第6話 経験
「次は男女の番だぞ」
そう言って声を掛けたのは、言わずもがなピーターだ。
その声に、ルースは読んでいた歴史の本から顔を上げてピーターを見る。
「わかりました」
ピーターからの呼び方に異を唱えず、ルースはいつも淡々としている為、余計にピーターから纏わり付かれていようとは、思ってもいないルースである。
ガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、ルースは礼拝室へと向かう。
開けたままの扉を潜ると、司祭はステータス掲示板の前で待っていた。
「ルース君、こちらへ」
言われたルースは司祭の下へ行く。
「こちらは既に待機状態ですので、このまま前回同様、その珠に手を乗せてください」
司祭の説明に頷き、ルースは右手を半球に乗せた。
―ブワンッ―
と、虹色の珠は輝きを増し、上部の枠に文字が浮かんだ。
~~~~~~~
『ステータス』
名前:ルース
年齢:11歳 (前回:10歳)
性別:男
種族:人族
レベル:―
体力値:30 (前回:25)
知力値:20 (前回:4)
魔力値:32 (前回:10)
経験値:10 (前回:4)
耐久値:4 (前回:2)
筋力値:6 (前回:4)
速度値:5 (前回:3)
スキル:倍速 (前回:―)
称号:―
~~~~~~~
「…知力と魔力が
急な司祭の問いに、ルースは目を瞬かせた。
司祭がそう聞いたのは、体力こそ年齢の平均に近いものへとなってきたが、11歳男子の平均が耐久値10、筋力値11、速度値9なのでルースはまだまだ下回っているからである。
「はい。わたしは勉強と魔法の練習、それと少しだけ森に入る位しかしていません。遊ぶという行為は、なにをすれば良いのですか?」
ルースに淡々と返され、司祭は頭を抱えた。
「それはピーター君達と追いかけっこをしたり、かくれんぼや棒を振って打ち合ったりと、体を動かすという事ですね」
司祭の言葉を吟味している様で、ルースは眉間にシワをよせて目を瞑っている。しかしすぐにその瞼は開き、ルースの視線は司祭へと向けられた。
「私の生活において、司祭様の言った“外で遊ぶ”という事に、あまり必要性を感じません。わたしは知識と経験を必要としています」
11歳とは思えぬ言葉に、司祭は一つ息を吐く。
「ルース君、貴方が言った“経験”の中に、その遊びも含まれているのですよ?」
諭すように助言をする司祭に、ルースはキョトンと眼差しを返した。
「遊びの中には、人と交流する経験、言葉を知る経験、体を使う経験、危険な事を見極める経験等たくさんの経験値が含まれています。ですから“遊ぶ”という事も、子供には必要な事なのですよ?」
ルースはその話に納得したように頷く。
「わかりました。やってみます」
いやいや。その返事は違うだろうとは思うが、彼の中では実践するという意味で、間違ってはいないのだろう。
司祭は困ったように微笑んで、言葉を続ける。
「それから…スキルが現れましたね。…なるほど、これのお陰で成長が早いのかも知れません」
司祭の言葉にルースは理解が及ばず、首をひねっている。
司祭は、ルースが教会に通い出してからの知識の吸収速度をみてきており、それが他の子供よりもずば抜けて早い事を実感していたのだ。
何故この者だけがそうなのかと思っていたが、このスキルを視て納得する事ができたのだ。
「ルース君は“倍速”というスキルを授かった様ですね。それを授かったという事は、貴方の日々の努力が実を結び、全てを知ろうとする心が尊き方々に伝わったのかも知れません」
司祭はそう言うと、ルースの頭を撫でる。
「これからも自分にできる事を学び、どんどん吸収して行って下さいね」
ルースは司祭の真意はわからないまでも「はい」と元気よく返事をする。
こうして11歳となったルースは、“倍速”というスキルを一つ手にしていたのだった。
その日の帰り道、ルースはさっそく木の棒を拾って振り回す。
― ヒュンッ ヒュンッ ―
何故かルースはご満悦で、ルースの中では木の棒で遊ぶという行為をしているのだろうと推測できる。
それは、司祭の言った事を斜めに受け取った故の行動であったが、本人は的外れであることを知る由もない。
だが…。
「おいっ男女!何してんだ?」
ピーターがルースを見付け、傍に近寄って来る。教会は村の一番奥にある為、途中まではみんな帰る方向が同じなのだ。
「木の棒で遊んでいます」
ピーターの問いにそう返事をするルース。
「へぇ~。…えいっ!」
― カーンッ! ―
そんな乾いた音がして、ルースの手から棒が飛ぶ。
「?!」
ルースはいきなりの事に驚き、手のしびれに自分の手を見つめて固まっていた。
「棒遊びは、こうして棒を打ち合うんだぜ!」
ニヤリと笑ったピーターを見たルースは、一つ頷いてから落とした棒を拾いに行くとピーターへその棒を向けた。
「わかりました。よろしくお願いします」
ルースの思考は、色んな意味でずれていた。ピーターからのちょっかいを“遊んでくれている”と認識したルースは、まさに剣の稽古をつけてもらおうとする生徒の様だった。
そしてピーターがそれに気を良くした事で、2人は教会の近くに立ち止まり棒で打ち合いを始める。
― カーンッ! ―
「へへへっ、また僕の勝ちだな」
そう。体力のないルースは、ピーターの打撃を数回しか受け止める事が出来なかったのだ。
「むぅ…」
悔しがっている訳ではないのだが、納得は出来ないルースである。
「やっぱり男女は弱っちーな!じゃーなっ男女!」
ピーターとルースは10分ほど打ち合っていたが、皆勉強が終れば家の手伝い等がある為、ずっと遊んでいる訳にも行かないのだ。
ルースも例にもれず、帰れば魔法の練習や薬草畑の水やり等、村の者達は子供であってもやる事はある。
「ありがとうございました」
走って帰るピーターに、ルースはそう言って頭を下げる。ピーターは振り返ってルースに笑顔を見せた。
ルースは打ち合いをしてもらった事への礼を言っただけなのだが、ピーターは自分に弟子ができたようで嬉しかった様であった。
これを切っ掛けにルースとピーターは、毎日勉強が終ると2人で打ち合いをするようになり、ピーターはいつしかルースの事を名で呼ぶようになっていった。
「おいルース、もっと腕を大きく振らないと、力が伝わらないぞ」
「はいっ」
ルースは誰に言われても素直に聞いているだけなのだが、ピーターにはそれが心地よいらしかった。
結局、司祭の放った言葉によって2人の少年は友達となり、ルースにもやっと友と呼べる者ができたのであった。
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それからの日々もルースは変わらず教会へ行き、ピーターと遊び、帰ってからは魔法の練習をしている。
ルースは四属性の魔法を使う事ができたのだが、これは人に言ってはならないとシンディに口止めされていた。
この国で魔法が使える者は、国民の10%といわれる選ばれた者達で、その者達も属性は多くても二属性だ。四属性を使える者は高位貴族に一部いると聞くが、一般の者では聞いた事がない為、シンディが口止めをしているという訳である。
今日もルースはシンディと魔法の練習をしているが、最近は初級魔法の威力調整を始めている。
最初に魔法を放った時などは、小さいものがルースの1歩分程の距離の先に落ちる感じで、放っているというよりも出てしまった感が否めなかった。
しかし今は裏庭に木の枝を立て、少し離れた所から狙って当てる練習をしている。
「ん?…誰か来たみたいですね」
ルースは魔法を打つために上げていた腕を下ろし、シンディへとそう伝える。
「え?家に誰か来たの?」
「はい」
「ちょっと見て来るからここにいてね」
家の裏庭に出ているルースたちには家の玄関は見えないが、ルースは魔力の制御練習もしていたため、ルースの中から家の周辺に魔力を漂わせていたのだった。
それは無意識にしていた事であったのだが、その魔力が家の方で揺らいだ事で人が来た事を知らずに感知していたのである。
だが本人はそれの意味が良く分かっておらず、首を傾けながら、シンディが戻るのを大人しく待っていた。
後にルースは、自身の魔力を漂わせることで周辺の探査が出来るようになるのだが、この時のルースにはまだ知る由もないのである。
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