第11話 役割と意味

「ただいま」


 シンディとマイルスの話の終わりが見えてきた頃、教会からルースが帰ってきた。

「おかえり」

 シンディは入ってきたルースに笑みを向ける。


 ルースは、家に入って来るなりマイルスに目を留めると、カツカツと進み、2人が座るテーブルのシンディの隣に立って、マイルスを見た。


「おじさん、何の用ですか?」

 ルースは、村長からシンディを護るよう言われている事を実践し、マイルスを威嚇している。

 その事にシンディは気付いていないが、マイルスは敵意を向けられている事を密かに感じ、面白そうにルースをみる。


「ルース。おじさんはないだろう?」


 毎朝あいさつをする程度だが、ルースとマイルスは顔見知りだ。姫を護る騎士のように立っているルースを見て、マイルスは肩眉を上げた。

 2人のやり取りを見ていたシンディが、そこで声を挟む。


「ルース、マイルスさんは薬の事でいらしてるのよ」

 渋々と「それなら良いですよ」と呟くルースに、承諾をもらう必要もないのだが…と、マイルスは半笑いする。

「では、騎士様も戻られた事だし、俺は失礼するよ」

 と立ち上がったマイルスは扉へ向かった。

「では2日後に取りに来てください」

「承知した」

 シンディとマイルスは扉口でそれだけ交わすと、マイルスは家の方角へ去っていった。


 扉を閉めて振り返ったシンディは、ルースに向き合う。

「じゃあ、ルースはこれから魔法の練習ね?…悪いけど、少し作業が残っているから、先に一人で始めていてくれる?」

「わかりました」

 マイルスが帰り、シンディは作業途中だったものを終わらせる為に部屋へと戻れば、ルースは裏庭に行き一人魔法の練習を始めたのだった。




 その後も毎朝ルースは、マイルスが庭先で剣の鍛錬をしている時に、顔を合わせている。

 ルースはマイルスへ特に話しかけるでもなく、ただ数分、マイルスの動く姿を見てから教会へと向かっている。

 それが気になっているマイルスは、ある朝ルースへ声を掛けた。


「いつも見ているが、剣を使えるようになりたいのか?」

 それに対し、淡々とルースは答える。

「剣を使えるようにはなりたいですね…私はシンディを護りたいので」


 それは俺から護りたいのか?とマイルスは思わないでもなかったが、少年はそのような事を考える時もあるなと、自分を振り返って納得する。

「そうか…では夕方、一緒に剣の練習をするか?」


 何気なくマイルスが言えば、存外にルースは嬉しそうな顔をした。

「いいんですか?」

「ああ、構わないぞ」


 そんな男同士の会話があり、その日の夕方からルースは、隣の家のマイルス宅で剣の練習を始める事になった。事後報告だが、当然、シンディからの許可をもらった上での事である。



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「始めはこれを持って素振りだ」


 ルースがマイルスの家に着けば、マイルスは山から持ち帰ったらしい木の棒を、剣の形に切り出していてくれたらしく、いわゆる“木刀“と呼ばれる物をルースへ差し出した。

 ルースは、マイルスが扱っている剣を使わせてくれるのだと期待していたのだが、差し出されたのはピーターと毎日振っていた木の棒で、眉を寄せてそれを見る。


「………」


 手を出さないルースに、マイルスは苦笑する。

「なんだ、いきなり刃物を持たせてもらえるとでも思っていたのか?10年…いや、2年早い」

 辛辣なマイルスの言葉に納得のいかないルースは、何故なのかと理由を尋ねる。


「そんなもん、危ないからに決まっている。子供にいきなり刃物を持たせる大人はいないぞ?」


 ルースの問いに正論が返ってくる。仕方なく出された木の棒を握ったルースは、その違いに気付いた。


「重い…」


 ルースの呟きに、満足気なマイルスが話す。

「ただの棒ではない。それは実際の剣の重さに近い物だ。その棒で練習していれば、実物を持った時に違和感が少ないはずだ」


 マイルスの説明にルースも納得する。ルースもそれならば一言も文句はない。

「わかりました。この木刀を使いこなせるように頑張ります」

 そこでマイルスが頷き、2人は黙々と素振りを始めるも、すぐさまルースはいつもの木の棒とは、重さと握る手の感触の違いに戸惑う事となった。


 そして30分も過ぎれば、ルースの手は皮がむけ血も滲んでいる。

「むう…」

 ただの棒きれとは違い、マイルスの用意した木刀は、想像の何倍も大変だったのだ。

 マイルスが毎朝、軽々と剣を振っているのを見ていたルースは、やはり見るのとやるのでは全く違うのだと、思い知らされた。


 手を止めたルースにマイルスが近付いて、その手を覗き込む。

「ああ、皮がむけたのか」

 そう言って用意していたのか、マイルスは傷薬を出すと、ルースの手に刷り込む。


「っつ…」

「しみるだろう?だがこれは、シンディさんに治癒魔法で治してもらうなよ?これを毎回完全に治してしまえば、ルースの手はいつまで経っても、この柔らかいままだ」

 そう言ってルースに付けていた薬をしまうと、もう一度ルースを見る。


「剣がルースに合わせてくれる訳ではない。ルースが剣に合わせ、その刃を使わせてもらうんだ。ルースの手もこれから剣に負けないように、鍛えねばならない。意味はわかるな?」

「はい。私が剣と一体になれるよう、鍛えるのですね?」

「そういう事だな」


 ルースの言葉にマイルスは頭を縦に振った。

 その日以来、ルースの生活の中に剣の練習が加わり、勉強・魔法・剣によって知識、魔力、経験、速度、体力の強化を、ルースは知らぬ内に積み上げていく事となる。



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「昨日、北の森に魔物が出ました」

 ある日、学びの間に集まる子供たちへ、司祭が告げた。

「木を伐りだしていた人達が襲われ、ヨーゼフさんが怪我をしました」


 それは昨日の夕方には、村中の者が知る事となった話だった。

 ルースは薬師であり魔女のシンディと共に生活している為、不測の事態があれば真っ先に知らせが入るのだ。


 昨日その報を受け、シンディは怪我をしたヨーゼフ宅に向かい、治癒魔法をかけ心を落ち着かせる為の薬も処方したと、帰ってきたシンディから聞いていたルースだった。


「ここのところ、この村の近くにも魔物が出るようになっています。魔物は獣と違いこちらから反撃しても、まず逃げてくれることはないでしょう。魔物に会わない事を考え、森には近付かないようにしてください」

「「「はーい」」」

 子供たちの元気良い返事に、司祭は頷く。


 昨日の魔物は、異変に気付いたマイルスが途中で駆け付け討伐したが、今年、この村の近くに魔物が出るのは2回目だ。

 一度目に現れた魔物はレッドベアという熊の姿をした3m程のものが1体だった。その時は猟師士達の前に現れた為、彼らが弓で応戦し1人が怪我をしたものの、何とか倒す事が出来たのだ。


 この件があり、マイルスを雇う事になったのだが、彼はある意味“お守り“という立ち位置で雇ったに過ぎなかったはず。しかし、そのマイルスを早々に働かせる事になろうとは、村人たちは思っていなかったのだ。

 今回も襲ってきたのはレッドベア1体で、攻撃手段のない木こり達では太刀打ちできるはずもなく、ヨーゼフが怪我をしてしまったという訳である。


 だが、まだレッドベアだから良かったであろうと言えるのだ。これが、足の速い狼系の魔物や翼のある魔物であれば、被害はもっと甚大なものになっていただろう。

 そう考えている者は多分、自分だけではないはずだと、司祭は傭兵で雇ったマイルスに期待を寄せていたのだった。




 その日の夕方はマイルス不在のまま、ルースは一人で木刀を振っていた。

 マイルスは昨日の魔物の出現を受け、森の中を重点的に警戒に当たっており、今日はまだ戻ってきていない。


「俺がいなくても勝手に練習していってくれ」


 木刀を出しておいてくれたマイルスからそう言われ、今日はルース一人なのだ。

 ルースは基本やると決めた事は、雨が降ろうが続ける事にしている。


 魔法練習の場合、雨の日は雨の日なりに水魔法を使い、自分の体が濡れないよう自分の体の表面に水の膜を張る練習をしたりという具合で、試行錯誤しつつも楽しみながら続けていたのだった。

 その魔法に関して言えば、練習は既に初級を過ぎ、中級魔法の練習をしている。


 この習得スピードは言わずもがな、ルースのスキル“倍速“の恩恵に他ならず、この倍速は、学んだ事を身につける成長速度を倍にするスキルであり、元々一度見たことも覚える力をもっているルースには、一層加速の掛かるスキルとなっていた。


 後にルースはこのスキルについて、記憶をなくした自分に天から授けられた恩寵おんちょうではないか、と考えるようになるのだが、この時のルースにはまだ何も解っておらず、今を精一杯生きているだけであった。

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