第80話 昇級の弊害
ソフィーと待ち合わせの日の朝、ルースとフェルはいつも混み合う時間より遅く冒険者ギルドに顔を出した。今日はクエストは受けずここで朝食を取った後、ソフィーが通う公園へ向かう予定にしている。
人がまばらになった冒険者ギルドの食堂に座り、2人は日替わりの朝食を食べ始める。
すると、他の席に座る者達がこちらを見てヒソヒソと話している事にルースは気付くも、特に何をされる訳でもない為、黙って様子を見ている事にした。
そして食事が終わったルースとフェルは、入金確認もあって受付側に向かった。
丁度受付には人がおらず、ルース達は見知った顔であるメレトニーが立つ受付へと進んで行った。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
その時、ルース達の背後から声が聞こえた。誰へ向けた言葉かは分からないが、2人は念のため振り返って声の主をみる。
何だろうと振り返れば、20代位の知らない女性が立ってルース達を見ていた。その女性は艶やかな紺色の長髪を弄びながら、纏ったローブから短いスカートと素足を覗かせている。
ルースの隣でゴクリと喉が鳴る音がして、不思議に思いルースがそちらを見れば、少々顔を赤くさせたフェルが、その女性を凝視していた。
「そんなに見ては失礼ですよ」
と、囁き声で注意するルースが少しずれているのか、フェルは残念そうな目でルースを見返してきた。
「ねぇ、ちょっと時間はあるかしら?」
そして再度、2人へ声が掛けられた。今度は真正面であるからして、ルース達への問いかけだと分かる。
年上の者からの誘いではあるが、この後予定もある為にどうしようかと思案するルースより先に、フェルが声を出した。
「時間、ですか?」
フェルが返事をすれば、「話したいことがあるのよ…?」と
「すみませんが、これから予定がありますので、お話ならここでうかがいます」
そう話すルースに「ここでは…ねぇ?」とその女性は、更に笑みを深めた。
「では本日は時間がありませんので、これで失礼させていただきます」
ルースが女性を歯牙にもかけずにそう言えば、「何よこの子」と呟いた女性が、笑みを引きつらせて話し始めた。
「私が貴方たちのパーティに、入ってあげるって話よ」
と、まるでそれが良い話であるかのように、冷笑しつつ言い放つ。
「メンバーは募集していませんし、結構です」
そう告げて、話は終わったとばかりにルースが受付を振り返れば、ルースが興味をなくした事に気付いたのか、その女性は勝手に話し始めた。
「はぁ?何言ってるの!?私はC級冒険者で魔法使いよ!?私がいた方がもっと稼げるって、気付かないの?」
一人で話す女性を横目に、なぜこの様な話になっているのかとルースは考える。まだスライムの話は出回っていないはず…だとすれば、ルースとフェルがC級に上がったと知られ、それが何かあって広まったのかと思う。だとすれば、先ほど食堂でヒソヒソささやかれていた事も、それで辻褄が合う。
今回の昇級でなぜか少々注目を集めてしまったらしく、早くこの町を出た方が良いだろうとまでを考えて、ルースはため息を吐いてその女性に振り返った。
「貴方がどなたか存じませんが、魔法使いは間に合っていますので、結構です」
ルースがそう話せば、私は凄腕の魔法使いだと話し始めたため、ルースは手の平を女性の前に出し“
「間に合っています、と申し上げています」
ルースは再度同じ言葉を繰り返し、その女性に伝える。
するとその女性は、目の前で長い詠唱もなく灯された炎に、言葉をなくして閉口した。
その後一気に見開いた目と真っ赤になった顔が、徐々に苦いものを口にしたような表情になった。
「――それなら結構よっ!」
と捨て台詞を残し独りで完結した女性は、踵を返すと、そのまま速足で冒険者ギルドを出て行った。
それを見送ってルースがため息をつけば、フェルがこっそり声を掛けた。
「何であの人は、あれで納得してくれたんだ?」
何も分かっていないフェルがそう問いかければ、ルースも声を落としてフェルの耳元で話す。
「あの人は火属性だったので、それを私も使えると示したまでですよ」
「何で“火“だって分かるんだ?」
「あの人の魔法属性の色が、私には視えていたのです」
ルースの話に、魔法の色について話したことを思い出しらたしいフェルが、納得した様に頷いた。
俺もわかる様になりたいとフェルは言っているが、これはルースが習得した技であり、ルースが漂わせた魔力に反応し、その人が持つ属性の色を見分ける事ができるというものだ。
そしてこれは相手が一属性の場合に限り有効な手段といえるもので、しかもこの方法は誰もが使える訳でもない事を、フェルは知らないのだった。
こうして少々手間取ってからメレトニーの前に立てば、「お見事です」と称賛の言葉をいただいてしまった。
「お声掛けせず、すみませんでした。何か問題があればとは思ったのですが、その前にルースさんが対応されたので、様子をみさせていただきました」
「いえ、室内で魔法を使ってしまい、すみませんでした。しかしこれって…」
ルースの言いたい事が分かったのか、メレトニーが苦笑する。
「お二人が異例ともいえる早さで、C級に昇級された話を聞いたのでしょう。これはお二人が一つずつ行いを積み上げてきた事の結果なのですが、もしかすると他にも、何か狡い事をしたからだと勘違いする者が出てくるかも知れません。そこは十分、ご注意ください」
2人にだけ聞こえるよう、声を落として注意を促すメレトニー。
「私達は、そこまで早いのですか?」
正直、ルース達にそんなつもりはない。逆に一年も経ってから、やっと昇級できたと思っている位だった。
しかし周りはそうは思わぬようで、これはとても早い昇級だと言われる。
目安で言えばF級からE級は2か月、E級からD級へは半年から1年程かけて昇級するらしい。そしてそこから更に1年以上をかけてC級になるのだと説明された。
確かにルース達は平均と比べ、まずスタートからして違うのだ。初日にF級ポイントをクリアしてしまったため実質はE級からのスタートで、E級へも大型魔物のポイント加算があったり小型の魔物なども随時納品していた為、素早く先へと進む事ができたのだ。
ルースとフェルは顔を見合わせ、渋面を作った。
2人が当たり前の様に行ってきたことも、ほかの冒険者達には少々難易度が高かったようだ。先日のスライムにしてもそうで、シュバルツのお陰で、ルース達は割と苦労する事なくやってのけている。そう思えばやはり、ルース達は他の冒険者よりも頭一つ分は先に進んでいると言えるのだった。
「ギルドマスターからうかがいました、近々ご出立されるのだと。でしたら、早めに動かれた方がよろしいかも知れません。この町はこの界隈では大きな町と言えますが、その分色々な立場の者も多い為、妬むものやパーティに入ろうと声を掛けてくる者がでてくるかと…」
眉尻を下げたメレトニーは、少し残念がるかのように悲し気にそう告げた。
「わかりました。ご忠告ありがとうございます」
そう話しつつも、手元はギルドカードに入金がなされているかの確認作業を進めており、魔導具に表示された金額を見て、ルースとフェルは目を見開いた。
そんな2人に頷くだけで、メレトニーは余計な言葉を言わないでいてくれる。そこでまた何か言えば、注目を集めてしまうのだから。
「ご確認いただけましたでしょうか」
「「……はい……」」
2人の目の前に表示された金額は、金貨4枚。それはスライムだけの金額で…だった。
金貨4枚とは400万ルピルであり、始めて見る単位に、ルースとフェルは目を白黒させて言葉も出ない有り様だ。
「貴方達は、運に恵まれているのでしょう。出会う事のない物に出会えたり、そして色々な事を教えてくれる人達とも出会えたり……。これから先も、頑張っていってくださいね」
「「はい」」
ルースとフェルは激励をくれたメレトニーに礼を述べ、ソフィーが待つ公園に向かうため、静かに冒険者ギルドを出て行った。
今日はなぜか、慌ただしい日になりそうだという予感を感じながら、ルースとフェルは町の中央にある大通りを目指して歩く。冒険者ギルドを出てしまえば、もう2人は人目を気にすることなく、人混みに交じり町中を歩く事ができた。
しかし、やっとC級になれたのは嬉しい事だったのだが、2人の昇級スピードが問題となり、それで注目を集める事になるとは思いもよらなかった。
それに、自らをパーティに推挙する者が出てくるなどと、考えていなかった事も起こり、そちらの対応も苦慮する事になりそうだなと、2人は頭を抱える事になった。
「私はパーティに入れて欲しいと頼まれても、今のところこれ以上入れるつもりはありません」
「俺もそれは同意見だな。いきなり入れてくれって言われても、正直困る…」
フェルの言にもルースは頷く。
「ではまた声を掛けられても、お断りする方向で進めましょう」
「頼む。対応は任せるよ」
「…フェルも何か言って下さいよ?」
「いや、俺はルースみたいに説得力ないし…」
「まぁ、それはそうですけど」
「おい…そこはそうでもないって言うところじゃないのか?」
「そうでしたか…。そうでもない…ですよ?」
「何で語尾上がりなんだよ…」
ルースとフェルはパーティの件も含めて話しつつ、閑静な区画へと入って行く。
その境目に目的の公園はあり、そこには既に何人かの人達が集まって会話をしているようだった。
その中にまだ、銀の髪は見当たらない。
遅れずにこれて良かったと思いながら、ルースとフェルは公園の隅で待機するため歩みを進めていれば、後ろから先生と一緒に、数人がこちらへ向かってくる事に気付いた。
その中に銀の輝きを見つけ、ルースとフェルは今日の待ち合わせであるその人物の、到着を待ったのだった。
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