら」と先生が話しかけてくれているが、それすら聞いていない様である。


 それに首をかしげたルースに、フェルは肘を突く。

「あの子は自分が加入できるって、思ったみたいだぞ?」

 ルースだけに聴こえるようにフェルに囁かれ、なるほど…そうきましたかとルースは頷いた。

 だがルースのその仕草を見たものだから、肯定されたと思った少女が嬉しそうにはしゃぎ始めてしまった。

「貴方達の事は、噂で聞きました!新鋭の若い冒険者が、異例の速さで昇級したって!」


 その言葉を聞いたルースとフェルは、内心うんざりした。こんな人達にまで、その話が広まってしまっていたのかと…。これは本格的に出発を早めなければとルースとフェルが考えていれば、何も言わない2人にその少女を中心としてザワザワと話し始めてしまっていた。


「良かったな」

「おめでとう」


 おかしな展開へと進んでしまった事に気付いたルース達が視線を転じれば、泣きそうな顔でうつむいたソフィーがそこに立っていた。

 ルースとフェルはソフィーへと近付いて行き、フェルが慰めるようにその肩をポンと叩く。

 それで顔を上げたソフィーは、フェルを見上げて苦し気な笑顔を向けた。


「先生、ソフィーは今日で魔法教室を辞めます。そして私達と一緒に冒険者として活動していく予定です」

 ルースは傍で見守っている先生にしっかりと視線を合わせ、はっきりとした声でそう告げた。

 先生は、分かりましたというように頷いただけだったが、それが聞こえた者達は瞬時に動きを止めた。


「え…?」

 その声を漏らしたのは、先程の少女だ。


「私じゃなく、何でその子なんですか?!」

 ありえないと顔に書いてある様な驚愕した表情を浮かべた少女は、一瞬にして怒気を帯びた顔に変わった。

「何で?!何でアンタなのよ!アンタなんかただの魔力馬鹿じゃないの!!」


 少女の怒りが頂点に達したのか、吐き捨てる言葉はソフィーを侮蔑する言葉だった。

 その言葉でシンと静まり返った公園に突然バサバサと羽音が響き、その黒い鳥は澄ましたようにフェルの肩に留まった。

 流石にフェルにも羽音が聞こえていた事と、ここで驚いて見せる訳には行かなかったようで、もの言いたげな視線をシュバルツに向けただけで、何も言葉を発する事はしなかった。


『朝カラ,ウルサイナ』


 ここにいる皆…フェル以外であるが、その念話が聴こえていた。

 そしてシュバルツの言葉が聴こえたらしい皆の目が大きくなり、その黒い鳥に視線が集まった。


「貴方は調教師テイマーなのですか…」

 フェルに視線を向けた先生は、自分で言った事に納得したように頷いている。

「すげー調教師テイマーって、はじめて見た…」

「僕も」


 生徒たちははじめて見るらしい光景に、ザワザワと感想を言い合っている。その中で一人、先程の少女だけは渋面を作り、口を引き結んでいた。


「何で…何でそんな凄い人達が、仲間にするのはその子なの?…私の方が魔法を上手く使えるのに…」

 独り言だが皆にもその声が届いた様で、徐々に調教師テイマーという声は小さくなっていった。


「私達は、彼女をパーティに入れると決めました。これは既に決めていた事です」

 ルースが独り言に応えるように伝えれば、その少女は真っ直ぐにルースを見つめ、スカートを握り締めながら口を開いた。


「そんな子とパーティを組む位だったら、私を入れてください!私は魔法の制御が上手いんです!これからもっと勉強をして、2人を護れる位の魔法使いになりますから!」

 それを聞き、ルースの隣に立つフェルの眉がピクリと動いた。

 確かに彼女は、この中では一番上手く魔法を使えるだろう。だが…。


「そうですか」

「分かってくれたんですね!」

 ルースの言葉に畳みかけるように、言葉を被せる少女。

「ええ。良くわかりました。私達が何を基準に人を見ているのかが…貴方のお陰で」

 そう言い切って、ルースはその少女と視線を合わせる。


「私達は、強い弱いだけで人を判断しません。ましてや、ただ魔法を使えるというだけで、パーティの仲間には選びません」


 ルースがそう話せば、シュバルツはフェルの肩からルースの肩へと乗り移り、ルースと同じ方向を向いてその黒い目で少女をひたと見つめた。


「私達は目に見えるものでなくその中にあるものを見て、仲間と呼べる信頼できる人を選びます。ソフィーはまだ、魔法については未熟といえるかも知れませんが、少なくとも人として感銘を受け、私達はソフィーの中にあるものに共感したのです」


 ルースはそう言って、少女からその周りでこちらを見る者達へ視線を巡らせ、そして又少女を見据えて口を開いた。


「貴方にはその意味で言うと、私達の視野にも入っていない。尊敬できるところがない人を、仲間と呼ぶことは出来ません」


 淡々と話すルースの言葉は、かえって起伏がない分、受け手側が自分で消化して理解する必要がある。その為、今の言葉が聞こえた者達は、ルースの言った言葉をしっかりと理解できた事だろう。

 ソフィーと過ごしてきた時間は、ルース達よりもずっと長い彼らの事だ。彼女が一生懸命に魔法の練習をしていた事を知っているし、もしかすると、森の中でしていた事を知る者がいるかも知れない。

 その一途な想いと清らかな心を知っていれば、ルースの言葉は心の奥深くに浸み込んだことだろう。


 そんなルースの言葉は、ただ真実を述べているだけと言えて、誰も何も言葉を発しないまま少しの時間が流れた。


「先生、私達は近日中にこの町を離れます。今日はお邪魔して、申し訳ありませんでした」

「そうでしたか…。では、お気をつけて良い旅を。ソフィアも頑張りなさい」

「はい。今までお世話になり、ありがとうございました」

 そう言ったソフィアは誰に宛てるでもなく、皆に向け深々と頭を下げて今までの感謝を伝えた。


「それでは行きましょう」

 そうして3人は、黙ってたたずむ魔法教室の生徒たちに見送られる形となって、喧噪の広がる町中へと向かって行った。


 それを打ちひしがれた様に見つめる瞳が二つ、それはルース達が見えなくなるまでずっと見つめ続けていたのだった。

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