第17話 補給と援護

 空腹で目を覚ましたルースは目を瞬かせると空を見上げ、もう日が傾き始める頃となっている事に唖然とする。

 だが、たっぷりと眠ったお陰で魔力も体力も戻っており、そこは安堵した。


 そしてお腹が空いていた為、荷物からカップと干し肉を出す。先に水を満たして飲むと、ガブリと干し肉に食らい付く。

 ルースの食料、保存食は干し肉のみ。しかも1日3回食べれば3日位で無くなりそうな量なのだ。

 その事も視野に入れつつ、空を見上げて考える。

 ここがどこかわからないが、途中に村があれば寄ってみようと思いながら、口の水分が干し肉に取られて更に水を飲み、「よしっ」と気合を入れて立ち上がった。


 太陽が向かい側にある為、ルースは右へと歩き出す。太陽はボルック村の方角から出ると知っているルースは、沈む太陽を左に見て北上する。

 まだ足元が明るい内に、途中で見つけた枝を拾いつつ行けば、夜が訪れた。

 この日は日中、たっぷりと睡眠を取っていた事で夜通し歩き、歩きながら、昨日自分が無意識にしていた事を思い出して、簡略詠唱を試す事にする。


「“フェゴ“」


「………」

 言ってみたが、何も起きなかった。ではなぜ自分がそれを出来たのかを考える。

 思い出せ、何をしたのかを…。


 あの時は無我夢中で速く走る事だけを考えた。その為、自分を押し出す様な補助があればと、考えていたはずだ。


 ルースはそこで足を止めると目を瞑り、暖かな炎を思い浮かべる。そして手を出して、その手の平に小さな炎がある事を想像した。


「“フェゴ“」

 ―ポッ―


 目を開ければ、ルースの手の平に小さな火が現れている。

(そういう事ですか…)

 と、その炎を維持したままルースは再び歩き出す。


 辺りが真っ暗となってくる中、まだルースの手には炎が踊っている。

 小さな炎は少しの魔力で維持できるため、ルースは足元を照らしながら夜の闇を歩き続けた。

 火魔法の検証は出来た。となれば多分他の魔法もできるだろうと、ルースの思考は途切れることなく、その小さな炎と共に進んでいった。


 こうして夜に歩き、昼過ぎまで眠る事を何度か繰り返し、歩き始めた夕方、道の先に集落が見えてきた。

 村だ。

 ルースは小走りでその集落へと向かう。

 もう、節約してきた食料も尽きかけている為、この村で何とか食料を分けてもらわねばならない。

 そして、出来れば現在地の確認もしたいし、とにかく誰かと話さなければと、視線を村へと固定した。


 程なくして村へと到着すれば、外に人の姿はなく、皆家にいるようだった。

 ボルック村でもそうだったが、小さな村では日が沈めば皆寝る支度をして、翌朝早く起きて仕事を始めるのだ。

 だが幸いにも家々の明かりは灯っている様で、ルースは一番近くの家へと足を向けた。



 コンコンッ

「こんばんは、夜分すみません」


 ルースは基本丁寧に話すため、不審がられることもなく、すぐに中から声が返ってくる。

「はい、どちら様?」

 そう言ってガチャリと開いた扉の前に、一人の青年が立っていた。

 その青年は視線を徐々に下げていき、やっとルースと視線が合う。


「夜分にすみません。私は旅の者でルースと言います。手持ちの食料がなくなったので、少し分けてもらえませんでしょうか?」


 その青年は2度3度と瞬きすると、我に返ったように話す。

「君、一人かい?」

「はい、そうです」

 そうはっきりと返すルースの背後をチラリと見て頷くと、「いったん入って」とルースを家に入れてくれた。


 青年は“ハドスン“と名乗り、ここが“グロス村“だと教えてくれた。そしてここから2日北に行けば、“カルルス“という少し大きな町があるとも話してくれたのだった。ルースは有用な情報に感謝する。


 そしてこれから夜通し歩くと言ったルースに、ハドスンは声を掛けた。

「一人旅で危なくないか?それも夜に…」

「確かに危険ではありますが、寝ている間に襲われるよりは、気が付いて逃げる事もできますから…」

 とルースは苦笑する。


 1日目に、疲れて寝ていた所へ魔物が出たのだ。あのまま気付かず寝ていたら、ルースは逃げ切る事もできなかっただろう。


「気を付けるんだよ?」

 そう心配してくれるハドスンから干し肉とパンを分けてもらい、その分の代金は勿論支払う。

 そして「頑張ってね」と見送ってくれたハドスンに手を振り、ルースは暗くなってきた道を再び歩き始めた。


 そして村が小さくなった所で日も沈み、辺りは暗くなる。

 今日は月も出ているが、それでも夜道は暗いので、ルースは先程の様に手の上に炎を出して歩き続けた。



 しばらくして深夜と呼べる時間、ルースがかすかな音を拾えば、その音にルースは緊張する。

(何の音でしょうか?)

 灯りと言えば目の前の小さな炎だけで、遠くまでは見渡せない。

 ルースはその炎を維持したまま、風魔法も発動させた。


「“集音ラサンブレ”」


 はっきり言おう。

 魔法が使える者の殆どは一属性。そして二属性使える者でも、多重で魔法を使う者はまずいないのだ。というか、教本にはそんな文言は一言も書いていないから、試す者がいないという事だ。

 だがルースは、まず出来る事と出来ない事を確認する質で、出来なければなぜ出来ないのかを、自分が納得するまで検証する人物だった。

 その為、一つの魔法を発動させながら、他の魔法も使えないのかを検証した結果、一つの魔法を維持しながらも他の魔法を発動できる事がわかった。

 それは属性に係わらず同じ属性魔法でも可能であった為、ルースは気負いもせずそれを実行しているに過ぎないが、ルースを知らない者が見れば、これはとても驚く事である。

 だが人に見せてはいない為、ルースがこんな事ができると知る者は、今のところシンディしかいないので問題はない。


 閑話休題


 ルースの放った集音ラサンブレによって、かすかに聞こえていた音が集まり、はっきりと聞こえた。

 それは“カキンッキンッ“と金属が当たるような、甲高い音だった。

(剣を打ち合う音…?)


 そう思えば、ルースはその音に向かって走る。

 そして少々走ったなと思える頃、道から外れた木立そばに、音の発生源を見つけた。


 その傍に焚火があるとはいえ、深夜と呼べる時間で辺りは暗くはっきりとその姿は見えないが、緑がかった生き物3匹と1人の人間が戦っている様であった。

 ルースは近付き過ぎずに立ち止まると、そこで凝望ぎょうぼうする。


 人間の方もゴブリンらしき物も、背丈があまり変わらない所を見る限り、その戦っている者は大人ではなさそうだ。

 ゴブリンの身長は150cm位だと言われるが、それは低級のゴブリンで、その最上位ともなればゴブリンキングという物になるらしいが、上位の魔物はそんなに小さくはないだろうなと、他人の戦闘を見ながらルースは思っていた。


 なぜ助けに入らないのか…それは今闘っている人物が、剣をどれ位使えるのかを見定める為だ。急に入っていって全く要らない手助けならば、目も当てられない。

 だが少し見た限り、余り上手い戦い方はしていない様だなと、ルースは観察する。


 まず、剣を持って戦ってはいるものの、その動きはただ振り回しているだけのゴブリンと大差なく見える。

 それは焦っていての動作なのかもしれないが、魔物を前に戦うのであれば、冷静でなければならないとルースは考えていた。


 しかしそうは言っても、そもそもゴブリン3匹に少年が一人なのだ。

「うわっ!」

 と、ゴブリンに次々と剣を突き出されて、とうとう体勢を崩した少年が膝をついた。

 とっさにルースは、自分を押し出す風魔法をかけてそこへ駆けつける。


 ―― カキンッ! ――


 ルースは、その少年との間に入り込み迫る剣を弾けば、剣を押し戻されたゴブリンは、コロリと尻もちをついて転がっていった。

 視界の隅に少年を見れば、すぐさま体勢を立て直そうと動き出していた。それを確認したルースは、1匹のゴブリンに狙いを定め、確実に深手を与えていった。



 程なくして最後の1匹が倒れ、ルースは剣を収めて少年を振り返る。

 その少年は肩で息をしているものの、大した怪我もなさそうなので、ルースはその場を離れて道へと戻りだした。


「待ってくれ!」


 数歩進めば、背後から呼び止められる声がする。その声に立ち止まり振り返ると、ルースは少年を見た。


「何でしょうか。もうゴブリンはいませんよ?」

 淡々と返すルースに、少年は焦ったように言う。

「いや、そうじゃない!助かったよありがとう!」

 と、ルースに向かってその少年は頭を下げた。


「いえ、たまたま通りかかっただけですので」

 ルースはそう言って会釈を返すと、踵を返してまた歩き出した。


「ちょっと待ってくれって!」

 と、また呼び止められたルースは、振り返って理解した。


 ああこれは、倒したゴブリンの処理を手伝って欲しいのだな…と、斜め上の事を考えているルースをよそに、少年はルースの所まで走ってきて、その手を掴んだ。

 そして止められたルースは、その少年を見つめる…。


「私に処分を手伝わせようとしていますね?」

 真顔で問いかけるルースへ、少年は真っ赤な顔で、大声を上げた。


「ちげーよっ!!」

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