第7話 課外授業

 ルースの魔法も初級は使いこなせるようになった頃、3度目のステータス確認が行われた。


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『ステータス』

 名前:ルース

 年齢:12歳  (前回:11歳)

 性別:男

 種族:人族

 職業ジョブ:―

 レベル:―

 体力値:48  (前回:30)

 知力値:40  (前回:20)

 魔力値:50  (前回:32)

 経験値:23  (前回:9)

 耐久値:12  (前回:4)

 筋力値:15  (前回:6)

 速度値:10  (前回:5)

 スキル:倍速 (前回:同)

 称号:―

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■※12歳参考平均値

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 体力値:50

 知力値:25

 魔力値:12(※保有者の平均値)

 経験値:18

 耐久値:15

 筋力値:15

 速度値:13

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 ルースが来てからもう2年半になり、ルースは12歳となった。


 今年のステータスは、昨年から体を動かし始めた事で全体的に伸びており、知力値と魔力値以外は12歳の平均値へと追いつこうとしていた。これはピーターと一緒に遊び始めた事によって、体を動かしているお陰である。


 そして知力値は言わずもがな、魔力値も12歳の平均魔力値が12程度である事から、毎日シンディと練習する事により著しく伸びを示していると言えた。


 こうして身体的な成長もさることながら、ルースは教会からの帰りやシンディのお遣いで、村人たちと交流もする事も増え、すっかり村の住人としての生活を送るようになっていたのだった。




 そんなある日、子供たちは課外授業として教会の奥にある森へと行く事になった。

 この方角の森はシンディの自宅とは方向が違い、普段は猟師士や木こりが入って行く方角だ。人が程よく入る方角という事もあり、あまり獣も近づかない比較的安全な場所となっていた。


 みんなは司祭のチェスティンに付き添われ、森の中を歩く。

 ルースは度々シンディと自宅裏の森へと足を踏み入れ、森歩きは多少慣れてきたところであり、傾斜する道の石を上手く避けながら進んでいた。


 ルースの後ろで歩く今年15歳になるラミィは、先日のステータス確認で職業ジョブが現れており、もうすぐ学びの間を卒業する事になっている。


 職業ジョブが現れた子供は本人の希望を確認し、まだ教会に通うか仕事に就く為に卒業するかを選択するのだが、職業ジョブが現れれば皆一様に仕事に就くと言って卒業していくのだという。


 ルースが教会に通い出した初日にラミィに親切にしてもらって以来、ラミィはルースの面倒をみてくれる事が多かった。授業の時間などルースとラミィは近くの席にいて、よく勉強の話をしていたものだ。

 ラミィからすれば、ただ可愛い男の子の世話を焼きたかっただけなのだろうが、そのお陰でルースは日に日に皆と一緒に過ごす時間に慣れてゆき、今ではピーターと2人、学びの間の中心的存在となっていた。



「ラミィ、手を繋ぎましょう」

「はぁ…はぁ…はぁ…ありがとう、ルース」


 木こりや猟師士など森に入る仕事を希望している者以外、普段はあまり森に入る子供はいない為、今日は歩きなれない山道に、皆は悪戦苦闘しているようである。


「大丈夫ですか?」

「うん…何とか」


 年頃になったラミィは、手を繋ぐことが少しだけ恥ずかしいのだが、自分がまもなく卒業する事もあって、今は最後の思い出作りを楽しんでいた。


「ラミィは村を出るのですか?」

 ルースは、先日司祭から聞いた話を本人へ聞く。

「そうよ。私は物を作る事が好きだから、職人系の職業ジョブを賜ったの。“服飾師”という職業ジョブだったから隣町の服飾店に入って、お洋服を作ったりするのよ」


 ラミィが言った隣町は、ここから歩けば2日はかかる距離である。

「そうなんですね。お仕事、がんばって下さい」

 そう言ってルースは、ラミィに笑顔を向けたのだった。



 8人の子供達と司祭は、木こりが切り拓いた森の平原についた。本日の目的地はこの拓けた平原で、遊んだり昼食を食べたりして少しの時間を過ごす予定だ。


「皆さん、ここは森の中なので奥へ行かない様にしてください。必ず誰かと一緒にいて一人では行動しない事。ここは安全な場所といわれていますが、獣が来るかも知れません。もし獣が見えたら、直ぐに皆は私の下へ集まって下さいね」

「「「はーい!」」」


 司祭は戦闘こそできないが、防御系の魔法を使う事ができる。その為何か問題があれば、司祭が護ってくれるという話だった。


「それでは自由にして下さい。何かあれば声を出して知らせて下さいね」

「「「はーい!」」」


 子供達は皆嬉しそうだ。

 いつもは教会で勉強をして、帰ったら家の手伝いをする子が殆どで、野山で駆け回って遊ぶ時間はない。


「ルー!打ち合いしようぜ!」


 ピーターと仲良くなったルースは、毎日10分ほど棒を使って剣術ごっこをして遊んでいるのだが、今日は時間制限なく思いっきり遊べると、ピーターは嬉しそうにしていた。


「いいですよ。今日は負けません」


 ルースは体を動かしていなかった為か成長が遅く、グングン成長するピーターよりもまだ細くて小柄だ。

 同じ歳ではあるものの、普段から体を動かしているピーターに体格がまだ追いついていないので、打ち合いでルースはまだ一度も勝てた事はない。


「今日も僕のあっしょうだ!」

 そう言って2人は落ちている枝を拾い、平原の端で打ち合いを始める。


「あの2人はいつも元気だね…」

 ラミィの下に集まっている2人の女の子は、そう言ってルース達を見ている。

「男の子だから元気が有り余ってるのよ、きっと」


 ラミィ達はここまで来ただけで少し疲れてしまっている。そんな彼女たちは休憩も兼ね、花が咲いている場所に座り込んで花を摘んでいた。


 残りの男の子達も追いかけっこをしながら、走り回る姿が見える。

 3人は顔を見合わせてクスリと笑い合うと、手元の花を編んで花冠を作り始めた。




「司祭様!お腹すいたー!」

 ルースと遊んでいたピーターが、大声で司祭に呼び掛ける。ここについてから既に1時間程が経ち、昼に近い時間となっている。

「そうですね。そろそろお昼にしましょうか」


 今日は皆、家から昼食を持ってくるように言われていた。広い空の下皆で食べる食事は、さぞ美味しく感じることだろう。


「皆さん、こちらに集まって下さい」

 司祭の呼びかけにワラワラと子供たちが集まる。


「私の周りで昼食の用意をしてください。皆で一緒に食べましょう」

「「「はーい!」」」


 皆の元気良い返事に、司祭は微笑む。皆が楽しそうで何よりだ。

 賑やかに話しながら各自が持ってきた敷物に座り、円を描くようにして昼食を食べている。

 もうそろそろ食べ終わるという頃、ウクリスというルースの1つ下の少年が聞く。


「司祭様、あとどれ位ここにいられるの?」

「そうですね、食後に少し休憩したら村に戻りますよ。遅くなってはご家族が心配するでしょう」

「えーまだいいでしょう?もう少し遊びたいよ…」


 皆も口には出さないものの、少々物足りない様だ。

 しかし森の中では何が起こるか分からないので、遅くならないうちに村へ戻る必要がある。


 しかし司祭も人の子で、苦笑しつつも“もう少しだけですよ”と続ければ、皆は急いで食事を終わらせ、また散り散りに走り出して行った。


 司祭は残った女の子3人と、ゆっくり食事を摂りながら彼らを眺めていると、森の奥から獣の鳴き声が聞こえた。


『ピィイィー』


「!! 皆さん!早くこちらに!早く!」

 司祭の慌てた様子から何かあったのだと気付いた子供たちは、走って司祭の下へ戻って来る。


「荷物を持って下さい。獣が近くまで来ている様です。すぐに移動します」

 顔には緊張が滲むものの、司祭の声は落ち着いている。


「僕が仕留めるよ!」

 そこへピーターが声を上げた。

「いけません!たとえ小さな獣であっても、手を出してはなりません!」


 普段声を荒げない司祭の大声に、ピーターは身を竦めた。普段温厚な人が怒ると身に染みるのだ。

「すいません…」

 ピーターの謝罪に司祭は頷き、話を続けた。

「まだ近くには来ていない様です。急いで戻りますよ」


 皆は言われた通りに歩き出す。“慌てないでください”という司祭に、皆はソワソワと振り返りながら来た道を戻り始める。

 しかしその道に入ってすぐ、司祭の警戒は最大級となる。


『ピィイィー』


 木々の間、10m位離れた場所に、大きな角を生やした鹿が立っていたのだ。体高は2m程だが、頭の角はその体高を倍にするほどに大きい。その鹿は“エルク”と呼ばれる大きな角を持つ鹿であったのだ。

 しかも角の大きさから若い雄と推測され、自分の生活圏を求めて彷徨っていたのだろう。


 司祭は瞬時に障壁シールドを展開する為に、皆に声を掛ける。

「皆、私の周りに集まって下さい!」


 8人の子供達は、司祭を囲むように密集する。女の子は司祭の背中にしがみ付き、男の子たちはその周りを囲う。


「神々のお慈悲を、我らに光を与えたまえ、“障壁展開ソリッドシールド”」

 司祭の詠唱が終ると同時に、こちらを伺っていたエルクが走り出し、出したばかりの障壁に向かって突進してきた。


 ―― ドンッ! ―― 


 エルクの体当たりに障壁が軋む。

「「「キャー!」」」

 女の子達は目を瞑り、司祭の背中に顔を埋めてすすり泣いている。


 ―― ドンッ! ―― 


「「わぁーーー!」」

 流石の男の子達も驚き、声を上げる。


「司祭様、こわいよー」

「大丈夫です。この中にいれば、誰も怪我はしません」


 司祭は努めて冷静に、皆を慰める様に声を掛けるが、エルクは逃げる様子もなく何度も体当たりを繰り返している。


 司祭の魔力は少なくないが、ある程度の大きさの障壁を維持するのにはそれなりの魔力を使い、それを継続させるとなると、永くはもたないだろうと感じていた。

 まさかこんな所にエルクが出るとは思っていなかった司祭は、自分の身を挺してでも子供達を護らねばならないと、歯を食いしばる。


 ―― ドンッ! ――

 ―― ドーンッ! ―― 


 何度も角度を変える様に体当たりをするエルクに、司祭は冷たい汗が流れるのを感じていたのだった。

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