第82話 町中でも?

「シュバルツ、そろそろ肩から降りませんか?」

 ルースがそう言ったのは、公園で肩に留まったシュバルツが未だそのままだからである。


「そんでお前、また急に俺に留まっただろ…ビックリするって言ってんだろう。さっきも声が出そうなのを、必死に抑えたんだからな」

 続けてフェルも、ついでとばかりに文句を言った。

『器ガ小サイノ,コヤツハ』

 しかしシュバルツはフェルの苦情を聞くも、全く意に介さないようであった。


「そろそろ人の多いところに出ます。流石に先程の様に勝手に勘違いされても、それはそれで少し拙いのです」

「え?調教師テイマーという事にしておいてもダメなんですか?」

 ソフィーが言う事は尤もな事だが、この町でこれ以上、注目を浴びる訳にもいかない。


 そうルースが考えていれば、『仕方ナイナ』とルースの肩から前に飛び降りると、滑空してから羽を羽ばたかせて舞い上がった。

『近クニ,イル』

「ありがとうございます、シュバルツ」

 理解を示したシュバルツに礼を言って、3人は賑やかになってきた通りを進む。


「アイツ、ルースの言う事だけはちゃんと聞くよな…」

 フェルがシュバルツの姿を目で追いつつ、不満を漏らす。

「シュバルツには、ちゃんと話せばわかってもらえる、という事ですよ」


 ルースの場合は、考えている事がシュバルツへも伝わってしまうのだ。その為あまり言葉で説明せずとも、ルースの思考から自分の取るべき行動を考えてくれているのだが。

「フェルもきっと、シュバルツに理解される日がきますよ」

 ポツリとこぼしたルースの言葉は、小さすぎて賑やかな町の喧噪に飲まれていった。


「それでソフィー、お店の方とはきちんとお話できたのですか?」


 ソフィーが冒険者登録をする前に、そこを確認しない事には話は進まない。色々と先に動いておいて、やはりだめでしたとなれば全てが無駄になる。


「はい。一昨日の夜、お店が終わってから女将さんと大将に話しました」

 そう話すソフィーは、眉尻を下げて少しだけ寂しそうだった。

「危ないからと止められたんですけど、魔法教室の事とか、もっと魔法を学びたいって伝えて…私が本当にやりたい事だって話したら、じゃあ頑張ってと言ってくれました」

「そうでしたか。まずは理解が得られて良かったです」

「優しい人達で良かったな…。俺の親なんか、一か月位ダメだダメだとしか言わなかったぞ?」

 苦笑を交えたフェルは、その時の事を思い出しているのかソフィーを羨ましそうに見た。


「では次にやる事は決まりましたね。出発のための準備に入りましょう。それとソフィー」

「何でしょうか?」

「敬語はやめてくださいね。私の場合これは口癖の様なものですから、私の事は気にしないでください」

「そうだよ、友達なんだしな」

 ヘヘっと笑うフェルとルースの微笑みに促され、ソフィーは「はい」と返事をする。


「そこは“わかったわ“とかじゃないのか?」

 口角を上げたフェルがソフィーを見れば、

「気持ち悪いです…フェル」

 と女言葉を使ったフェルに、ルースからそんな感想が送られた。


「気持ち悪いって何だよ。ルースだって、女の人が話すような言い方だろうが…」

「私の場合は女性の言葉遣いではなく、丁寧語なのですよ?そんな事も分からないのであれば、剣の練習の前に語学の勉強も入れましょうか?」

「何…やめてくれよ…」


 また2人のじゃれ合いが始まったなと、ソフィーは目を細める。

 ソフィーはこの隣を歩く2人にある、今まで近くで感じた事のない温かな絆を感じていたのだった。


 こうしてルース達3人は、まず冒険者ギルドへ足を向けた。

 今の時間であればまだ昼前という事もあり、冒険者ギルドには人も少ないからというのが一番の理由である。

 それでなくともルースとフェルは、冒険者ギルドの中に入ると居心地が悪い。

 あちこちからチラチラと視線を向けられ、もの言いたげな気配も感じる。ただ昇級しただけでこれなのだ。きっとレアスライムの事が知れ渡れば、想像ができないほど身の置き場がなくなるのだろうと、ルースはブルリと身震いした。


 そんなルースをよそに、フェルとソフィーは楽しそうに話しながら歩いていた。

 ソフィーはこれから初めて冒険者ギルドに入るのだと言って、フェルが話す言葉を嬉しそうに聞いている。


「混み合う時間帯は受付に移動するにも大変な位、冒険者で溢れかえるんだ。そんな中にソフィーが入っていったらペチャンコになると思うぞ?」

「うわぁ、ちょっと想像できない。東地区でも人通りが多くて、歩くのが大変なのに」

「それが一画に、密集した感じだな」

「心の準備がいるって事ね?」



 ルースは彼らの少し後ろを歩きながら、その背中を眺めていた。

 そして町中へ視線を向ければ、前方から黒い服を着た者達がこちらへ向かって来ており、段々とこちらに近付いてくれば傍で声を掛けられた。


「やぁ、元気かい?」

「おはよう」


 その黒い制服を着た者達は、騎士団員だ。

 ルースとフェルがこの町に来てから、見回る騎士団員を見掛けるたびに挨拶をしてきた。

 この町を護っている騎士団員には初日にお世話になった事でもあるし、挨拶位ならしても良いだろうという気軽な気持ちから始めた事だったが、今では騎士団員からも声を掛けてもらえるようになり、こうして会えば立ち話をすることもある。


「おはようございます!」

「おはようございます。いつもご苦労様です」

「……」

 それを知らないソフィーは、なぜ声を掛けられたのかが分からずに戸惑っている。


「おや?今日は彼女連れなのか?どっちの彼女なんだ?」

 ニヤリと笑った騎士団員に言われ、ソフィーはますます戸惑いを見せた。

「いえ、残念ですがどちらも違いますよ。こちらは私達とパーティを組むことになった人です。これから冒険者ギルドに行って、手続きをする予定なのです」

 フフフッと、冗談を言われたと思っているルースがそう説明した。


「そうか、はずれたな」

「俺の勝ちだな」

 何かの賭けでもしていたのかそう言いあった騎士団員たちは、「それはそうと」と言って話を変える。


「聞いたよ?もうC級になったんだって?」

「俺も昨日、詰所で皆が話してるのを聞いたぞ?いつも挨拶してくる冒険者が、異例の早さでC級になったって」


 ルースはその話を聞いた途端、頭が痛くなってきた。なぜこうも、皆が自分たちの昇級を知っているのかと。


「冒険者が町中でその話をしているのを聞いた奴らが、まぁ方々で話してるんだろうな…」

 ルースの懸念を感じたのか、眉根をよせるルースにそう騎士団員は補足してくれた。

「うげ」

 フェルもげんなりした声を漏らせば、ソフィーが口を開いた。

「え?2人はもう、C級なの?」


 そう言えば、ソフィーにまだ昇級の事を伝えていなかったなとルースは思い出す。その話は大したことではないので、優先順位を後回しにしていたのだ。


「そうそう、この2人は異例の早さでC級になったらしいぞ?そんな者達とパーティを組んだら、苦労しそうだな」

 ソフィーへ同情を含んだ言葉を掛ける騎士団員へ、フェルが「苦労ってなんですかぁ」と頬を膨らます。

 それに笑って、騎士団員たちはフェルに言い訳をしているようだ。


 そこへルースが声を挟む。

「私達は近々、ここを離れる事にしました。今までお世話になり、ありがとうございました」

「そうだった。近々また旅に出るんです。お世話になりました」

「そうか、寂しくなるが仕方ないな」

「まぁ噂の事もあるし居づらくなるだろうから、その方がいいだろうな」

 ルースとフェルがそう話せば、そうかと騎士団員たちは力強く頷いてくれた。


「じゃあな、頑張れよ」

「元気でな」

 そう告げて離れていく騎士団員に頭を下げ、ルースとフェルは一つ挨拶が終わったとホッとする。

 今の人達が詰所に戻れば、他の騎士団員にも今の話をしてくれるだろう。


 一見怖そうに見える騎士団員たちは、話せばとても気さくで、ルース達には気を遣ってくれる人たちだった。

 ただし、これはルース達が挨拶を繰り返した事で得た関係であり、他の冒険者たちに同じ対応をするかといえばそういうものでもないのだが、そんな事はルース達が知らぬ事で又知る必要もない事だ。


 こうして町中に噂が広まってしまった事を知ったルース達は、げんなりしながらも騎士団員達の事やC級に昇級した顛末をソフィーに伝えながら、冒険者ギルドを目指して歩いて行った。

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