第18話 ちぐはぐ

 いきなりの大声にルースは目を瞬かせた。

「違うのですか?」

 ルースの問いに、その少年はブンブンと首を振っている。

「違うって…」

 と、少年は気の抜けた声で話す。そして“はー“とため息を吐いて、ルースを見た。


「そんなに急いで行かないでくれよ…少し休んでいってくれって」

 少年はそう言うとルースの腕を引っ張り、焚火のそばまで進んで行くと、そこで腰を下ろした。


 しかしルースは立ったまま、周りのゴブリンが目に入って眉間にシワを寄せていた。

「………」

「おい、座ってくれって…」


 ルースが声のする方へ視線を向ければ、眉を下げた少年の顔が見えて、黙ってそれに従った。

 やっと腰を下ろしたルースに、少年は苦笑して話し出す。


「さっき言いたかったのは…あれだ。助けてくれてありがとうという事だ」

 と言って頭を下げる。

「それは先程聞きましたが…」


 それにも苦笑して、少年は言葉を続けた。

「俺は15歳、“フェル“って名前で一人旅の途中なんだ。俺はここから北にある、“カルルス“という町へ向かってる」

 と、そう言って自己紹介をした。

「そうですか。ご丁寧にどうも…」

 とルースも頭を下げる。


「……で、お前は?」

 フェルはルースにも自己紹介を促すので、ルースは「そういう事ですか…」と言った。

「?」

 ルースの小声にフェルが首を傾げれば、「話し相手が欲しかったのですね?」とルースは言う。


「ちげーよ!」

「……余り、大声を出さない方が良いですよ?また魔物が出るかも知れませんからね」


 ルースと続かない会話をするフェルが、額に手を置いて。

「お前…かわってんな…」

 と、もっともな事を言った。


「そうですか?初めて言われましたけど…」


 ルースはボルック村以外の子供と話した事はないし、村では何も言われる事はなかったが、それは会話も覚束ないルースを初めから知っていたからで、いちいち突っ込む者がいなかった、というだけの話だった。


 キョトンとしているルースへ、フェルが視線を戻す。

「呼び止めたのは、助けてもらったのにすぐに“じゃあな“というのが、俺の中では変な事だったから、呼び止めただけだよ」


 そう言いながら、フェルは水筒を取り出すとルースへ差し出した。それを不思議そうにルースが見れば、ずいっと又差し出してくる。


「何ですか?これは」

「水だよ…」

「それはそうでしょうね…アルコールは飲まないでしょうし」

「だから、何でそうなるんだよ…」


 なかなか会話の進まないフェルは、ルースに手こずっている。

「喉が渇いているかと思ったんだよ。飲んでくれって」


「…そういう事でしたか。お気持ちは嬉しいのですが、私は大丈夫ですので」

 とルースは水筒を押し戻す。

「そうかよ…」

 戻されたフェルは苦笑して、水筒をあおった。


「それで、自己紹介ですか…。名乗るほどの者でもありませんが、私はルースといって今年で15歳です。うかがった話では、同じ年という事になりますね」

「ルースか…。ルースは、その年にしては爺臭いとか言われなかったか?」

 と、いきなりフェルは直球を投げた。


「…じじくさい…」

 その言葉の意味を噛みしめるように繰り返すルースへ、少し言い過ぎたかなとフェルが口を開こうとすれば、ルースが独り言ちた。


「爺臭いとは、熟成された大人の様な雰囲気を醸し出している…という事でしょうか」


 その呟きを拾ったフェルが、今度は独り言ちる。

「なかなかの強者だな…」

 と。


 続かぬ会話も何とか進み、互いにカルルスを目指している事もわかった。

「へー。じゃあルースは、カルルスで仕事を探すのか?」


「いいえ、別にカルルスでと決めていませんよ。ある程度とどまって、又次の町へ移動するつもりですが…まぁ何か小さな仕事でもしないと、懐が寂しくなりますけどね」


「そうだなぁ。俺もカルルスで仕事があるといいな」

 そうフェルが言えば、ルースは彼に尋ねる。

「貴方は何の仕事に就くつもりですか?」


「俺は騎士として働く」

 ルースの問いに、フェルは誇らしそうにそう話した。だがそれを聞いたルースは、先ほどの戦闘場面を思い出し、“騎士“という言葉に引っ掛かりを覚えた。


「騎士…ですか?」

 とルースの問いかけに、フェルは大きく頷いた。

「ああ、そうさ。俺の職業ジョブは“騎士“なんだ。だから、すぐにでも騎士として働きたいと思ってるけど、騎士の募集がすぐに見付かるかは、行ってみないとわからないよな…って」


 その言葉に、ルースは動きを止めてフェルを凝視する。

 フェルの顔は本気の様で、冗談を言っている様には見えなかった。


「あの…つかぬ事をお尋ねしますが、剣は師に教わりましたか?」

 その問いに、困ったような笑いを浮かべた。


「いいや、俺がいた村には剣を使える者がいなかったんだ。だから誰にも教わってないぞ?あ、でも5歳位まではじーちゃんが、剣の握り方とかを教えてくれたけどな」


「その方には、ちゃんと習わなかったのですか?」

「…そのじーちゃんは、俺が5歳の時に死んじまって、その先を教えてもらう事はできなかったんだ」

「そうでしたか…ではそのお爺さんが、騎士だったとか?」


「おおっよくわかったな。じーちゃんは騎士の職業ジョブを持っていて、昔は王都で働いていたんだって、いつも話してくれてた。それで俺も騎士を目指して、一人で毎日練習していたら騎士の職業ジョブを賜ったという事さ」

 へへっと鼻の下を擦りながら、フェルが話してくれた。


「そうですか…」

 だが、ルースの言葉は少ない。

「ん?何かあったか?」


 不思議そうに覗きこんでくるフェルに、ルースは苦笑して話し出した。

「正直に申し上げて、貴方の今の腕では、すぐに仕事に就くことは難しいでしょう」

「はぁ?そんなにか?!」

「ええ。そんなに…です」


 ルースとフェルの間で、重たい空気が流れる。


「じゃあ…」

 と、下を向いていたフェルが、顔を上げてルースを見た。

「お前が俺に、剣を教えてくれよ」


 その言葉にルースは目を見開く。

「……」

「あーお前の話は年寄り…コホン、丁寧かも知れないが、顔にはむちゃくちゃ出るんだなぁ…」


 フェルの指摘通り今のルースの顔は、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「…お聞きしますが、なぜ私が貴方に、剣を教えなけばならないのですか?」


 ルースの言葉にフェルは笑う。

「だって、ルースは強いだろ?それにカルルスまでは一緒なんだから、その間にちょちょいと俺に教えてくれよ。な?いい案だろ?」


 何が良い案なのか、ルースにはさっぱりわからないし、しかも、いつの間にかカルルスまで一緒に行動する事にされている。

「……」

 その言葉に唖然とするも、ルースも少し寂しさを覚えはじめていた頃で、これも何かの縁かとフェルを見つめた。

「まぁそうですね…目先の目的地は一緒ではありますので、そこまで同行する事は、良しとしましょうか」


「お?じゃあ頼むなっルース!」

 フェルは嬉しそうに、ルースの肩をパシパシと叩く。

 今の言葉では、何に対してよろしくなのかは分からないが、きっと彼の中では剣を教える事も含まれているのだろう。これは早まったかと思ったが、今更考えても仕方がないなと、ルースはため息でフェルの言葉に答えた。


「でな、俺の出身はこの国の東にある“リト村“という所だ。ここまでは3日かかって辿り着いたんだが、魔物と会ったのは今日が初めてだった」


 ルースはフェルの話に、それは運が良いなと思う。

 ルースは出発したその日に、既にゴブリンに出くわしていたし、その後も大型魔物らしき姿も見ていたのだ。

 もしフェルの剣の腕であの大きな魔物に出会っていれば、彼はきっと助かってはいなかっただろうと考える。まぁルースも、逃げるしか道はなかったのだが。


「いやぁ、寝てたら急に変な声が聞こえて飛び起きたんだ。で、あれだろ?とりあえず何とかしなくちゃって、無我夢中でさ…本当、ルースが来てくれて良かったよ…」

 そういったフェルがゴブリンの転がっている方を見た。


「そうでしたか…それで、あれはどうするつもりですか?」

 ルースはゴブリンを指さし、フェルに聞く。

「え?どうするってどういう意味だ?」

 ルースの言っている事がわからないらしく、そう聞いてくる。


「魔物は倒した後も、ちゃんと処理をしないといけません。素材として利用できる物は剥ぎ取って残りは処分しないと、血の匂いで又魔物が来たり、放置すれば腐敗して悪臭を放つことになるでしょう?」


「へ?そうなのか?」

 キョトンとしているフェルに、今度はルースが頭を抱えた。

「では…このまま放置するつもりだったのですか?」

「…うん」


 エヘヘと頭を掻きながら、フェルは“あっ“と声を出す。

「そうか…だからさっきルースは、“処分“と言っていたんだな」

 眉を下げながら、今気付いたとフェルは言う。


「はぁー」

 そんな言葉に、ルースは大きな息を吐き出してうなだれた。


「これは結局私が思った通り、処分を手伝う事になりそうですね…」

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