第77話 これまでの事

 少し話をして帰ろうという話になった3人は、ソフィアがいつも魔法の練習で使っていた場所に辿り着くと、そこで腰をおろした。この場所であれば、町までの所要時間が分かっている事もあり、安心して話ができるからだ。


 今から話す事は個人の秘密に関する事でもあり、町中で気軽に出来る話でもなく、選択肢は元々なかったのもある。

 ルースは、マジックバッグから果実水を取り出してカップに注ぐと、それらを配って話の態勢を整えた。


「では、自己紹介…というところでしょうか。もしこれからの話で私達と同行する事を少しでも躊躇ためらうのであれば、それは“そこまでだった“という話にしてくださいね。私達の旅は、安全なものでもありませんから」

「ああ、そうだな」


 ルースとフェルから視線を向けられたソフィアは、2人の言葉にコクリと頷いた。

 それを確認すると、ルースは微量の魔力を周囲に漂わせておく。これは、誰かがここへ近付いてきたときに感知する為のもので、話が聞こえる範囲に誰かがくれば反応できるため、有効な手段だと言えるものだった。


「それでは、私が仲間に入れてもらうので、私からお話します」

 そう言ったソフィアは、ルースとフェルに緊張した面持ちを向けて話し始めた。


「私の名前は“ソフィア・ラッセン“、15歳です。親しい人には“ソフィー“って呼ばれてますので、お二人もそう呼んでください。あ、敬称はなしで…その方が、本当のお友達になれたと思って嬉しいですし」

 ソフィアはそう言うと、頷く2人に笑顔を向けた。

「私は、スティーブリーで生まれ育ちました。両親は3年前に亡くなって、今は両親の友人だった勤め先のお店のご夫婦に面倒をみていただいてます。魔法教室に通いだしたのは両親が亡くなった頃で、それからずっと魔法の練習をしてきました。そして既にお話しましたが、私は今年、職業ジョブが出ませんでした」


 ソフィーからは概ね聞いていた話をされる。ここで何か聞きたい事があれば、という事なのだろう。

「ソフィー、“スキル“って出たのか?」

 フェルの問いにソフィーは首を横に振った。

 それに続いて、ルースも聞いておかねばならない事を話す。


「私達と旅をするという事は、体力の問題もあります。今聞いたお話からは判断できませんでしたが、今日よりも沢山歩き回る事が多いのですが、それは大丈夫ですか?」

「はい。今日もまだ全然平気ですし、もともと体を動かすのも好きなので、体力的には他の女の子よりはあると思ってます」

 ルースの問いにも間をおかず答えるソフィーに、ルースは頷いて返した。

 ソフィーからはもう続く言葉はなく、これが全てという事なのだろう。


「じゃぁ次は俺な。俺は“フェルゼン・マーロー“。フェルゼンって名前に抵抗があるから“フェル“って呼んで欲しい。それから俺も呼び捨てで良いぞ?ソフィーと1つしか年も変わらないんだし」

 フェルの言葉に、ソフィアは笑みを浮かべて頷く。


「俺は15の時に、ここよりずっと東にある“ギロム“って村から出てきたんだ。親には止められたが…まぁそこは男の意地?夢?みたいなもんで押し切ってきた」

 と少し照れたように言うフェルに、今のどこに照れる要素があるのかとルースは密かに首をひねった。

「そんで村を出て、すぐルースと会って、それからずっと一緒に“月光の雫“というパーティを組んでいて、今はD級冒険者という訳だな」


「フェルがいた村の名前を、私も初めて聞きました」

「ん?そうだったっけ?もうずっと前にした自己紹介とか、覚えてないや…」

 ヘヘっと笑ったフェルがルースへ視線を向けた。

「あぁ、私も出身地を伝えてなかったかも知れません…」

 お互い様かと気付いたルースが、ぽつりと言う。ならばここで皆の自己紹介だなと、フェルとルースは苦笑した。


「お二人は、幼馴染じゃなかったんですね…」

 ソフィアが不思議そうに2人を見て呟く。

「おう、まだ1年とちょっとの付き合い…だよな?ルース」

「ええ。まだそれ位の付き合いですね」

 フェルとルースの返事に、感心した様にソフィアは頷いた。


「そんで俺の職業ジョブは騎士。初めは騎士団に入るつもりで村を出てきたんだけど、騎士でも騎士団に入る事以外にできる事もあるってルースに教えてもらって、冒険者になった。それからもう話したけど、俺の魔力はゼロ。でも俺、本当は聖騎士になりたかったんだよな…」

「え?聖騎士は魔法が使える人がなれる職業ジョブじゃぁ…」

「そうそう。だから諦めてたんだよな、俺。でもルースが…俺にも魔法が使えるようになるって言ってくれたんだ。だから俺達はそれを実現させる為に、北に行く事にした」


 フェルは遠くを見るように、木々へと視線を向けた。

 今のフェルの話で、先程ルース達が話していた内容に薄々気付いたらしいソフィーが、ルースとシュバルツに視線を向けた。


「もしかして…聖獣?」

「は?…聖獣って何の事だ?」


 フェルは聖獣が魔力を解放するための鍵であるとは知らない為、何の事だとルースへ視線を向けた。

 話が混乱してしまったなと、ルースは軽く息を吐く。

「ええ、聖獣です」

 先にソフィアに肯定を伝え、続けてフェルに視線を向ける。


「フェルにはまだお伝えしていませんでしたが、貴方の魔力を出現させるのには、聖獣の助けが必要なのだそうです。先日シュバルツからそう教えてもらっていたのですが、その聖獣が居るかいないかもわからない中、貴方にお話しする事は控えていたのです。ですが、先程シュバルツは、聖獣の居場所を探し出してくれたと念話で話してきた為、ソフィーにも聴こえていたという事です」


 ルースの言葉を聞き漏らさぬよう、フェルはじっと黙って聞いてから「そうだったのか」とシュバルツを見て言った。


『コヤツト,会話ガ,デキヌト,不便ダカラナ』

 と、吐き捨てるように念話を送ったシュバルツに、ルースとソフィアはクスリと笑った。

「ん?何か言ったのか?コイツ」

 フェルには何も聴こえない為、その2人の様子を不思議がっている様だ。


「はい。フェルと早く話がしたいと、シュバルツは言ったのですよ」

『ソンナ事ハ,言ッテイナイ,ダロウ…』

 シュバルツはそう念話を送ると、拗ねるようにプイッとルースから顔をそむけた。


 言い方は少し違ったかも知れないが、フェルの為にシュバルツは聖獣を探してきてくれたのだ。フェルと話したいと思っている事も少なからずあるはずで、子供の様な態度を取るシュバルツに、再度ルースとソフィアは笑みを漏らした。

 フェルにはまた何も聴こえなかったのだが、ルースが訳した話に嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 シュバルツのお陰で、色々と事が進み始めたのだと話したルースは、次は私の番ですねと表情を引き締めた。


「私は、この国の東にある“ボルック村“からきました。私が10歳の時に、その村にいた人に拾われました。その時にはそれまでの記憶と一般常識というものがありませんでした。だから…私を育てるのは大変だった事でしょう」

 そう話し始めたルースは、2人に眉尻を下げて視線を合わせた。


「私はその人に、“ルース“という名前を付けていただきました。ルースとは“光“という意味なんだそうです。私のこれからの人生が、光溢れるものとなります様にと。そのお陰か、私にはこうして友人と呼べる人達にも出会う事ができています。今の私は、“ルース・モリソン“という名前をいただいています」


 静かに話すルースに、フェルとソフィーは黙って耳を傾けていた。


「その村を出たのは、私が15歳になったからというのもありますが、私の養母…と言ってもまだ若い女性なのですが、その人が伴侶を得たのでその旦那様になる人に養母を託し、安心して村を出る事ができたからです」

「ルースを拾ってくれたのは、若い女の人だったのか…」

「はい。運悪く私を拾ったがために、彼女の貴重な時間を、私の様な厄介な子供の世話に使わせてしまう事になったので…それは申し訳なく思っています」

「それは違うと思います」


 そこへソフィーの声が割って入る。

「ルースさんを拾ってくれた人は、運が悪かったとか厄介だったとか、絶対に思ってないと思います」

 ソフィーは真剣な眼差しをルースへ向けた。


「それは、最初は大変だったかもしれませんけど、今ルースさんがこんなに素晴らしい人になってるんです。だから嫌々一緒にいたという訳でなく、ルースさんの事が大好きで大切に育ててくれたんだと思います、本当の家族のように…」

「……そうですね。私もその人との思い出は大切な宝物ですから。そう言って下さって、ありがとうございます」

 ルースは柔らかな表情でソフィーを見る。

「…出過ぎた事を言って、すみません」

 小声で謝罪するソフィーに、ルースとフェルは笑顔を向けた。


「それで、その人の結婚を機に私は村を出てフェルに会いました。初めてフェルを見た時は、丁度ゴブリンに襲われていたので、私はどうなるのかと暫く様子をみていたのです。ですが剣もろくに使えないようでしたので、助けに入ったという事なのですが」

「おいっルース!それは初耳だぞ?暫く見てたってどういうことだよぉ。何でもっと早く助けに入ってくれなかったんだ。俺はあの時、本気で死ぬかと思ったんだからなぁ!」


 ルースがポロリと言った話に、フェルから猛抗議が入る。確かに、命の危機を感じている時にそれを眺めていたんだと言われれば、何でだよという話にもなる。


「そう言いますが、私はフェルの剣の腕を知りませんでしたし、もしかすると一人で対処できるかも知れないでしょう?そんな時に私がしゃしゃり出て“お前いらないですよ“と言われたら、恥ずかしいじゃないですか…」

「恥ずかしいじゃないですかー、じゃないって!も~ルースはどっかズレてんだよなぁ…これだから“爺臭い“って言われるんだよ」

「え?それは、フェルにしか言われた事はありませんよ?なのに、さも“他の人にも言われている“みたいな言い方をするなんて、フェルはヒドイ人ですねぇ…」


 ソフィーは、途中から話が逸れてじゃれ合いを始めてしまったルースとフェルを、まぶしい者達を見るかのように目を細め、いつまでも続きそうな2人のやり取りを、羨ましそうに見つめていたのだった。

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