第5話 検証と確認

 この学びの間に集う子供たちは、基本となる読み書きと職業ジョブについての資料、国の歴史や教会に関する事を学んでいる。

 そしてその子供たちの年齢は10歳~15歳までと幅広い為、各自が自分のペースに合わせてそれらを学んでいた。


 ルースは当然基礎から学び始めている。ルースの知識は、この半年でシンディから学んだ事しかなかったからだ。

 読み書きについては幼児が学ぶもの程の知識しかなく、ルースの学習はほぼ一からのスタートとなった。


 ただルースの場合、他の者達と学ぶ速度が違うという点が大きく異なっており、一度読んだものは既に頭に入っていて、算術も理解が及べば応用も効いた。

 ルースが日に日に皆に追いついて行っている事を、司祭だけは感じ取っていたのだった。



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「ただいま」

 教会から帰ったルースは居間にシンディがいない事を確認すると、シンディの作業部屋へ行く。

 コンコンッ

 扉をノックすれば、すぐにシンディの声が聞こえる。


「はーい」

 カチャリと扉が開き、そこにはシンディが立っている。

「おかえり」

 ルースが帰ってシンディが居間にいなければ、作業部屋に来るようにと言われていた。

「ただいまシンディ」


 ルースは教会から帰って来るとシンディに声を掛け、2人で魔力制御の練習をする事をここ数日行っていた。

「じゃあ、今日も外に出るわよ」

「はい」


 2人は家の裏に出る。

「では昨日の続きね。昨日は魔力を感じる為に集中したわよね?」

「はい。自分の中にある温かなものを感じる練習でした」

「今日も、そこからまず始めましょう」


 ルースとシンディは向かい合わせに立って、ルースが目を瞑る。

 大気から空気を集めるようなイメージをすれば、ルースの体が徐々に温かくなってくる。

 シンディも魔法を放つ手前位の感覚で、魔力を集めている。体内を巡る温かな熱が、何とも心地よい。


「出来ました」

 ルースは目を開き、体内の熱を感じたままで待機する。

「そうね、ではその次ね。ルースの体は今、何色だと思う?」


 こう聞いたところで実際の魔力が目に見えている訳でも、色が見えている訳でもない。

 魔力がある者はこの体内に魔力を溜めた段階で、その使える属性魔力が色となってイメージできる。

 黄色であれば土魔法が使え、緑であれば風、赤であれば火魔法で、水色ならば水という具合だ。


「ん~……わかりません」


 ルースの返事にシンディは戸惑う。体内の魔力を色で感知する方法は一般的であり、そんなに難しい事でもないはず…。シンディの場合は光魔法である為、白い光のイメージが視えるのだ。


 自分の説明がおかしいのかと、シンディはルースを見るも、ルースは眉間にシワを寄せて黙り込んでいる。


「体内は温かいのよね?」

「はい。熱を感じます」

「私は、自分の中に白い光が視えるわね。ルースは何か視える?」

「ん~…何かが視えてはいます。でもこれが何色かがわかりません」


 またしても困ったようにルースは言う。

 本来は視えている色によって、その属性魔法の呪文を唱えて魔法を発動させるのだが、どうしたものか…。

 シンディはルースの横に並ぶと、別の方法を試す事にする。


「ではその体の中の温かいものを感じたまま、手を前に出して私の言葉を復唱してくれる?」

「わかりました」

 ルースは真剣な面持ちで、シンディに返事をする。


「大気の涙ここに集わん。きたれ“水球ウォーターボール”」

「たいきの涙ここにつどわん。きたれ“水球ウォーターボール”」


 ルースがシンディの言葉をなぞれば、ルースの手から小さな球が出てふわりと地面に落ちた。


 ペシャッ


 落ちた所の土の色が変わり、それが水であった事がわかる。

 因みにシンディは光魔法しか使えない為、いくら別の属性魔法を唱えても発動はしないのである。


「ほう!ルースは水だったのね?」

 シンディは嬉しくなってルースを抱きしめ、キョトンとしているルースをよそにシンディは話を続ける。

「では、水色が視えたという事ね?」

 確認する様にルースに問えば、ルースは首を横に振った。


「水色…という訳ではありません」

 ルースはそう言い切る。


 しかし水魔法が使えたのだから、水色のはずなのだが…。ルースには何が視えているのか、シンディには今一つ理解できない。その為、別のものも試してみる。


「ではルース、もう一度やるわね」

 シンディがそう言えばルースは頷く。


「美しい灯火となりて。出でよ“火球ファイヤーボール”」

「美しいともしびとなりて。いでよ“火球ファイヤーボール”」


 今度はルースの手から小さな火の玉が出て、少し先に落下する。

 その火の玉が落下した場所は先程の水の上だったので、ジュッっと音がして火は消えた。


「え?」

 シンディは自分がさせた事なのに、ビックリしていた。

 魔力のある者は通常一属性が使えるだけで、二属性の魔法を使えたルースに驚いたのだ。

「すごい…」


 火と水が使えるなら、己の体内が何色に視えるのだろうとシンディは想像してみるが、果たしてそれは叶わない事であった。

 しかし“何色かわからない”というルースの言葉に違和感を覚え、再度シンディは試してみる。

「次も復唱してね」

「わかりました」



「若葉揺らす過客かかくよ、我に集え。“風球ウインドボール”」

「若葉ゆらすかかくよ、我につどえ。“風球ウインドボール”」


 今度はルースの手からフワッと風が出て、草をサワサワとゆすって通り過ぎて行った。

「出たわね…」

 ルースはこれで、三属性の魔法が使える事が判った。困惑顔のルースに追い打ちをかける様だが、シンディはまだ試すつもりである。

 シンディは自分が使えない魔法であっても、属性に関係なく初級魔法の詠唱をすべて覚えているのだ。


「では次よ。…大地の心よ我に寄り添わん。出でよ“土球アースボール”」

「大地の心よ我によりそわん。いでよ“土球アースボール”」


 今度はルースの手から丸い球が現れ、地面に小さな丸い土団子が転がった。

「………」

 シンディは何だか少々不安になって来る。これはもしかして…。


「では次ね?…天の恵みよ我に希望を。“回復ヒール“」

「天のめぐみよ我にきぼうを。“回復ヒール“」


 シンディが唱えた言葉は、光となってルースを優しく包み込む。

 しかし今回、ルースからはなにも出てはこなかった。


「光魔法は使えない事がわかったわ…。今日はここまでみたいね」

 ルースを見ればいくら初級魔法といえど、初めて使う魔力に少々疲れてしまっているらしい。

 少しグッタリしてしまったルースと共に、シンディは家の中へと戻って行く。


 今教えた詠唱は初級魔法なので、たとえルースが一人で練習したとしても大きな脅威とはならないはずだ。

 しかし一度聞けば覚えてしまうルースに、一応注意はしておく。


「今日教えた詠唱は、人のいる場所では使わないようにね。万が一人に当たれば怪我をさせてしまう事もあるから」

「はい。わかりました」


 ルースは疲れをにじませつつも、自分から放たれた魔法に驚いている様で、シンディはそれを微笑ましく見つめ、ルースの魔法テストは終了したのだった。




 それからルースは、昼間は教会へ行って勉強し、帰ってくればシンディと魔法の練習をする日々を送っていた。


 相変わらず教会に行けばピーターはルースへとちょっかいをかけていて、それは大人からみれば“かまって欲しい”と言っている様な微笑ましいものである。


「ピーターおはようございます」

 ルースはそれに気付いているのかいないのか、ピーターとも皆と等しく普通に話している。

「なんだよ男女おとこおんな。今日はスカートじゃないのか?」

「わたしはスカートを持っていませんよ」


 教会に通う様になったルースへシンディは“僕”という言い方を教えたのだが、「“わたし”では駄目なのですか?」と聞かれ、間違っている訳でもない為、結局は好きな方を使って良いという話に落ち着いていたのだった。

 それからもルースは自分の事を“わたし”と言っている事で、それをピーターがいちいち突っ込むという賑やかな日々を送っていたのである。



「それでは昨日お伝えした様に、今日はステータスの確認をいたします。呼ばれた人は礼拝室に来て下さい。それ以外の人はこの部屋で自習していてください。最初はフィン君ですね、私と一緒に礼拝室に来て下さい」


 司祭のチェスティンはそう言うと、年長のフィンを連れて学びの間を出て行った。

 ルースが教会に通い始めて1年が経ち、今日は年に一度の子供たちのステータス確認をする日となっている。


 程なくすれば、先程出て行ったフィンがもう戻って来きた。

「次はエミリーだよ」

 戻ったフィンから年齢順に、次の者へと指示が出る。

「はーい」

 呼ばれたエミリーが出て行くと、ピーターがフィンに話し掛ける。


「ねぇフィン、職業ジョブは出ていた?」

 ピーターの言葉にフィンは破顔する。

「うん。やっと職業ジョブが出たんだ。僕は『弓士』だった」

 今年15歳になるフィンが、嬉しそうに話す。


「じゃあ、フィンの父ちゃんと一緒の仕事をするんだね?」

 ピーターが目をキラキラさせて話を続ける。

 フィンの父親は森に入り獣を獲ってくる猟師士をしている。

 猟師士になるには、まずは職業ジョブで『弓士』が出る事が基本となる。そして『弓士』となって経験値が上がり条件が満たされると、職業ジョブを『弓士』から『猟師士』へと進める事ができるのだ。

 その上魔力があれば、『弓士』から派生する『魔弓士』になる事もできるが、フィンは残念ながら魔力を使えない為、目指すのは『猟師士』ということなのだろう。


「うん。僕は父ちゃんと同じ仕事がしたかったから、すごくうれしい」

 ピーターとフィンの話を、皆が耳をそばだてて聞いているのがわかる。かく言うルースも机に本を広げながら、その話を興味深く聞いていたのだった。

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