第9話 村に来た男

 それから月日が流れたある日、フィンの父親が森の中で魔物に襲われるという事件が起きた。


 フィンの父親達猟師士は、その魔物を何とか仕留め、村への被害を食い止められはしたが、フィンの父は大怪我をおってしまい、シンディが回復魔法をかけたことで何とか事なきを得た。

 しかし、村のそばに魔物が出たという事に村人が動揺し、それでは傭兵を雇おうという話となる。


 その為村長は一番近い町、ここから2日の場所にある隣町へ傭兵の依頼を出し、あとはその依頼を受けてくれる者を待つだけとなっていた。


「よう、坊主。ここはボルック村か?」


 そう言って体格の良い大柄な男が、ルースに声を掛けてきた。

 ルースは教会からの帰りで、村の入り口に近い道を一人、棒を振って歩いているところだった。


「どちら様でしょうか」

 怪しい人には距離を置いて話しなさい、とシンディに言われていたルースは、その男から距離をとって立ち止まる。その男はルースの強張った顔に気づいた様で、苦笑をこぼしていた。


「ああ、怪しくてすまないな。…俺はマイルスといって、この村が依頼している傭兵の募集で来た者だ。村長のところまで行きたいんだが、案内してもらえるか?」

 その男は顔が見えるように、赤く長い前髪を無造作にかきあげ、ルースを見る。


「……わかりました」

 不審な事をするなら水球ウォーターボールを顔に当てれば逃げられるかなと、逃げ道を考えつつルースは村長の家まで案内する。


「ここです」

「そうか。助かったよ、坊主」

「……」

 ルースは何か言いたい事をこらえるようにしてから、村長の家の扉を叩いた。


 コンコン

「村長さん、お客さんです」

 程なくすればカチャリと扉が開き、カーラルが姿を見せた。


「おや?ルース君、どうしたのかね?」

「あの…お客さんです」

 ルースは村長にそう話すと、自分の後ろに立っている人物が見える様に、横へとずれた。


「村長さん、か?」

 その男から声がして、村長はそちらを見る。

「はい。私が村長のカーラルですが、貴方様は?」

「俺は傭兵の募集を見て来た、“マイルス“というものだ。傭兵の募集はまだしているか?」


 マイルスの話にやっと流れが分かったカーラルは、ルースの頭に手を乗せた。

「ルース君、お客人を連れてきてくれたんだね?ありがとう。後は大丈夫だから、気を付けて帰るんだよ」

 カーラルの言葉にルースはペコリと頭を下げると、シンディの待つ家へと戻っていった。


 それを見送った村長は、マイルスと名乗る男を家の中へ招き入れる。


 マイルスが傭兵募集で来るまでの間、依頼を出してから数日しか経っていないこともあり、まだ誰も応募してくるものはいなかった。

 その為、マイルスの経歴を確認した後、信頼できる者かを見るために、お試し期間として村の空き家に住んでもらうことにした。


 そのマイルスは、衣食住が保証されるなら、特に金も要らないといった風で、飄々とした感じの男であったが、きちんと契約するならば、さすがに魔物を仕留めてもらうのにタダという訳にも行かない。

 魔物と対峙した時には、しっかり褒賞を払うという事は約束して、一人の男が村の傭兵候補として、シンディの家の近くに住み込む事となった。




「そういう事だから、一応シンディも気を付けていてくれるかな?」


 その日の夕方、その男が近くに住むからという説明で、村長がシンディの家を訪ねていた。確かに空き家で今住める家は、ここから少し離れた隣の家しかないなと、シンディはその旨了承する。


「分かりました。では食事などは私が持っていけば良いのですか?」

 その人物は男性というから、料理は出来ないのだろうと思いシンディが聞けば、その男性は自分で料理もできるので、食材だけわけて欲しいと言ってきたらしかった。


「食材はうちから運ぶから、シンディは何もしなくていいよ。でも近くに若い男がいるという事は、気に留めておいて欲しい」


 村長の言葉にシンディは苦笑する。シンディは今年で30歳になるし、こんな年増なんて気にしないのでは…と思ったのだが。


「わかりました。うちには頼もしい男性もいるので大丈夫ですよ」

 そう言って、大人しくシンディの隣に座って話を聞いているルースへ、視線を向ける。

「ははは。そうだったね。ルース君、シンディをしっかり護ってあげなさい」


 笑みを湛えた村長がルースへそう言えば、ルースは大きく頷いてシンディを和ませたのだった。



 -----



 マイルスと名乗る傭兵候補が住み始めた家は、シンディの家から少し離れた隣家であり、ルースは毎朝教会へ行くまでに、その家の前を通ることになる。


 ルースが朝、教会へ行く為にその家の近くまで来ると、昨日の男は家の前で剣を振っているところだった。

 ルースはそれを興味深く見ながら、通り過ぎようと家の前までくれば、マイルスがルースを見とめ、声を掛けた。


「昨日の坊主か。おはよう」


 呼び止められる形で足を止めたルースは、その声に無言を通す。

「………」

「坊主は耳が遠いのか?」

 マイルスの面白そうなものを見るような顔に、ルースは反論する。


「私は坊主ではありません」

 そう言ってみたが、自分が名乗っていなかったことを思い出したルースは、慌てて名乗る。

「私はルースと言います。今度から名前で呼んでください」


 丁寧に反論するルースに、マイルスは笑う。

「はは、すまなかったな。ルース…で良いのか?」


 “君“や“さん“など、初めからつけるつもりもなさそうな男に、傭兵とはこういうものなのかと、斜めに解釈をするルースだった。


「はい、ルースです。それでは私はこれにて」

 大人の様な口調のルースにマイルスは、また笑ってヒラヒラと手を振っている。それを気に留めるでもなく、ルースは教会へと向かっていった。



 今回募集した傭兵とは、言ってしまえば村の護衛的存在として、この村に留まってもらい、村専属で働いてもらう助っ人の様なものだった。

 この村には戦闘職をもつ者がおらず、自衛という意味では今まで、猟師士が受け持っていた。

 だがそれは獣までの事で、これまで、この村の周辺に魔物が出なかった事もあり成立していたのだが、今回その猟師士が襲われ、村を護ることに不安を感じた村人が、傭兵を雇いたいという結論に至ったのだった。


 その傭兵として村に来たマイルスには、村の見回りと周辺の森の中の警戒に当たって欲しいと、村長からお願いされている。

 マイルスは初日、まだ仮契約とはなっているが、村の中でも剣を腰に下げて見回りをする。


 畑で働く村人と会えば、村長からマイルスの事を聞いているのか、皆、興味深そうに話しかけ自己紹介をしていった。


 マイルスは傭兵になる前、冒険者として王都で活動しパーティを組んでいたが、メンバーが結婚したり引退したりした為、パーティを解散し、その後は傭兵として各地を転々としながら暮らしていた。


 マイルスの冒険者だった時のランクはB。今年32歳になるマイルスの職業ジョブは“剣士“で、そのレベルは80まで達していた。

 レベルとはその職業ジョブに対する経験値からなるもので、そのレベルが100となればその1ランク上の職業ジョブ、剣士でいうところの“剣聖“や“剣豪“といったものへとのぼっていく事となる。


 ただし、この戦闘系の上位職業ジョブまで到達する為には、物量と危険な経験を熟さねばならず、特殊スキルのない者が普通に経験を重ねていっても、晩年になってやっと剣豪などへと辿り着くところだ。


 それを踏まえると、マイルスのレベル80とは剣士の上位に位置し、実力と経験があることを物語っていた。

 その為マイルスの仮契約は、“雇いたいが、まずはその為人をみたい“と考えた村長の判断での、お試し期間という事なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る