マイ・フェイバリット・シングス-04

 火葬場。遺体焼却炉の前に、アヤカの棺が置かれている。

 葬儀は一般的な火葬式で行われることになった。昔と違うのは、骨すら残らない温度で焼くことだ。火星には、墓地を作れる土地がない。

 立ち会うのはごく身内――おれとオーナーと先輩だけだった。

 棺に収まった彼女は青いステージ用ドレスを着て、綺麗に薄化粧している。まるで、今にも起き出して笑いかけそうな、安らかな顔をしている。人の死に顔を見るのは、父親を含めて二度目だった。

 棺の中には色とりどりの生花が入れられていて、その香りが鼻先をくすぐる。初めて嗅いだのに、なんだか、遠い記憶に訴えかけてくるようだった。花なんて、地球ではもうめったに咲かないし、火星でだって希少なものなのに。

 おれ含め、喪服に身を包んだ三人とも、無言だ。

 やがて蓋を閉められた棺が焼却炉に入っていくと、オーナーが独り言のように語り始めた。

「ユーイチと初めて会った夜にな、アヤカから聞かされてた。自分の弟に間違いないって。だからお前さんを雇った。

 契約の時に見た個人データから割り出したら、本当に双子だったよ。

 ……どうせならアヤカの、死ぬまでの短い時間を有意義に使わせてやりたかったんだ」

 そこでオーナーが自分の鼻の下を人差し指で軽くこする。ポケットからハンカチを取り出すと、目元を押さえた。

 続けて先輩が、おれの肩に手を置いた。

「アヤカのことは、あの子が火星に来たばかりの十五年前から知ってる。

 『BLUE NOTE』で、アヤカの母親が歌っている間は、オレが子守をしたもんだ」

 そこでぐすっ、と先輩が鼻を鳴らす。続く言葉は涙声だった。

「……アヤカは、母親の歌が大好きだった。読み書きよりを覚えるより早く、ジャズを覚えて歌ってた。

 母親が死んだ後、十五歳であの『BLUE NOTE』のステージに立った。それから後はトントン拍子にメジャーデビューもした」

 火星にはまだ若い働き手が足りないらしく、義務教育が終わったらすぐ働く者も少なくない。先輩やアヤカもそのうちの一人だったのだろう。

 ――でも、どうしてアヤカが死ななきゃならないんだ。おれは気づけば泣いていた。嗚咽が止まらない。喉がカラカラで、目の奥が熱い。このまま体の水分を全部出しきって死んでしまうんじゃないだろうかと思うくらいだった。

 そうこうしていると、いつの間にかアヤカの火葬は終わったらしい。おれは泣き疲れてぐったりしていた。

 ――昔みたく、骨ぐらい残してくれたらいいのに。

 火葬場を出たところで、オーナーがポケットからなにやら取り出すと、おれの手に握らせた。見れば、アヤカの着けていたデバイスだ。

「権限がお前さんに書き換えられてる。きっと前から、自分が死んだらユーイチの手に渡るように設定してたんだろう。

 これでアヤカの部屋にも入れるから、何か遺品を探してくるといい」

 デバイスを左手首に巻くと、成人男性の声でデフォルト設定の姿をしたコンサルがこう言った。

「有馬悠一様。常磐彩花様から、あなたへすべての権限が譲渡されました」

 火葬場の前で二人と別れ、おれはアヤカの住んでいたマンションへと向かう。

 部屋の前で認証を行うと、難なくドアは開いた。

 ――以前見た時と同じ、ほとんど何もない部屋だ。入り口から、ドレッサー、ベッド、それからローテーブルとクッション。壁の収納を開けてみたが、服や靴、バッグがいくつか入っているくらい。たぶん、自分の死期を知って整理していたのだろう。また涙が出そうになるのをこらえた。

 ふいに、ドレッサーの抽斗に気づいて、開けてみる。化粧品と、アクセサリーがいくつか入っていた。ネックレス、ピアス、リング。ゴールドのアクセサリーが主だが、中にはシルバーのものもある。ドレッサーの上にそれらを並べる。

 するとが目についたのは、なぜか片耳ぶんしかない、シルバーでできたシンプルで小さいリングピアス。これは最初から片耳用なのだろうか。おれは、それがまるで魂の片割れを失った今の自分と重なって見えた。

 おれはそのピアスを手に取り、握りしめると喪服のポケットに入れ、部屋を出ようとした。その間際に振り返る。


 ――いつかまたどこかで、きっと会えるよ。だからそれまで、待っていて。

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