第8話 護るということ

「司祭様、この防壁は内側から攻撃できますか?」

 そこへ、ルースの静かな声がした。


 司祭は何を言いだしたのかと思ったが、今はこの状況を打開する事が優先だ。

「内側からは出来ますが、ですがルース君は、いったい何を…」


 司祭の話の途中、ルースは詠唱を紡ぎ始めた。

「友たる大地よ、我と共に道をきづけ。“砂射撃サンドブラスト”」


 ルースの目の前に来たエルクめがけ、勢い良く砂が飛び出す。至近距離、しかも砂と言えど、一粒一粒は視認できる大きさの物が、エルクの顔面に当たった。


『キィーッ!』


 エルクは怯み2歩3歩と後退し、頭を振って砂を払う。


「友たる大地よ、我と共に道をきづけ。“砂射撃サンドブラスト”」

 再びルースの手から砂が飛び、離れたエルクの顔に当たれば、再度頭を振ったエルクは諦めたように踵を返すと、森の奥へと走っていったのだった。


 それを皆で見送って、誰ともなしに「は~」というため息が漏れれば、ヘナヘナと腰を抜かしたように皆が座り込んだ。

 シールドを解除した司祭が、真っ先にルースへ話しかける。


「助かりました、ルース君。皆を護ってくれて、ありがとうございます」

 ルースは声のする方を振り返ると「逃げてくれてよかったです」とにっこり笑う。

 これを見て惚れない女はいないとばかりに、女の子3人は頬を赤く染めてルースを見ていた。


「ルー!すごいな!」

 ピーターは友人の活躍を素直に喜んでいる。


 今この場に魔力を持つものは、司祭を入れて3人だけ。他の魔力持ちは、既に卒業しているのだ。

 その内司祭は攻撃魔法が使えず、そして魔法とは練習しないと使えないものだ。

 ルースは毎日シンディと練習を重ね、ある程度の初級魔法は使えるようになっているが、もう一人の魔力持ちは、魔法の練習をしている様子はなかった。

 なればルースが魔法を放つしかないと、自らの判断で魔法を放ち獣を追い払った訳だが、シンディからは四属性を使える事は隠すよう言われていた為に、皆の前では一属性しか使えず、かといって森の中で火を放つ訳にもゆかないと、一瞬の判断での対応あった。


「ルース君、すごいのね…」

 ラミィが傍に来て、ルースに声をかける。

「助かってよかったです。初級魔法で余り威力はありませんが、目くらまし程度にはなったようですね」

 ルースは淡々と状況確認をしながら、獣が逃げて行った方角をみて呟く。


「もう落ち着きましたか?それでは皆さん、村へ戻りましょう」


 司祭は、多少落ち着いてきた皆の様子を見て、そう声をかける。このままここで話し込む訳にもゆかないのだ。

 まだ動揺している皆からは返事はないものの、うなずいて近くの者と手を繋ぎ歩き出す。


 司祭を先頭に8人の子供たちは一列に並んで山道を下る。

 村に戻ったら平原にエルクが出たことを、村長に報告しなくてはならない。あの場所は木こりがよく入る場所である為、猟師士に討伐の依頼が行く事になるだろうと、司祭は周辺を確認しつつそう考えていた。


 一方ルースは皆の前で魔法を使ったことを、シンディにどう報告するかを考えていた。

 ボルック村にも何人か魔力を持つ者もいるが、大抵は少量の魔力しか持たないため使える魔法も小さく、薪に火をつけたりコップ一杯の水を出したりする程度で、ルースほどの魔法を使える者がいないのだ。


 その為、今までルースの魔法練習も、村人から見えないところで行っていたし、ルースが魔法を使える事を知る者はいなかった。

 いや…司祭だけは、ルースのステータス魔力値が著しい成長を遂げていた事で、気が付いていたかも知れないが…。


 そんな訳で、ルースは皆に魔法を見せてしまったという報告を、どうやってシンディに話そうかと頭を悩ませていたのだった。





「今日は怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。私からは後程、今日の事を村長に報告いたしますが、まずは皆さん全員が、無事に村に戻れたことを神に感謝して、ここで解散と致します。皆さん、家に着くまでは気を抜かないように、帰り道も気を付けてくださいね」


 司祭と子供たちは、森を抜けて教会の前まで到着していた。そこで司祭が今日、皆に怖い思いをさせてしまった事を詫びたのである。


「司祭様のせいではありません」

「そうだよー」

 ラミィがお姉さんらしく、司祭の謝罪を否定する。そして周りの子供たちも、誰が悪いという訳ではないことを解っているようだ。


「そう言ってくださって、ありがとうございます。皆が良い子に育って、私は嬉しいですよ。しかし今回のことは、私の警戒が足りなかった事も事実です。これからはもっと皆さんが安心して過ごせるよう、注力いたします」

 そう言って司祭は皆に微笑みを向けた。


 この司祭であるチェスティンは、物腰が柔らかく思いやりのある常識人だ。

 中央教会の様な大組織の中で生きるには、正直過ぎる人であり、だからこそこの様な辺境の村へと派遣され、それでも文句ひとつ言わずに村に馴染み、生活して行けるのだろう。


「それでは皆さん、今日は家で疲れをとってゆっくり休んでくださいね。それではまた明日」

「「「はーい。司祭様、さようなら」」」


 司祭の終了の挨拶に、皆は家へと帰り始める。


「ルー、帰ろうぜ」

 ピーターがルースに近づき声をかけた。

「今日はもう、打ち合いはやりませんよ?」

「わかってるってー」


 最後に残っていたルースとピーターを見送り、司祭はその足で村長の家へと報告へ向かったのだった。




「…ということがありまして」

 その後司祭は村長の家の中、村長と向かい合わせに座ってテーブルの上で指を組み、その手にギュッと力を入れ、今日の出来事を報告していた。


「私は子供たちを、危険な目に合わせてしまいました…」

 そう言って司祭は、申し訳なさそうにして俯いた。


「いいえ司祭様。エルクがあの場所に出るなど誰も想像できませんよ。それよりも皆を護り、怪我もなく無事に帰して下さって、ありがとうございました」

 村長はそう言って頭を下げた。


「いいえ、ルース君が魔法で攻撃をしてくれなければ、私は皆を護りきることはできなかったでしょう…」

「あのルース君が…ですか」


 村長はその名前に、シンディが拾ったと言ってきた日の事を思い出していた。

 言葉も話せず幼子の様だった少年が、皆を護れるまでになっていたとは…。シンディがしっかりと育ててくれている事に、村長は柔らかな微笑みを湛えた。


「それでは明日は、ルース君の話でもちきりですな」

「ええ。私は彼の魔力が潤沢なことは知っていましたが、もう魔法を使いこなせるようになっているとは、思ってもいませんでした」


 司祭はそう言って苦笑するが、そこでルースには“倍速“というスキルがあった事に思い至り、司祭は納得した。

 流石に村長であっても、個人のステータス情報を勝手に伝えるのはマナー違反となる為、それは言葉にはせず、笑みを浮かべるに留めた司祭だった。




「やぁルース君、昨日は大活躍だったんだって?」


 教会に行く道をルースが一人歩いていると、畑仕事の手を止めた村人が、そう言ってルースに声を掛けてきた。

「いえ…」

 ルースはそれに苦笑で返す。


 昨日家に戻ってから、シンディへ森でのことを素直に報告すれば、シンディは怒る事もなく笑ってルースを褒めてくれた。その代わり、今後皆の前でで使う魔法は土魔法だけにするよう注意を受けたが、皆の前で魔法を使ったことについて、お咎めはなかった。

 怒らないのかとルースが聞けば、「だって身を護ることも含めて、魔法を使えるように練習しているんでしょう?」と言われ、ルースはこれからもっと魔法の勉強をして、皆を護れるようになりたいと心の中で思ったのだった。


 森での出来事から数日後、弓士になったフィンとフィンの父親である猟師士達が森へと入り、エルクの足跡を確認する。そしてまだ平原近くにいたエルクを狩って帰ってくると、村はお祭り騒ぎとなった。


 エルクがあの場所に居着いてしまえば、木こりや村人が襲われる可能性もあり、食材としての意味も含めそのエルクを狩り、村の皆で美味しくいただいた事でエルク騒動もひと段落となった。


 結局、ルースの話題は3日ほどで落ち着き、また前と同じ生活に戻った様子に、ルースはホッと胸を撫でおろした。

 それからも時々魔法の話題がでれば、ルースの名が出る事はあったがそれを特別視する者はおらず、村は平常運転へと戻ったのだった。

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