第4話 学びの間

 それから数日してルースは、村の教会にある“学びの間”に通う事になった。司祭もルースの年齢を確認し、その方が良いだろうという事である。

 勉強の教材は全て教会にある為、水筒だけを持ってルースは家の扉の前に立った。


「いってきます」

 その顔は緊張しており無表情になっている。


 シンディに森で拾われてからずっと村の人と交流をしていないルースは、この村の子供達とも今日が初対面となる。

 ルースは言われるままに今日から教会へ行く事となった為、状況が余り解っていないとも言えた。


「いってらっしゃい、気を付けてね」

 笑顔で手を振ってくれるシンディに見送られ、一人教会へ向かって歩き出す。

 シンディには教会まで付き添うと言われたが、道を覚えているルースは首を横に振ってそれを断ったのだった。


 ルースは歩きながら遠くの高い山を見る。

 それを見ながら教会へと辿り着いたとき不意に背中を押され、突然の事に何もできなかったルースは、そのままヘチャリと前に膝をつく。


「おいっお前、だれだよ」

 ルースと同じ位の背丈の少年がルースの後ろから声を掛け、ルースは膝をついたまま振り返ってその少年を仰ぎ見た。

「わたしはルースです」

 まだ声変わりしていないルースの声は、少し高い。そのうえ顔は女の子と言っても通りそうな位、凛々しいとはかけ離れている。


「おまえ、女か?」

 その少年は膝をついたままのルースを見下ろしながら、眉をひそめている。

「わたしは男です」

 ルースはそのまま問いに返した。


「何だよっ男のくせに、気持ち悪いしゃべり方するんだなーっ」

 少年がそう言ったところでその少年と同じくらいの背丈の、栗毛の少女が割って入って来た。


「ちょっとー、何やってるのよっピーター」

 少女は腰に両手を添え、ピーターに向かって仁王立ちしている。

「げっラミィだ!」

 そう吐き捨てるように言ったかと思えば、ピーターは教会の中に走って消えて行ってしまった。

 それを呆れた様に見送ったラミィと呼ばれた少女が、ルースの隣に来て助け起こしてくれる。


「大丈夫?」

 ラミィがルースに声を掛けた。

「はい。ありがとうございます」

 シンディから丁寧に言葉を教わっていたルースは、やはり同年代には違和感があるようだ。

「……」

 一度黙り込んだラミィが、気を取り直して続ける。


「私はラミィよ。あなたも勉強に来たのでしょう?」

 2人はゆっくりと歩き出して、教会へ入る。


「わたしはルースです。今日からここで勉強をするために来ました」

「そうなのね。ではこれからよろしくね」

 ニカッとラミィが笑ったところで2人は学びの間に入った。


 それから皆が揃うまでの間、ラミィがルースに色々な事を教えてくれる。

 座る席は何処でもよく前方が良いだろうとか、教材はここから借りるのだ等と、もはや手取り足取りと言っても良い程であった。

 それを離れた席でピーターがじっと見ていた事は、ラミィは気付いてもいない様である。


 司祭が部屋に入って来る頃には、室内には10人の子供が集まっていた。その子供たちの年齢は様々で体の小さい者から大きな者まで居るようだった。


「おはようございます」

 司祭が皆の前に立ち、朝の挨拶をする。

「「「おはようございます」」」

 と、皆がそれに続く。

「本日より新しい友人が増えました。皆仲良く共に学びましょう。それではルース君は立って自己紹介をお願いします」


 最前列に座っていたルースは立ち上がり、皆に顔を向ける様に後ろを向いて頭を下げる。

「わたしはルース、10歳です。よろしくお願いします」

 司祭はその先を促してやるように、ルースへ話し掛ける。

「ルース君はどこに住んでいますか?」

「わたしはシンディと一緒に、森の入口に住んでいます」


 ルースの言葉が終れば、司祭は続けてルースの補足をする。皆に話しておかなければならない事があるのだ。

「ルース君は今言った様に、薬師のシンディさんとご一緒に生活しています。ですが、ルース君にはボルック村に来るまでの記憶がありません」


 司祭の言葉に、室内はざわざわと話し声が広がる。

「司祭様、記憶がないってどういうことですか?」

 年長の少年が声を上げ、司祭は予期していた質問が出た事で、考えていた返答をする。


「記憶がないとは、シンディさんと暮らすまでの事を覚えていない、という事です。ルース君はシンディさんと出会った時、体中が傷だらけでボロボロの状態でした。盗賊に襲われたのか魔物に襲われたのか…それは分りませんが、その時受けた心の傷が原因で、それまでの事を思い出せなくなってしまったのだと、私は思っています」


 しかし、ただ記憶をなくしたのであれば本来、日常生活位は普通におくれるはずで、ルースの場合、もっと奥深いところに原因があるのかも知れないが、こう言う以外に説明ができないと司祭は考えていた。


「思い出せないってどういう事ですか?」


「忘れてしまいたい程怖い思いをすると、人は自分の心に“シールド”の様な防壁を作る事があります。一度張ってしまったそれは、解除したくとも、自分では解く事ができなくなるのです。その中に自分の気持ちと記憶を閉じ込めてしまい、後から自分でみる事もできなくなる。それが思い出せないという事です」


「……」

 室内は司祭の説明に静まり返る。子供達は司祭の言葉を理解しようと、考えてくれているのだろう。

「ですので、ルース君はこれから新しい沢山の記憶…思い出を作る事になります。皆さんはルース君の新たな思い出となる様、仲良くしてあげてくださいね」


 司祭の話を立ったまま、ルースは黙って聞いている。自分の事を言われているはずが、ルースは他人事のように表情を変えず、静かに皆を見ていた。


「ルース君、ありがとうございました。それでは皆さんこれから共に学んでいくルース君に拍手を」

 パチパチパチ…

 司祭がそう言って拍手をすれば、立っているルースにパチパチと拍手が送られた。

 その拍手にルースはもう一度頭を下げると席に座った。


「今日は新入生が入ったので私達の国について、少しお話ししましょう。この国は何という国か、皆さんわかりますよね?」

「「「ウィルス王国」」」


「はい、その通りです。このボルック村はウィルス王国の東端にあります。王都は国の南端にあって、国王陛下…王様はそこから国を治めています」


「司祭様、王様の職業ジョブは“王様”って書いてあるんですか?」

 一人の少年が問いかけ、その質問に司祭は苦笑している。


 ステータスの中に職業ジョブといわれる項目があり、そこに表示されるものはその人の適性の職業となるもので、職業ジョブ項目に表示されたものを生かした職に就く事となるのだ。

 だが“王様”という職業はない。


「国王陛下の職業ジョブは、“統治者”という名称だと聞いています。小さい頃より国王となる為に勉強し、職業ジョブが表示される15歳になるまでに、この世界の理から国を治める為の資格があると認められれば、その“統治者”が表示されると伝わっています。逆に言えば、たとえ王族として生を受けても、その職業ジョブが表示されなければ国王にはなれない、という事ですね」


「じゃあ王様になる為の勉強をすれば、僕でも王様になれるという事ですか?」

 別の少年が目をキラキラさせて聞いてくる。


「そうですね、なれるとは思います。ですが王様になる為の勉強は、ここでするものの何倍も大変だと聞いていますよ。それは私達に想像できるものではない位という事です」

 司祭はそう言って皆を諭す。


 やはり国王という者は厳密に言ってしまえば、生まれた時からそう成るべくして育てられた者しかなれない特別なものである。


「なーんだ。僕が王様になれると思ってたのになー」

 そう言って机に肩ひじをついて、つまらなそうに顎を乗せている少年は、赤銅色の髪に頬に雀斑そばかすを散らした者で、よく見れば教会の入口でルースを押した少年だった。


「おや?ピーター君は、王様になりたかったのですか?」

 司祭は面白そうにピーターに聞く。

「僕が皆の王様になって、お城に住みたかった。ピカピカした椅子に座って皆が僕に頭を下げるんだ」

 ピーターは腕を組み、今座っている椅子に反り返って話す。その話にピーターより年上の者は呆れた顔を向け、年下の者はキラキラした目を向けている。


「そもそも職業ジョブはどのようにして決まるか、知っていますか?」

 司祭は皆に向けて話しているが、視線はピーターに固定されている。

 その問いかけに一人、少し年上の少女が手を上げる。


「はいジャレットさん、どうぞ」

 手を上げていたジャレットが司祭に向けて話し始める。


「はい。職業ジョブは15歳になるまでに世界の理から与えられる職業で、それがステータスを通して13~15歳までの間に表示されます。その職業ジョブの基準は“本人の素質”によるもので、やりたいと思った事をしっかりと勉強すればそれが身に付き、いつしか素質と呼ばれて職業ジョブとして開花すると聞きました」


 ジャレットの説明に司祭は頷き、そこから話しを繋げる。

「そうですね。そして更に魔力を使える者は、その職業ジョブの中で魔力を活かせる職業ジョブに就く事が許されます」


「魔力…」

 大人しく皆の話を聞いていたルースが、司祭の言葉を繰り返す。


「魔力は魔法を使う為の基となる重要な要素で、自然界にある魔素を利用する事が許された者のみ、その保有量が数値となってステータスに表示されます。この魔力を使い魔法の練習をする事によって、使える魔力も増える事になるでしょう。この部屋にもその幸運を頂いた者が何人かいますね」


 司祭の言葉に何人か、嬉しそうにソワソワしている。


 魔力は万人が持てる訳でなく、国民の10%程度が10歳頃までに魔力を使える兆候が現れ、魔力の有無が判るとされている。


 その為、“鍛冶師”になりたいものに魔力があるとわかればその魔力を使い、一段階上の職である“錬金術師”になれる事を意味し、物造り全般で言うならば、魔導具師となることができる。

 そして魔法を使う事がただ楽しいと思えるならば、そのまま“魔法使い”として進む事もできる為、この様に魔力とは、職業ジョブの種類を一気に広げる事ができる、誰もが欲しがるものなのである。

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