第10話 ボルック村の魔女

「マイルスさん、村の住み心地はどうでしょうかな?」


 マイルスが来てから一週間程たった頃、村長宅にマイルスを招き、様子をうかがっている。

 マイルスは毎日、日中は村の中や森の中へと入っていき、村の全てを護るために過ごしてくれている様子だった。


「まあ、村の中の地形と住人は覚えたが、周辺の森はまだ把握しきれていない状況だな」

 マイルスの返事を聞いた村長は、そこで一つ頷く。


「ほぉ、村人全員を覚えたのであれば早い事だ。司祭様とも話されましたかな?」

「ああ。初日に挨拶がてら、ステータスの確認をしてもらった時に、少し話したよ。ここの司祭は、人格者のようだな」


 マイルスの言葉に、村長は破顔する。

「その通りだよ。チェスティン様は村の皆に心を配ってくださる。お陰で村人は皆、心穏やかに過ごせているんだよ」

 笑顔を見せる村長に、マイルスは頷いた。


「それで、一つ聞きたいのだが…」

 マイルスの言葉に、村長はどうぞと言って促す。


「この村は見たところ店がない様だが…。いや、食料は村長から分けてもらっていて問題はないんだ。しかし、それ以外の調達はどうしているのかと思ってな」


 マイルスの問いは尤もな事だった。この村には店と呼べる場所はなく、農作物は地産地消でまかなえているが、衣服や雑貨、刃物などの細々した物を調達する場所はない。


「この村には月に一度、行商人が商品を荷馬車に積んで来てくれるんだよ。その時に無いものは頼んでおいて、次回に持ってきてもらったりしているね」

「そうか…」

「おや?何か足りない物でも?」

 村長は眉を下げたマイルスに、自分の持ち物で提供できればと問う。


「薬…だな」

 マイルスがそうポツリと言えば、マイルスにはシンディの事を伝えていなかったと村長は気づく。


「あぁそれならば、この村には薬師として住んでいる魔女のシンディという女性がいてね。大体の事は彼女が様子を見て対応してくれるんだよ」


 村長の言にマイルスは、その名の人物を思い浮かべた。

「あー。村のはずれに住んでいる、子持ちの女性か…」

 マイルスから見れば、ルースはシンディの子供に見える。まぁ家族として一緒に暮らしているので、実子ではないが間違いでもない。


「ははは…。子持ちとは、本人には言わない方が良いだろうね。どちらかと言えば、今は姉弟の様な間柄に見えるよ」

 村長がそう言えば、何かあるのかとマイルスは聞く。


「ルース君はシンディの子供ではないんだよ。もう3年近く前になるかな。ルース君が森の中でボロボロの状態で倒れていた所をシンディが見つけてね、それから一緒に暮らしているんだ」


「親に捨てられたのか?」

「それが、良くわからないんだよ。何せルース君は、ここに来るまでの事を何一つ覚えていなかったんだから」


 村長の話にマイルスは眉を寄せる。

「……記憶喪失……」

「まぁ、そんな感じだね。だから帰る所も名前も何もわからないあの子を、シンディが面倒を見ているという事だね」

「そうだったのか……」


 マイルスはそういうと、考え込むように黙り込んだ。


「そのシンディに言えば、必要な薬は調合してくれるよ」

「分かった。薬は彼女に聞いてみる。それで、次に行商人が来るときは、俺にも教えてくれると助かる」

「そうだね、声をかけるよ。では仮契約は終了して、今日から正式に村の護りとして、契約してくれるかな?」


 村長は今日の話で、初めからマイルスと契約しようと思って家に招いていた。

 マイルスが村に来てから一週間、その間に傭兵募集の件では数件問い合わせもあったが、その中で彼が一番強く、数日の様子を見た限り、人に声を荒げることも尊大な態度をとることもなく誠実な行動をとっていた為、その時点で既にマイルスと契約をするつもりで、彼以外には断りを入れていたのだった。


「俺を正式に、雇ってくれるのか?」

 マイルスからの問いかけではあるが、村長も問いで返す。

「この村には、ずっと居てくれるかい?」


 村長は、マイルスとせっかく契約しても数年で又冒険者に戻ったり、他の護衛等で村を出てしまう事を懸念していた。


「俺は、今までずっと根無し草のように各地を転々としてきたが、そろそろ俺も腰を据えて暮らせる場所を探していたんだ」

 そう言ってマイルスはニヤリと笑う。

「だから、村の者が出て行けというまで、俺はここに居るつもりだが?」


 その言葉を受けた村長は笑う。

「ははは。余程の事がなければ、出て行けと言われる事はないだろうね。この村の者たちは良い意味で純真なものが殆どだ。ただ、何もないこの村に、君が退屈しないかを心配して聞いたに過ぎんよ」

「では、問題ないな」


 この日、傭兵志願できた一人の男は、こうしてボルック村の住人となるのであった。





 コンコン

「シンディさんはいるか?」


 村長との話を終えたマイルスが、シンディの家の前までやってきていた。

 体を使う仕事であるマイルスは、森に入る際は万が一に備え、色々な薬を持ち歩く事を常としていた。

 だが、この村に来て一週間が経ち、森の中の警戒にあたる時に、擦り傷や切り傷をいくつも作っていた為、傷薬の残りが少なくなっていることを懸念して、シンディの家を訪ねていたのだった。


「はい。今行きます」


 家の中から女性の声がして、扉が開く。マイルスはこの一週間で2度3度、外を歩いているシンディを見たことはあったが、話すのはこれが初めてだ。

 扉の中から、黒髪の女性がマイルスの前に立った。


「何か御用ですか?」

 シンディは首をかしげて三つ編みを揺らす。


「ここは薬を扱っていると聞いたのだが…」


 マイルスはそう言って言葉を詰まらせた。

 遠くから見たシンディは、ローブを羽織っていた為に年齢まではわからず、年配の女性だろうと勝手に解釈をしていたのだ。それが予期せず若い女性が現れた事で、言葉を詰まらせてしまったという次第だった。


 それを知らずして、シンディはニコリと笑った。

「どこか具合でも?薬はご用意できますよ?」


 柔らかな話し方をするシンディに、マイルスは調子が狂う。他の町の薬師は年配女性であることが多く、話し方も淡白な者が多かったのだ。


「いや……。具合が悪い訳ではない。俺はこの村で傭兵をすることになった、マイルスという者だ。荒事を主とする為、薬の補充を頼みたいのだが…」

 マイルスの言葉にシンディは頷く。

「はい、村長から伺っています。魔物が近くに出るようになったので、傭兵を雇うことにしたと。マイルスさんが先週から、うちの隣に住まわれている事も存じております。薬の事をお聞きしますので、中に入ってください」


 シンディに促され、マイルスは家の中に入る。

 シンディの家は、女性が住んでいるだけあり綺麗に整頓され、壁にかかる薬草も、装飾品の様なアクセントとなっていた。

 マイルスの家は、住み始めてまだ一週間という事もあり、ベッドとテーブル椅子以外、特に何もない。その為、綺麗といえば綺麗だが、人が住むには少々寒々しい印象だった。


「子供がいるのに綺麗にしているんだな」

 初対面の人間に失礼な物言いだが、本人はこれで褒めているつもりであった。


「ふふふ。ありがとうございます。でもルースは散らかすこともないし、行儀のよい子なので、大人と住んでいるみたいなんですよ」

 そう言ってシンディは微笑む。


「そうか…」

 毎日見掛けるルースは、確かに子供というよりは大人の様な話し方もするので、妙に納得するマイルスだった。


「それで、薬というのは…」

 居間のテーブルに案内してそこに座ると、マイルスが常備している薬を出し、仕事の話を始めたのだった。




「では、傷薬とポーションを先に作っておきますね」

「ああ、頼む。しかし村にポーションを作れる魔女がいるとは、助かるな…」


 傷薬や腹下しの薬など、一般の物は薬師という職業ジョブに就くものが作れるが、ポーションや魔力ポーション等、魔力を注入しなければ作れない物は、魔女と呼ばれる魔力持ちの薬師にしか作ることは出来ない。そしてその魔女は、回復魔法等の治癒魔法が使えるので、緊急時にいるといないとでは助かる確率も変わってくる。


「元々私は、草花も好きだったので、薬草の事も興味があったし、人の役に立つ仕事ができるのであれば、私はそうなりたいと思ったんですよ」

 そう言ってシンディは、清々しい微笑みを湛える。


 マイルスも人の役に立つため、剣士という職を活かし冒険者になったのだ。魔物に怯える人々を助け、傭兵になってからは強盗や盗賊から、善良なる者を護るために戦ってきた。


 そういう意味でシンディの言葉は、マイルスの中にすんなりと滲むように溶けていったのだった。

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