第16話 身の程
『グゴッ』
『グゴゴッゴギッ』
ルースの耳にも直接、鳴き声が聞こえてくる。
そしてガサガサと草を踏み分ける音に続き、バタバタと足音をさせた緑の生き物が2匹、道へと現れた。
運悪く、今ルースが立っていた場所が風上だった為、嗅覚の発達したそれらに気付かれ、木々の中から飛び出してきたのだった。
目の前に現れたそれは、ルースの知識の中で“ゴブリン“と呼ばれる物と該当する。
「ゴブリンですか…」
そう言ってルースは、マイルスからもらったばかりの剣をスラリと引き抜く。その段階で既に相手のゴブリンは、ルースに向かって道を駆け出していたのだった。
『ブュギー!』
『グョギギー!』
叫びながら迫ってくる緑の物を、ルースは落ち着いた眼差しを向け、1体ずつ対応することに決める。
しかしながら、ルースは魔物と対峙するのは初。しかも低級と言えど、相手も刃こぼれした剣を振り回している。
ルースはすり足で足元を探りながら、まずは1匹、と剣を構えた。
2匹は、ほぼ同時に突っ込んでくるとはいえ、しっかりと見ていれば連携している事もなさそうで、グゴグゴと叫んではいるが話し合っている風でもない。
始めに突っ込んできた1匹目を剣で往なして横へずれると、2匹目はルースがいた場所へ剣を突き出した。
(脇が甘いですね)
両手で剣を突き出している体勢の脇腹へ向け、ルースが剣を横なぎに振れば、吸い込まれるようにゴブリンに当たる。
―― ザクッ! ――
『ブギィーイ!!』
剣が当たった方がよろけてルースから離れると、そこへもう1匹が剣を振り上げて向かってくる。その動作に、振り下ろす剣をまた強めに往なしてやれば、剣を弾かれたゴブリンもよろけて後退する。
(ふむ。力はあまり強くはないのでしょうか。剣筋もでたらめで、ただ振り回しているだけ…という事ですね)
ルースは剣を振りながら、ステップで間合いを調整しつつそんな風に考える。
そして、一度切り付けていたゴブリンが再度向かってくれば、それにまた剣を当てる。
―― ズバッ! ――
『ギャー!!』
今度は袈裟懸けに切られたゴブリンが、断末魔の声を上げて倒れた。
それを目尻でとらえたルースは、更にもう1匹へと狙いを定めた。
倒れた仲間に怒ったのか、ゴブリンは大声で叫びながら剣を振り回し、ルースの間合いの邪魔をする。だがルースは淡々とその剣を往なしつつ、大きく弾いて隙をつく。
―― ザクッ! ――
『ギィィー!!』
ルースは、突きは使わず今回も横なぎに振る。本日の剣の練習よろしく、ルースは焦りもせずに自分の間合いと相手の動きを見ながら、今度は大きく剣を振った。
―― ズバッ! ――
2匹相手に10分程は戦っただろうか…。やっと2匹のゴブリンを地に沈めたが、ルースも肩で息をしていた。
「はぁ…はぁ…案外大変でしたね…」
自分の反省点を踏まえ、ルースは息を整えつつ次回の対応を思考した。
そしてふと思う。
そう言えばこの魔物は、このまま放置するのはダメですよね?と。
よく見なくてもこれは、素材として使えそうな部位も所持品もない。
「………」
マイルスに、倒した後の事も聞いておけば良かったと考えるも、今更聞く事もできず、ルースは一旦そこで座り込んだ。
「さて…どうしましょうね、コレ」
ルースは真面目に言っている。あぐらの足に肘を置き、その手の上に顎を乗せた。この姿はマイルスが時々していたポーズで、この姿勢にすれば何かがひらめくのではと、本気で思っているルースだった。
「………」
だがここで時間を掛ければ、すぐに日も暮れてしまうだろう。
「これは絶対欲しがる人はいませんよね?…だとすれば、破棄?」
そう順を追って考える。自分であればゴブリンは欲しくないと、そう思っての事だ。
「では破棄する場合…燃やす?でも、ここで燃やせば木に燃え移るかもしれませんね…」
ふむ、と黙り込んでおもむろに立ち上がる。
「ではコレは、埋めてしまうのが一番ですか」
そう呟けば、林のそばに立って詠唱を始める。
「母なる大地の器をここに開かん。 “
ボコリとルースがそこへ出した穴は、縦2m、横2mほどのものだった。
「これ位の大きさなら大丈夫でしょう」
と一人で満足気に頷くと、今度は風魔法を放つ。
「友たるものよ、我の手から放たれん。“
今度はルースの手から風が吹き付け、息吹というには少々強い風が、道に倒れるゴブリンを転がして穴へと落とす。
「んん…初級魔法と言えど、操作が難しいですね…」
と、魔法の練習をしているかの如くそう呟けば、その上から魔法で土を掛けてゴブリンを埋める。
そして、たった2匹の魔物に随分と時間をとられてしまったなと、ルースは反省しながら又道を進み始めたのだった。
今回のゴブリンとの対戦は、魔法を使わず剣で戦った。
マイルスとの打ち合いは日々行っていたが、ルースは魔物と対峙すること自体が初めてであり、自分の剣の腕を確認する為に、わざと魔法を使わず戦ったのだった。
その結果、「経験値が足りませんね」とそのままの結論にたどり着く。
そんな事を考えながら歩けば、そろそろ日が傾き、照らされる道が赤くなってきた頃、ルースは足を止めて遠くを見つめる。
ここは何もない道だ。
それを見れば、本当に自分は1人なのだと、やっと気付く。
ここまでは新たな旅に希望を膨らませ、村を出る事に注力していたが、いざ村の外に出てみれば、そばにない温もりに、やっと寂しさを感じたのだ。
今日は、進める所まで進んでから夜を迎えるつもりで道を歩き、薄っすらと空が灰色を帯びてきた頃に道の脇へと逸れた。
草むらに入り辺りを見回せば、見渡す限りの平原で障害物となるものはなにもない。
という事は、魔物が出ても姿が見えれば逃げだせるはずで、ルースはそこに腰を下ろし、荷物を外した。
ルースは大した荷物は持ってきていない、というより荷物はこの袋一つで、大したものは持ってはこれなかったのだ。だが少しの荷物でも、それを外せば体が少し軽くなり、ルースは一つため息を吐いた。
そして落ち着けば、一つの間違いに気付く。
「しまった…枯れ枝もないから火が熾せませんね…」
そう。ここは平原であって木々のそばでもなく、足元には草があるだけなのだ。
「これは歩きながら枝を集めておかねば、野営する時に何もできない…という事ですか」
旅の初日の反省点は、まずそこであった。
「旅の本でも読んでおけば良かった…」
と、今更なことを口にして失笑する。まぁそうは言っても、村にはその本はなかったのだが。
存外、旅とは大変なのだという事を初めて知ったルースは、手探りで袋から干し肉を出すと、それを食みながら初日の夜を迎えたのだった。
“ルース、起きて。ルース“
目を閉じていたルースは、シンディの声がした気がしてゆっくりと目を開けば、辺りは真っ暗で自分が外にいる事を思い出す。
シンディがここにいる訳はないなと考える前に、嫌な気配がする事に気付いた。
ルースは荷物を背負い剣を手に持ち、そこで気配を殺してゆっくりと立ち上がった。
何かがいる。それは判るが辺りは暗く、今日は月明かりもない。
(まずいですね…何も見えません)
ルースは道の方へとゆっくり後退し、周辺に視線を彷徨わせる。そしてルースの足元が草から土に変わった頃、それは音となってルースの耳に届いた。
― ドドッ ドドッ ドドッ ―
何かが走っている様な音がして、それはこちらへ近付いてくる。ルースの額から汗が流れ、ルースは剣を鞘から引き抜いた。
まずは状況の確認が先だ、と真っ暗な空へ手を上げた。
「清きものは我の心の炎となりて。“
ルースの手から出た炎は空へと駆け昇ると、上空で弾けて一瞬の間、ルースの視界を明るくした。
遠く、まだ随分と距離はあるが平原の先、大きな黒い塊が赤い
ルースは瞬時に理解した。これは今戦ってよい物ではないと。
ルースは踵を返し、道から外れぬよう土の感触を確かめながら駆け出した。
そして自分の背を押すイメージで、言葉を紡ぐ。
「“
それは無意識での言葉だったが、ルースは知らぬ内に詠唱の簡略をしていたのだった。その言葉は直後、背後からの追い風となり、ルースの体を押し出して加速する。
自分がしていることもわからず、ルースはそれを何度も繰り返し、いつの間にか空に明るみが差し始める頃となっていた。
一体どれくらい走ってきたのか、最早ルースには分からない。
背後の気配がない事にやっと気付いたルースは、そこで足を止めて背後を振り返ると、尻を付きその場にへたり込む。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
荒い息がなかなか整わず、しばらくそこにいる事になったルースは、手にしていた剣を鞘に収めてうなだれた。
「これは…つかい…過ぎましたね…」
ルースは知らずして魔力を使い過ぎており、一度止めた体は、もう思うように動かなかったのだ。
だが幸いにも、太陽が昇り始め周りも見える様になってきた。
ルースは周辺を見回し、数本の木が立つ場所を見つけると、そこへと向かい木にもたれかかれば、精も根も尽き果てた様に瞼を閉じたのだった。
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