第14話 祝福
翌日はルースが教会へ行っている間、マイルスとシンディには村の者達から、さまざまな声が掛けられる事となった。
マイルスが村の中を巡回していれば、年配の者達から祝福の声を掛けられ、若い女性には悲しそうに「おめでとう」と言われる始末。
何の事だと聞いてみれば、村中がシンディとの結婚話を知っており、マイルスは額に手を置いて唸った。
シンディとマイルスは、先に村長へ結婚の報告をするつもりで話していた矢先の事で、これでは村長に話すのが後になってしまったと、頭を抱える事になったのだった。
そしてシンディはシンディで、薬を取りに来た者に祝いの言葉を言われて戸惑い、これはルースね…と心の中で苦笑したのだった。
そんな訳で、村の巡回を終わらせたマイルスが、午前中、早めにシンディ宅へと足を向けていたのだった。
「さっきフィン君のお母さんから、お祝いの言葉をいただいたの…」
シンディはマイルスへそう報告する。
「俺は…外で会った人みんなから…だな」
とマイルスは苦笑している。
「多分、ルースが教会で話したんじゃないか、とは思うんだけどね…」
シンディはそう言っているが、それは半分本当で半分はルースのせいではないのだった。
前日、確かにルースは「騎士」の話をしたが、相手が誰だとは一言も言っていない。
それは実のところ、2人が付き合うのではと村の者達が予想していた事であり、2人の態度とルースの言葉が重なり、広まっていただけだった。
それを知らず2人は、祝いの言葉を素直に受け入れたものだから、「やっぱりね」という話になったに過ぎず、一概にルースのせいにするのもどうだろう、という処である。
しかし、そんなことは知らないシンディとマイルスは、揃って村長宅へと向かって行った。
コンコンッ
「カーラルさん、いますか?」
シンディの声に家の扉が開けば、中から笑みを浮かべたカーラルが顔を出す。
「ああ、おはよう2人共。入っておいで」
カーラルは2人を家に招き入れると、テーブルへと案内する。
イリスが4人分のお茶を持ってそのまま席に座れば、カーラルとイリスにシンディとマイルスが向かい合って席に着いた。
「今日は村長に、報告に来たんだが…」
マイルスがそう切り出せば、カーラルとイリスが笑みを湛えたまま頷いた。
「私たち…結婚することになりました。そのご報告で…」
シンディは照れたように言葉少なに話せば、カーラルが訳知り顔で頷く。
「おめでとう、2人共。やっと…というところかな?」
カーラルがそう言えば、マイルスが苦笑する。
「村長にもバレバレでしたか…。ええ、やっと話せました」
と、少々緊張気味のマイルスが言う。
「ふふふ。昨日はシンディが結婚するらしいと聞いたから、相手はマイルスさんでしょうね、と皆で話していたのよ。これで相手が違っていたら大変な事になっていたわね」
カーラルの隣から、イリスの声がする。
この話を聞いた2人はやっと、マイルスの名が出ないまま話が広がっていた事を理解した。
「それで、いつ式を挙げるんだい?」
嬉しそうなカーラルから問いかけられるも、まだ何も決めていなかった2人は、顔を見合わせて苦笑する。
「えっと…まだ何も決めてはいないのですが、私はもう若くないので、別に式を挙げなくても良いかな…とは思っています」
「あらっ駄目よ、シンディ。一生に一度の事なんだもの、ちゃんと結婚式は挙げなさい?何だったらドレスは私が着たものを直せば良いし…ねぇ?あなた」
イリスが隣のカーラルへと問いかければ、カーラルも大きく頷く。
「そうだよ?2人共ちゃんと式を挙げなさい。良い思い出になるよ」
カーラルとイリスの言葉に、シンディとマイルスは顔を見合わせて頷く。
「そうだな。俺も綺麗に着飾ったシンディを見たいな…」
そうマイルスがポツリと零せば、シンディは真っ赤になってうつむき、村長夫妻は微笑ましくそれを眺めた。
こうしてシンディとマイルスは、この一か月後に教会で結婚式をする事となった。
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「健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心をつくすことを誓いますか?」
司祭チェスティンの言葉に、ひざまずいたシンディとマイルスは顔を上げ、はっきりと言葉を返す。
「「はい。誓います」」
チェスティンは笑みを湛えたままそれに頷くと、次の言葉を紡ぐ。
「それではここに、マイルス・モリソンとシンディ・トニーヤを夫婦と認め、神々の祝福を願い永遠の愛をささげましょう。この善き日の2人に、皆さんから盛大な拍手を…」
「「「「わー!!」」」」
パチパチパチパチ
今日この2人は、村の教会で結婚式を挙げた。
いつもは静かな教会の礼拝室も、窓からの光を受け虹色の光を纏うシンディとマイルスを、村人達が笑顔で祝福していた。
「「おめでとう!!」」
2人は外に向かって中央の通路をゆっくりと歩きながら、見守ってくれていた村人達に笑顔を見せている。
ルースは一番前の席で、その幸せそうな2人に拍手を送りつつ、ここまでの事を思い出していた。
この一か月は本当にあっという間で、噂の出た次の日にはシンディ宅に女性陣が押し寄せ、花嫁衣裳のサイズ合わせやら花束だのと、色々な準備を始めていた。
ルースは教会からマイルスの家に寄り、いつもの様に剣の練習をして帰っていたが、さすがにこの一か月はシンディが迎えに来る事もできず、一人で家まで戻っていた。
そして、そこまで忙しくなっているシンディとはゆっくり話す時間ともれず、ルースが2人の結婚式の翌日に村を出るつもりである事を、話しそびれていた。
ルースは家に戻ると、疲れているシンディをそっとする為、部屋に入って自室の片づけを始める。
ただルースの手持ちは少ない。シンディから借りている魔法の本、勉強で使った自作の資料、後は衣類が数着と少しの小遣い位である。
その為片付けるものは初めから殆どなく、布の袋に持って行くつもりの服を入れ、保存食を入れれば、更に旅の支度も終わりだった。
そして前回、行商人がきた時に買った1本のナイフを取り出す。このナイフは飾り気のない物だが、ルースの手に馴染みそしてずしりと重い。
ナイフを鞘から抜き刀身を見れば、その刃に映る金茶色の髪に
ルースはこの森で拾われて5年。
初めは自分の状況を何一つ解っていなかったが、言葉を覚え、本を読み、知識を付けていけば、自分にはそれまでの記憶がないのだと思い至った。
それに何とも思わなかったと言えば嘘になるが、解らない事を考えても仕方がないのだと、心のどこかで諦めたのだ。
シンディも村の皆も、その記憶のない薄気味悪い自分に対し、悪く言う処か親切に村の者と変わらず接してくれた。
その為、今ではこのボルック村が自分の故郷であると心の底から思える程、ルースはこの村の事を大切に思っていた。
そして家族であるシンディは、やっと自分から解放され、新しい家族と共にこれからを歩んでいく事となるだろう。
少しの感傷に浸る事もあるかも知れないが、大好きなシンディと剣の師匠であるマイルスに、ルースは幸多く訪れる様にと、教会の虹色の光の中で目を瞑った。
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結婚式が終わり、シンディとマイルスは控室にいる。そこへ家族であるルースも集まり、やっと一息ついたところだ。
「2人共、おめでとう」
ルースが改めてそう声を掛ければ、2人は一度顔を見合わせ、笑い合ってからルースを見る。
「ありがとう、ルース」
「ルースにそう言ってもらえるのは、嬉しいな」
シンディとマイルスは、照れながらも嬉しそうだった。
だが、水を差すような形になるかも知れないが、これからこの2人に、ルースは大事なことを伝えねばならない。微笑む2人に、ルースは真摯な目を向けて姿勢を正す。
「2人は、シンディの家の住むのですか?」
と、まずルースは尋ねる。
「ああ。俺があの家に住むことになるな。これからよろしくな、ルース」
マイルスはそう言って、嬉しそうな笑顔を向ける。
「では、私の部屋は2人の子供部屋にして下さい」
ルースは努めて笑顔で返せば、マイルスから反論が出る。
「いいや、部屋は増やそうかと思っているから、ルースは気兼ねせず、あの部屋を使ってくれ」
「あら?部屋を増やすつもりなの?」
シンディはいたずらっぽく、マイルスに聞いた。
そこへルースの静かな声が入って来る。
「いいえ。私は明日、村を出ます。だから私の部屋は、使ってくださって構いません」
シンディとマイルスは、ルースの言葉に目を見開く。
「そんな…どうして…」
シンディは小さな声で呟くが、マイルスは自分のせいかと声を出す。
「俺が一緒に住むのが嫌なら、俺は…「いいえ、そうではありません」
マイルスの話の途中に、ルースは言葉を挟んだ。
「私は、ここに来るまでの記憶がありません。だから
ルースがそう話せば、シンディは泣きそうな顔でルースを見る。
「だからって…こんな急に…」
「伝えるのが遅くなった事は謝ります。ですが、今だからこそ私は、旅に出たいのです」
そう言ったルースの目は真剣で、シンディもマイルスも、ルースの言葉の重みを知る。
マイルスは泣きそうなシンディの肩を抱くと、ルースを見た。
「わかった。まぁ俺のせいではないのは良かったが…。だが旅に出るとして、その先の事は決めているのか?」
マイルスは同じ剣士の
「実を言えば、先の事はわかりません。ですが、私の記憶と何か繋がるものがないかを探しながら、冒険者など、剣士としての職に就きたいと考えています」
「…そうか…では誰かとパーティを組むと良い」
「パーティ…ですか?」
「ああ、パーティとは仲間だ。一緒に依頼を熟し共に成長する友、という事だな。一人では困難な事も仲間と協力すれば、何倍もの結果となるだろう」
ルースとマイルスが先に話を進めていれば、シンディから不満の声がする。
「もう…勝手に2人で話を進めて…その流れだと、旅に出てからの話になってるわ?」
マイルスはシンディの話に苦笑する。確かにそうなっていたなと。
「はい。私は明日、出発します。2人の門出が私の旅の始まりとなる事を、私は嬉しく思います」
ルースはそう言って、柔らかな微笑みを2人へ向けた。
本当にルースは大人になるのが早過ぎると、笑おうとして失敗したシンディの目から涙がこぼれる。
そのシンディの肩に手を置いているマイルスは、その手に力を籠めると「3人の門出だな」と、ルースの旅立ちに心からの祝福を送ったのだった。
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