第12話 眼差しの先に

「おはようございます、マイルスさん」


 毎朝の鍛錬を終えると、マイルスは村の巡回に出る。その為マイルスは、こうして村人たちから声を掛けられる事も多くなっていた。


「おはようございます。アマンダさん」

 マイルスは声を掛けてきた女性に、挨拶を返す。それは一様に優し気で、無造作に伸びた赤い髪から覗く目元にも、その誠実さが表れている。

 その様を見て村の若い女性たちは、幼馴染以外で見る若い男性、といってもマイルスは32歳なのだが、その男盛りの村人に、女性たちが熱い視線を向けている事に、当のマイルスだけは気付いていなかった。


「今日もご苦労様です」

 そう言ってアマンダは、熱い視線をマイルスへと向ける。


「いえ、これが仕事ですから。何か困った事があれば言って下さい」

 マイルスは皆に同じ会話をしているのだが、言われた方は自分に気を配ってくれている、と思っている者も少なくない。

 別にマイルスは、当たり前の事を言っているだけなのだが、閉鎖的な村にはそれも特別なものと映るのだろう。


「はい、ありがとうございます。何かあったらお声を掛けさせてもらいますね」

 言われたアマンダは嬉しそうに返事をして、手を振って去っていった。


 それを見送ってからマイルスは村の巡回を続けるが、行く先々で同じような事を繰り返していた。

 頬を染める女性たちに、村の若い男達は慌てて意中の女性に結婚を申し込む者が増え、新しい家族が増えた事に村長と司祭だけは喜んでいた様であった。




「やぁシンディ」


 夕方、剣の練習を終える頃、ルースを迎えに来るようになったシンディに、マイルスは声を掛ける。

「今日もありがとうございました」


 マイルスが来てからもう半年になる。

 ルースがマイルスの家に通っている事もあり、シンディとマイルスは随分と会話の回数も増え、友人と呼べる程には親しくなっていた。


「ほらルース、シンディが来たぞ」

 マイルスの言葉にルースは渋い顔をする。

 ルースは一人で帰れるといっているのだが、シンディが心配し、こうして毎日迎えに来るのだ。

 少し離れているとはいえ、隣の家なのにとルースはシンディに言っているのだが、シンディは魔物が出る可能性もあるからと、聞いてくれなかった。

 その一方、毎日シンディと会える事を喜んでいる男がいるのだが、ルースには分からない事である。


「迎えに来なくてもいいのに…」

 ルースがシンディに言えば、心配性のシンディは困った顔をするだけで、ルースに何かを言うことはない。


 シンディがルースと暮らし始めてもう3年半以上が経ち、シンディとルースは、お互いを本当の家族のように思っていた。

 今更シンディは、一人の生活に戻る事など考えられない程には、ルースとの時間を大切に思っている。


「ルース、せっかく迎えに来てくれているんだ。ありがたく思えよ」

 マイルスは、ルースの様子を微笑ましく見るものの、ついつい一言いいたくなってしまうのだ。


「むぅ…」


 ルースはまだ13歳、いくら成長が早いといってもまだ子供で、心配されたりするのはくすぐったいというのか、少々落ち着かない様であった。


「私はもう13です。シンディも自分の事を優先させてください」


 今までルースの事を中心に、生活してくれていた事がわかっているルースは、シンディには少しでも手を煩わせたくないと思っている。

「ルースが良い子に育ってくれて嬉しいわ」

 ルースの言葉に、そう言ってシンディは微笑むのだった。


「ルースの腕も大分上達してきたから、明日から剣を持たせようと思うのだが、構わないか?」

 マイルスが2人の会話に、そう言って入ってくる。


 この半年、ルースに剣を教えていたマイルスであったが、ルースは覚えもよく剣筋も美しいものとなっていた。

 マイルスと会うまで、誰に教えてもらっていた訳でもないルースだが、元々の才能がありそうだとマイルスが思う程、ルースは剣との相性が良いと感じていた。


「もう…ですか?」

 言われたシンディは以前マイルスから、刃物はルースの上達をみてから持たせる、と方針を聞いていた為、たった半年でそこまで上達したのかと、疑問を呈する。

「ああ。ルースはもう冒険者になれる位には、剣術を極めているんだ。ただ実戦はさせていないし、真剣を持たせてはいないが、打ち合った感じで俺はそう感じている」


 マイルスは普段、ルースの事を一切褒めないのだが、その人物の口から賞賛とも呼べる言葉が出た事に、ルースは目を白黒させていた。


「まぁ…。私は剣の事はわかりませんので、マイルスさんのご判断にお任せします」

 シンディは、自分が褒められたかの如く嬉し気に笑うと、マイルスへ一任する旨を伝えた。


 それにマイルスは頷いて、「では明日から本物を使うからな」とルースへ告げる。

「はい!よろしくお願いします!」

 ルースはやっと、本物の剣を使える事に嬉しそうに笑った。


 そして翌日からルースは、本格的に剣を習い始める事となったのである。

 それからはマイルスの予備の剣を借り、少し大きな剣を使い剣の稽古を始め、懸命に体を鍛えていった。



-----



 こうした日々を送り14歳になったルースは、ステータスの確認を済ませる。


~~~~~~~

『ステータス』

 名前:ルース

 年齢:14歳  (前回:13歳)

 性別:男

 種族:人族

 職業ジョブ:―

 レベル:―

 体力値:98  (前回:65)

 知力値:67  (前回:50)

 魔力値:75  (前回:60)

 経験値:55   (前回:48)

 耐久値:35   (前回:22)

 筋力値:33   (前回:21)

 速度値:36   (前回:22)

 スキル:倍速 (前回:同)

 称号:―

~~~~~~~


■※14歳参考平均値

~~~~~~~

 体力値:80

 知力値:50

 魔力値:40(※保有者の平均値)

 経験値:30

 耐久値:27

 筋力値:23

 速度値:31

~~~~~~~


 前回まではピーターと遊び体を動かした事により、低かった数値が平均程まで上昇したのだが、14歳となったルースは、マイルスから本格的に剣術を習い始めた事もあり、全体が急激な伸びを示していた。


 ルースのステータスを見た司祭は、ルースの尋常ならざる成長に、記憶をなくしている事といい、この少年は何かを背負っているのであろうかと、ルースの行く未来が光輝くものとなるよう、神々へ祈ったのだった。



 そしてルースも14歳になれば、さすがにシンディとマイルスが、単に隣人として接しているだけではない事に気付き始めてもいた。

 毎日迎えに来てくれるシンディも、それに応対するマイルスも、ルースの為だけではないと呼べる行動をとっている事に、やっと気付いたルースだった。

 その為ルースは、2人が会う機会を損なうようなことは言わなくなった。

 ルースから見ても2人が互いに好意を抱いている事がわかるし、邪魔をするつもりもないと、大人になったルースはそう考えていた。



 そしてこの頃のルースは、教会での勉強に至っては教材の殆どを読み終わり、今は大人が読む学術書レベルの物を読むまでとなっていた。

 家からシンディの魔法に関する本を持ち込んだり、司祭が個人で読んでいる本を借りて学んでいる。


「ルース君の読む本がないですね…」

 司祭がある日そう呟いた。

「司祭様、ご心配いただかなくても、復習の意味で同じ本を読むことも勉強になっています」

 ルースは物覚えも良いが、物分かりも良いのだ。無いものは無いのだとそう割り切り、本人はそのことを特に気にもしていなかった。


「すいません、ルース君に気を遣わせてしまい…」

 司祭はルースに対し一人の大人として接しているため、しっかりと謝罪の言葉を口にする。だがルースも司祭も、ここが辺境の村である限り、これ以上はどうにもならぬことと解っての会話である。

 そして本というものは基本的に値段が高く、司祭が個人で所有する本が2冊あるが、それは普通の者からすれば凄い事であった。


「いえ、司祭様の大切な本まで読ませてもらえて、ありがたいです。それだけで私は、恵まれていると言えます」


 この学びの間の教材は、今まで学んできた者が羊皮紙ようひしに書き写した物を、教材として次の者が使っている。

 その為、時々書き間違えや写し間違えがあり、司祭がそこを手直しして使っていた。

 そしてそれらを全て読み終えているルースは、もうこの村の者がもつ知識を全て入れてしまっているという事であり、これ以上の知識ともなれば、言ってしまえば上位の学問を学ぶことを意味していた。


「司祭様、本当にお気になさらず」


 そう言ってルースは心からの笑みを、司祭へ向けるのであった。

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