第76話 発動
「おい…」
ルースが、自分も多属性であると話したことに気付いたフェルはそう声を出すも、ルースはフェルに笑みを見せて頷くだけに留めた。
「私は、ソフィアさんの事を色々と知ってしまいました。それはソフィアさんが意図して私に伝えてくれたものでなく、私が勝手に知ってしまった事。その為私もソフィアさんにこの事を伝えなければ、公平ではありませんから」
そう言ってルースは立ち止まった。
それを追うように、フェルとソフィアも立ち止まってルースを振り返ると、向かい合うようにして立つ。
「ソフィアさん、私は貴方と同じく多属性の魔法が使えます。しかし今までその事を、他の人達に知らせない様にしてきたのです」
「え…それって何で、ですか?」
ルースの話に雲行きが怪しくなってきたと感じたのか、ソフィアは真剣な眼差しをルースに返す。
「魔法教室に通う方達の事を思い出していただければ分かるかと思いますが、普通、一人が使える属性は一つ。貴方は四属性が使えていた訳ですが、それらは殆ど効果の伴わないもの…いわば“不発“の様な魔法でした。その為、たとえ貴方が四属性を使おうとも皆は気にする事なく、歯牙にもかけずにきたのだと思いますが、しかしそれは本来、他人に知られると騒がれる類の話なのです」
ルースの話を真剣に聞いているソフィアには今一つ実感はなさそうだが、彼女がこれから、一つでもまともに魔法を使えるようになったと分かれば、今までの様に捨て置かれることはなくなるだろう。
「ソフィアさんは自分が五属性である事を、おいそれと人に言わない方が良いでしょう。多属性を使える者は多くありませんから、目立たない様に注意した方が良いですね。尤も、今までの様に力のない四つの魔法は見せても問題ないかも知れませんが、聖魔法…貴方が本来の力を出す事の出来る魔法まで露見させれば、多少の騒ぎにはなるかも知れません。今後はそういう意味でも、十分に気を付けてくださいね」
「ルースさんはそう言ってくれますけど、でも私、聖魔法なんて使ったことも無いし使えるかもわからないんですけど…」
自信なさ気にそう言ったソフィアへルースは頷き、おもむろに腰にさしてあるナイフを抜くと、何の説明もしないまま自分の左手の平に刃を当てて引いた。
「ルース!何してんだよ!」
驚いて発したフェルの声と共に、肩に乗るシュバルツの
「私がこれからいう言葉を、復唱してください。それには、回復させるという願いを込めて。フェルはそのまま見ていてください」
「…はい」
予告なく始まったルースの行動を、2人は訳も分からず言われるまま、それに黙って従った。
「天の恵みよ我に希望を。“
「…天の恵みよ我に希望を。“
ルースの声では何の反応もない言葉は、ソフィアが紡げば
程なくしてその光が瞼の裏から見えなくなると、フェルは目を開き、目の前の光景を見て更に目を大きく開いた。
「傷がなくなってる…」
フェルは何をするのか薄々解ってはいたが、実際にそれを目にして驚く。フェルは回復魔法を初めて見たという事もあり、その不思議な現象に感動すら覚えた。
一方それを行ったソフィア自身もルースの話を半信半疑で聞いていた為、本当に自分が魔法を発動させることができたのかと、驚きに目を見開いていた。
その中でルースだけは予測通りであると、満足気に頷いてから、2人には聴こえぬよう肩に乗ったシュバルツにそっと囁いた。
「よく我慢しましたね」
先程シュバルツが付けた肩の傷も、今は回復魔法によりなくなっているらしく痛みはない。
そもそもシュバルツは、魔物でも動物でも何でも食べる魔物なのだ。そんな物の前で血を流せば、その部分を刺激してしまう事をルースは分かっており、ある意味では賭けの様な行いだった。
しかしシュバルツはその本能とも呼べる衝動に耐え、この行いを見守ってくれていたのだ。それに気付いているルースは、その友達へと感謝の念をおくった。
『我ノ体モ,軽快ニ,ナッタゾ。コノ娘,凄マジイナ』
先程の光、ただの
「いかがですか?私の傷はこの通り治りましたし、更に今日の疲労感さえなくなりました。ねぇ?フェル」
「おう…体が軽くなった」
言われているソフィアはまだ動揺しているのか、口を開け閉めしつつ目を見開いたままで声も出せない様子だった。だが、その見開いた目に水が溢れたかと思えば、堰を切った様に溢れ出た涙を流し始めた。
「あ…あぁ…」
そう声を漏らした後、顔を手で覆い肩を揺らしてしまったソフィアに、ルースは今までの努力がこれで報われるのだろうと静かに微笑んだ。
「今の詠唱は、回復系の初級魔法です。貴方がこれからそれらの詠唱を覚えて行けば、
「……はい……」
まだ感極まったままのソフィアは、涙を止めることなくルースへ視線を向けて花が咲くように微笑みを浮かべた。
「良かったな」
フェルも自分の事であるかの様に、嬉し気にソフィアへ労いの言葉を掛けた。
しかしそれに水を差すが如く、ルースがフェルに声を掛ける。
「フェルも魔法の詠唱を覚えましょうね。まだ魔力を使えませんが、可能性がある以上、手を抜いてはなりませんよ」
「…おう…」
自分に矛先が向いてしまったなと、フェルは苦笑しつつも律義に返事をした。
ではそろそろ行きましょうかとルースとフェルが歩き始めれば、ソフィアは動き出さぬまま2人を呼び止めた。
「あの!」
その声に2人は振り返ってソフィアを見れば、そこには両手を握り締めたソフィアが、決意を込めた目で2人を見ていたのだった。
「あの…私もお二人と一緒にいさせてください!私はまだ何もできませんが、足手まといにならない様に頑張ります!だから、私をお二人の仲間にしてください!」
その告白に、ルースとフェルは顔を見合わせた。今ソフィアが言った事は、ソフィアも冒険者になるという意味なのだろうか…。
「ソフィアさん。私達は冒険者で、そのうえ旅をして国中を巡るつもりです。そんな私達に付いてくるという事は、貴方のご家族やお店の方達とも、もう一緒にいられなくなるという事なのですよ?」
ルースはソフィアへ、大事な事を簡単に決めないで欲しいと忠告した。
ルースでさえ、旅に出る事を散々悩み考えてから行動したのだ。こんな一瞬と呼べる時間で決めてしまっては、後で家族が恋しくなり町へ戻りたくなるかも知れない。旅の途中でそんな話になれば、彼女を送り帰す為に同行するわけにも行かず、かと言って一人で帰すのは流石に危険だろうとルースは思考する。
「私…家族はもういないんです。3年前にはやり病で、父も母も一緒に亡くなりました。そのあと、今のお店に住み込みで働かせてもらうようになったので、私はこの町には、もう本当の居場所はないんです…」
「…そっか…」
フェルは同情を含んだ声色でそう呟く。
「ではソフィアさんも、冒険者になる…という事ですね?」
「はい。私も冒険者になって、お二人について行きたいです」
ソフィアの強い言葉にルースは黙り込む。
フェルはといえば、ルースに視線を向け“任せる“というように笑みを浮かべている。
『悪クハ,ナイダロウ?』
そこでシュバルツからも声が聴こえた。
自分を援護するその声を聴いたソフィアは、シュバルツへ感謝するように笑みを向けた。
後はルースの判断で…という事なのだろう。
確かにソフィアがいてくれれば、不測の事態にも対応してもらえるだろうが、ルース達の旅に彼女が付いてこられるのか…。体力的にもそうだが、その前にルースは記憶を探して旅をしている事さえまだ彼女に伝えてはいないのだ。
パーティに入ってもらうと決める前に、その辺りの事情も話しておかなければならないなと、ルースは期待の目を向けるソフィアに、愁いを帯びた視線を向けたのだった。
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