第3話 平均値

 家に戻ったシンディとルースは、居間の椅子に座り菓子をつまむ。

 実を言えばシンディは今日の承認の儀で、ルースの手掛かりが掴めると期待していたのだった。

 だが終わってみれば今までと何も変わらず、それはこれからもこの少年と共に暮らすという事を意味する。


 正直に言えば村長にルースの事を伝えに行った時、話せるようになれば何かわかると思い、言葉や読み書きを教えた。だが話せるようになっても名前すら言わない少年に、今度は承認の儀へ期待を向けていたのだ。


 それが今、彼には記憶がなかったのだと分かり、それでは本当に彼は空っぽだったのかと、家族と呼べる存在は自分しかいないのだとシンディは思い至った。


「ねぇルース」

 シンディは黒く長い三つ編みを背に回し、ルースに話し掛ける。

「ん?なぁに?」

 ルースはシンディが作った素朴な味のビスケットを食べながら、ミルクに手を伸ばす。


「今日の承認の儀はどうだった?」

 シンディはテーブルに両肘をたて、組んだ手に顎を乗せてルースを覗き込む。

「ん…何かたくさんかいてあったね」


 ルースの返事を聞けば、やはり内容は分かっていなかった様だとシンディは苦笑する。

「あのステータスと呼ばれるものには、ルースの事が書いてあったのよ?」

「わたしのこと?」

「そう。ルースの名前と歳、あと色々ね」

 そう言ってルースへ先程のステータスの説明を始めた。


「これは、ステータスを書き出して貰った物よ」

 そう言って小さな紙をテーブルに出した。


~~~~~~~

『ステータス』

 名前:ルース

 年齢:10歳

 性別:男

 種族:人族

 職業ジョブ:―

 レベル:―

 体力値:25

 知力値:4

 魔力値:10

 経験値:4

 耐久値:2

 筋力値:4

 速度値:3

 スキル:―

 称号:―

~~~~~~~


「これを見ればルースの今の状態がわかるのよ」

 シンディはその紙に指を乗せる。

「ここは名前よ、分かるわね?」

 ルースはコクリと頷く。


「そしてこれはルースの歳ね。今10歳という事よ。そして男の子で、人と書いてあるの」

 シンディはそう話しながら、一段ずつの項目に指をずらして行く。


「シンディは何さい?」

 そこへルースが口を挟む。

 その問いに苦笑しつつもシンディは答えた。

「余り女性に歳を聞かない方が良いのよ?私は良いけどね…27歳よ」

「ふぅん」


 聞いた割にルースの返事は素っ気ない。ただ自分と比較したかっただけだろうと、シンディは話を続ける。


「次は職業ジョブね。これは今なにも無いから書いてないけど、大体15歳になる頃にはここにルースが出来る仕事が表示されるわ。子供達は皆さっきの教会にある“学びの間”に通って勉強をするのだけど、15歳になるまでは毎年授業の合間に、司祭様がステータスで職業ジョブが出ていないかを確認してくれるのよ?」


「そう…」

 この返事から、ルースは余り良く分かっていない様だと知る。確かにルースは職業ジョブが何たるかを知らないのだったと気付く。


「ごめんね…職業ジョブというのは、その人が大きくなった時にお仕事に出来るもの…かな。私の場合は元々薬師の人について勉強していたから、その人に色々教えてもらっていたお陰で “薬師”というお仕事を授かったのよ。それに魔力があったから“魔女“という職業ジョブに上がることができたの。この職業ジョブは、それが表示されるまでにやりたい事を見付けて勉強すれば、余程適性がない人以外はその勉強してきた事が職業として表示されるの」


「………」

 やはりまだ理解が出来なかった様で、ルースは固まっていた。その為、他の話に進める事にする。


「このレベルというのは、お仕事が出てからの話だから次ね。…次は体力ね。あらっ?10歳の男の子の平均は40と補足してあるから、25では少ないみたいね…もう少し体を動かさないとね。次は知力…え?…平均が10でルースは4…まぁこれからって事ね。で、魔力は…まぁ!ルースも魔法が使えるのね!適性が無ければ“0”、あっても平均は“5”だから、ルースの“10”は多いわね…。では今度から魔力の扱い方も教えなくちゃ…」


 ルースを置いてきぼりにして、シンディは一人で確認を進めている。

 結果で言えば、魔力以外は10歳の男子の平均以下という事であったのだが、確認作業に飽きていたルースはシンディの話は聞いておらず、ビスケットを食べながらシンディが話している姿をただ眺めていたのだった。



 翌日にはルースの体力をつける為に、午前中は薬草を採りに2人で森へと入った。

 森で拾った日からルースは家の周りのみを行動範囲としており、シンディが森へ行く時は家の中で留守番をしてもらっていた。

 遊び盛りの男の子であるはずがルースは聞き訳が良く、“家の中にいて”といえばその通りにして待っているのである。

 行儀が良いというとおかしいが、ルースは何故かとても聞き訳が良いのだ。

 その為本日の薬草採取は、ルースの初めての遠足の様なものであった。


「それじゃあ、行きましょうか」

 シンディとルースはフードの付いたマントを羽織り、家の裏から続く森へと入って行く。

 森の入口からしてルースは既に、キョロキョロと辺りを見回している。


「ルース、もっと奥に行ってから色々と見れるわ。それまでは、ちゃんと足元を見ていないと転ぶわよ」

「はい」


 ルースは折り目正しく返事をし、視線を前へと固定する。

 半年前まで何も出来なかったルースがここまでちゃんと出来る事に、シンディは密かに感動を覚えた。


 この森は比較的に動物が多い森…と言えば誤解を生むが、魔物は殆ど現れず動物の割合が多い森である。

 一応その動物であっても、出会えば物によっては襲われてしまう為、シンディは一人の時以上に周辺を警戒して進んで行く。



 暫く行けば、本日の目的地に到着する。

 今日摘む薬草は珍しい物でもない為、ポイントさえ見付けておけば途切れることなく自生している草だ。


「着いたわよ」

 シンディが振り向けば、ルースは10m程後ろをまだ歩いていた。

 体力のない者を歩かせていた事を思い出したシンディは、そのまま凝然ぎょうぜんと見守る。


「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

 ここまで1時間程の緩い上り坂。途中で休憩はしていたが、やはりルースに体力がない事を感じた。

(これは教会に通って、子供達と走り回って遊んだ方が良さそうね…)

 大人のシンディと共に行動するよりは、同年代の者達と行動を共にした方が良さそうだとの結論に至る。


「はい、お水よ。ゆっくり飲んでね」

 荒い息を吐くルースを休憩させ、シンディは先に薬草を摘み始めた。


 ここには数種の薬草が生えている。森の中ではあるがこの一画は周りの木々の密度が低く、陽射しが地面まで届く為に、草花が過ごし易い環境となっている。

 黙々とシンディが薬草を摘んでいると、隣にルースがしゃがみ込んだ。そしてシンディの手元をじっと観察したまま、興味深そうにそれを見つめている。


 ルースを休憩させる意味でシンディが一人そのまま薬草を摘んでいると、ひょいとルースが立ち上がり3m位離れた場所にしゃがみ込む。

 シンディは視界の中にいるルースを自由にさせて、そのまま2人は草むらにしゃがみ込み、黙々と手を動かしていた。


 30分位経った頃、ルースが両手でハンカチを持ってこちらへやって来た。そしてシンディの隣にしゃがむと、そのハンカチを地面に置いた。

 見ればハンカチの中には、先程シンディが摘んでいた薬草だけが山の様に入っている。

 シンディはルースへ一つも指示を出していないし、葉の形状を教えてもいない。だが、ルースは見事にそれを摘んできたのだった。


「ルース、凄いじゃない…似ている草もあったでしょう?」

 ルースはそれに頷いただけだが、褒められたのがわかったのか少し嬉しそうだ。


 ルースの体力はまだ少ないかも知れないが、理解力と判断力は、ずば抜けて高いと感じる。

 今まで言葉や文字を教えてきた事でも感じていたが、一度教えた事はすぐに覚え、ある程度のことは“見る”事で理解している事もうかがえた。

 今もシンディの摘む草を覚え、同じ物だけを摘んでくるとは…。


 シンディが師事についていた時には、薬草の形状を覚えるのが大変だったと記憶している。

 自分とは頭の出来が違うらしいと思うも、では何故この記憶力をもってしても、今までの記憶がないのかという疑問に辿り着き、シンディは答えの出ない思考にこれからずっととらわれて行く事となるのだった。


 この後2人はここで昼食を食べてから、ルースのお陰で採取も早く終わり、陽が傾く前には家へと戻って行ったのだった。

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